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ハチを誘引するために花が編み出した「青色光の輪」の正体

遺伝物質を性的パートナーへ効果的に渡す能力は、進化の強力な促進因子だ。ヒトをはじめとする移動性のある生物は、性的パートナーが互いに誘引し合うように進化した。しかし、植物のように固着性の生物は、媒介者に頼らざるを得ない。花粉の遺伝物質を運搬するハチはその一例だ。そうした媒介者は固着性の種の生存に不可欠であり、両者は緊密な関係を持ちながら共進化してきた1,2Nature 2017年10月26日号469ページで、ケンブリッジ大学(英国)のEdwige Moyroudらは、花を咲かせるさまざまな植物がマルハナバチ(Bombus terrestris)を誘引する「青色光の輪」を生じるように進化したことを明らかにした3

花粉媒介者は、嗅覚刺激と視覚刺激を併用することによって花を見つけ出す4,5。ハチにとっては、おそらく花の色と形が主要な識別要因だろう。しかし、ハチには色が見えるという考え方に対しては、ハチの眼が青以外の多くの色に比較的鈍感であることを示した光受容やスペクトル感受性の研究6,7によって疑問が提起されている。

色には、色素分子から生じるものが多い。色素分子は、白色光のスペクトルの一部を吸収し、残りの部分を素通りさせるため、この部分が色として目に見えるようになる。青色は、理由はいまだ解明されていないが、色素だけで作るのは難しいようだ。そのため、花を咲かせる被子植物には、青の花色のものが比較的少ない。

青色ではない多くの花がハチを引きつける理由は何なのかという疑問は、興味深い研究領域として認識され始めた。青くない花は、青い花と同じくらい効率的にハチを誘引することができ、その能力は、花の大きさや香り、外見的な色合いとは無関係とみられる。そのため、ハチが的確かつ効率的に花を発見するときに、別の刺激が関与していることは間違いない。

被子植物の花色は、花弁表面のナノ構造の反復パターンにも影響される。太陽光中のさまざまな色のスペクトルは、そうしたナノ構造のモチーフと相互作用して物理学的に分離され、特定の波長だけが反射される。生じる色は、モチーフの間隔と大きさによって決定される。このナノ構造の典型的なサイズでは、青色のスペクトルが散乱しやすいため、この構造色発生プロセスによって青は容易に生じる。ナノ構造は光沢の基盤にもなり、光学的色相を生じる。それは花弁の基調色に加えられ、特定の光が当たったときや、特定の角度で照明が当たったときのみにちらちらと目に映る、ほのかな色である

被子植物へのハチの誘引を研究するため、Moyroudら3は、進化的に互いに近縁でなく色がさまざまな12種の花のナノ構造を慎重に分析した。予想どおり、花の表面にはさまざまなナノ構造の反復モチーフが認められ、さまざまな色相が生じていた。研究チームは、こうした反復モチーフのそれぞれの構成にはいくらかの不規則性が認められる、という過去の研究成果8–10を確認した。意外にも、不規則性の程度は全12種の間で似通っており、それぞれの花の基本的な色相を生じる根本的なナノ構造のパターンとは無関係であることが分かった。従って、「不規則性の程度」は進化的に保存されており、他の点では異なる種の間でも共通の現象のようである。この不規則性は単一の共通祖先から受け継がれ、さまざまな進化の分枝に広がったとも考えられるが、この現象が複数回にわたって別々に生じた可能性も排除できない。

ナノ構造配列の不規則性の程度が進化的に保存されていることには、どのようなメリットがあるのだろうか。Moyroudらは、不規則性は不完全性なのではなく、はっきりと見える視覚的出力と機能に関係しているという仮説を立てた。この仮説に基づいて研究を進めたチームは、太陽光線をある角度で花に当てると、不規則なナノ構造が青色光の「輪」を生じることを発見した。この光の輪(ヒトの眼には花弁が暗色の場合によく見える)は、花の基調色と混じり合っているかのようだ(図1)。

図1 さまざまな花色の花弁に見られる青色光の輪
ウルシニアの一種(Ursinia calendulifolia、左)とギンセンカ(Hibiscus trionum、右)の各花弁の内側暗色部分に見える青色光の輪。Moyroudらは、花を咲かせる植物の花弁を覆うナノ構造の反復的な配列が、青色光の散乱を促す一定の不規則性を持つように進化したことを明らかにした3。これによって生じる青色光の輪は、ハチを誘引する。 Credit: HOWARD RICE(左)、EDWIGE MOYROUD(右)

Moyroudらは、さまざまな色の花で青色光の輪が常に生じていることを発見した。この輪から生じる青色光は明確なスペクトル域を持っており、これはハチが感知できる領域であった。研究チームは、青色光の輪を生じる不規則性をまねた微小な表面格子を有する、人工的な花を製作した。そして、マルハナバチを用いた行動実験を行い、採餌速度と訪花回数を測定した。ハチは、青色光の輪がない花よりも、それがある花の方に強く誘引された。

微小な表面格子を加えた「人工の花」で採餌を行うマルハナバチ(Bombus terrestris)。 Credit: Edwige Moyroud

最後に研究チームは、背景色と青色光の輪によるコントラストの影響を評価するため、3つの異なる基調色の人工的な花に青色光の輪を作り、ハチがどれに誘引されるか調べた。ハチを最も強く誘引したのは青い背景色の花だった。ただし、青色光の輪は、青い花への採餌を強めなかった(予想どおりではあるが、ハチは青い背景色を見ることができるため)。対照的に、黄色と黒色の背景色の花では採餌が強化された。上記を合わせると、研究チームのデータから、青色光の輪がハチを誘引する重要な視覚シグナルであることを示す総合的な証拠が得られた。

こうして謎は解決された。花はさまざまな生態学的理由(生物の誘引や忌避、光の有害なスペクトルの散乱など)のために異なる基調色を持っている可能性があるが、このたび、ハチを誘引する顕著な青色光の輪も兼備することができると分かった。青色光の輪は、被子植物系統の進化を通じて保存されてきたと考えられる、秩序ある不規則なモチーフから生じ、何百万年にもわたって花の生殖に成功をもたらしている。

Moyroudらの論文は、ハチの行動生態学、植物の進化生物学、光学的モデリング、そして材料科学といった、さまざまな研究領域を組み合わせたものだ。そうした専門知識の異例の融合は、この重要な生物学的過程の解明に最も堅牢なやり方で迫ることを可能にし、この研究に訴求力を持たせている。

今回の研究には明らかに生態学的な意味がある。いずれは、生物からヒントを得た人工的な表面や、強い青色光の輪を持つ特別な種の花を利用して、ハチの個体群やその授粉の効果がもっとよく管理できるようになるかもしれない。しかし、まずは、自然条件下で青色光の輪が持つ意味を明らかにすることが必要だろう。さらに、光の輪が他の昆虫の誘引においても重要性を持つならば、それを明らかにするのも面白いだろう。他にも疑問がある。ハチに授粉を依存しない植物は、青色を利用しているのだろうか? 昆虫を摂食する植物は、獲物を誘引するために青色を利用しているのだろうか? この光学的現象の生態学的な重要性に関しては、まだ知るべきことがたくさんある。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180132

原文

How flowers get the blues to lure bees
  • Nature (2017-10-18) | DOI: 10.1038/nature24155
  • Dimitri D. Deheyn
  • Dimitri D. Deheynは、カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所(米国ラホヤ)に所属。

参考文献

  1. Balamurali, G. S., Krishna, S. & Somanathan, H. Curr. Sci. India 108, 1852–1861 (2015).
  2. Bukovac, Z. et al. Evol. Ecol. 31, 153–172 (2017).
  3. Moyroud, E. et al. Nature 550, 469–474 (2017).
  4. Chittka, L. & Raine, N. E. Curr. Opin. Plant. Biol. 9, 428–435 (2006).
  5. Leonard, A. S. & Masek, P. J. Comp. Physiol. A 200, 463–474 (2014).
  6. Bukovac, Z. et al. J. Comp. Physiol. A 203, 369–380 (2017).
  7. Dyer, A. G. & Chittka, L. J. Comp. Physiol. A 190, 105–114 (2004).
  8. Vignolini, S. et al. New Phytol. 205, 97–101 (2015).
  9. Whitney, H. M. et al. Science 323, 130–133 (2009).
  10. Whitney, H. M., Reed, A., Rands, S. A., Chittka, L. & Glover, B. J. Curr. Biol. 26, 802–808 (2016).