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TOOLBOX: 科学者とソーシャルネットワーク

Credit: VERTIGO3D/ISTOCK/GETTY IMAGES PLUS/GETTY

2011年、Emmanuel Nnaemeka Nnadiは、薬剤耐性を持つ真菌病原体の塩基配列決定を手伝ってくれる人を必要としていた。ナイジェリアで微生物学を学ぶ博士課程の学生だった彼には、配列決定に必要な専門知識も機器もなかった。そこで彼は、研究者のための無料ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「ResearchGate」のサイトを訪問し、メールを何通か出した。やがて、イタリアの遺伝学者Orazio Romeoから返事が届き、国際共同研究が始まった。この3年間、2人の科学者はアフリカにおける真菌感染症の研究をしてきた。現在はプラトー州立大学(ナイジェリア・ボッコス)に所属しているNnadiは、メッシーナ大学のRomeoに標本を郵送して分析してもらっている。「実り多い関係です」とNnadiは言うが、彼らは一度も会ったことがない。

ベルリン在住の元内科医・ウイルス学者で、2008年に2人の友人とともにResearchGateを設立したIjad Madischは、この逸話はResearchGateの成功の一例にすぎないと言う。このSNSは「Facebook」や「LinkedIn」の研究者版と言えるもので、会員はプロフィールページを作成したり、論文を共有したり、閲覧やダウンロードを追跡したり、研究について議論したりすることができる。例えばNnadiは、自身が執筆した論文を全てResearchGateにアップロードしている。Romeoは、このサイトを利用して数百人の科学者と交流していて、その中には、彼が初めて真菌ゲノムのアセンブリをしたときに手伝ってくれた人々も含まれている。

Madischによると、2014年8月時点で450万人以上(現時点では1300万人)の研究者がResearchGateに参加していて、毎日約1万人が新規に参加しているという。13億人のアクティブユーザーがいるFacebookとは比ぶべくもないが、研究者しか参加できないSNSとしては驚くべき人数だ。Madischは、このサイトについて大きな目標を持っていて、科学者たちが共同で議論をしたり、論文の査読をしたり、他に発表する場がないような否定的な結果を共有したり、生データをアップロードしたりする主要な場とすることを目指している。「ResearchGateは、私たち自身にも完全には予想できないようなやり方で科学を変えています」と彼は言い、出資者やマスコミには、自分がこのサイトを立ち上げたのはノーベル賞を受賞するためだと語っている。

彼の会社には2014年8月時点で120人の従業員がいて、2013年6月には、世界一の資産家ビル・ゲイツをはじめとする出資者から3500万ドル(約39億円)を調達したと発表した。それ以前にも、同社は2回、非公表の出資を受けている。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)で科学者向けのネットワーキングソフトやイノベーションソフトを開発するチームを率いるLeslie Yuanは、「最初に知ったときには当惑しました」と言う。「彼らは何者で、どうしてこんなに資金を調達できるのだろうと思いました」。

ResearchGateの快進撃に驚いたのはYuanだけではない。ほんの数年前には、研究者向けSNSに数百万人が集まるなど、想像することもできなかった。実際、「科学のためのFacebook」を立ち上げようとするそれまでの試みは、ことごとく失敗に終わっていた。その理由については、「科学者はインターネット上でデータや論文、コメントを共有することへの警戒心が強いのではないか」「共有したいと思ったら、企業が運営するサイトを通したりせず、自分のやりたいようにやろうとするのではないか」などと推測されていた。

しかし、こうした初期の取り組みは、時代を先取りしすぎていたか、やり方がまずかっただけのようだ。今日では、ResearchGateの他にも、複数の研究者向けSNSが急成長を遂げている。ResearchGateのライバルで、サンフランシスコに本部がある「Academia.edu」のユーザーは1100万人(2014年8月時点。現在は約5300万人)とされている。オックスフォード大学(英国)で哲学を学んだ後、2008年にAcademia.eduを設立して最高経営責任者に就任したRichard Priceは、「私たちの目標は、科学出版を根底から再構築することです」と宣言する。彼はこれまでにベンチャー投資家から1770万ドル(約19億円)を調達している。第3のサイトはロンドンに本部がある「Mendeley」で、メンバーは310万人(2014年8月時点。現在は600万人)とされている。Mendeleyは、当初は文献管理・格納ソフトとして始まったが、非公開型および公開型のソーシャル・ネットワーキング機能もある。同社は2013年に、大手出版社のエルゼビア(オランダ・アムステルダム)に買収された。買収額は4500万ポンド(約77億円)といわれている。

勝利の方程式

これらのSNSは活況を呈し、多額の投資を得ている。だが、サイト上の活動のうち、生産的な仕事につながっているもの、一過性の興味で終わってしまったもの、他のユーザーが共有している論文に無料でアクセスしようとしただけのものがどのくらいあるかは、はっきりしない。各社の宣伝から離れて実情を把握するため、本誌は2014年5月に数万人の研究者にメールを送信して、SNSやその他の人気のプロフィールサイト、検索サービスの利用状況について質問したところ、95カ国の3500人以上から回答があった。

その結果は、ResearchGateが確かに有名であることを立証していた(「高い認知度」参照。全ての結果についてはgo.nature.com/jvx7pl参照)。回答者のうち科学者と技術者だけを見ていくと、88%以上がこのサイトの存在を知っていて(この数字は、「Google+」や「Twitter」の存在を知っていた人の割合よりわずかに大きい)、国ごとの差はほとんどなかった。さらに、半数近くが定期的にこのサイトを訪問していると答えた。これより多く訪問されているサイトは「Google Scholar」だけで、FacebookやLinkedInより多かった。定期的な訪問者の約29%が、2013年にResearchGateに登録してプロフィールを作成していた。

高い認知度
本誌は各種の巨大SNSサイトや研究者向けプロフィールサイトの認知度と訪問頻度についてアンケート調査を行った。回答者のうち科学者と技術者は3000人以上で、その半数近くがResearchGateを定期的に訪問すると回答していた。人文科学、芸術、社会科学分野の研究者は 480 人 で、ResearchGateの認知度も訪問頻度もやや低かった(詳細はgo.nature.com/fjvxxt参照)。

ワシントン大学フライデーハーバー研究所(米国)の所長である進化生物学者のBillie Swallaは、この結果はなんら意外なものではないと言う。彼女と同僚の大半がResearchGateに参加していて、海洋生物学関係の学術誌をフォローするよりはるかに容易に最新の関連論文を見つけられるという。「ResearchGateはスパムもたくさん送ってきますが、過去数カ月間に私が読む必要があると思った重要な論文の全てが、ここを経由して届いたものでした」と言う。Swallaは、自分と他人のRGスコア(ResearchGateのユーザーの研究が他のユーザーからどの程度評価されているかの指標)を見比べることがあるという。「ResearchGateは、人間の本能をうまく利用していると思います」。

交錯する思惑

一部の科学者は、ReseachGateのまさにこの点に苛立ちを感じている。ResearchGateは、サイトを利用している同僚からのメールに見せかけた招待メールを定期的に自動送信することで新規ユーザーを集めている(本誌の調査でResearchGateを定期的に訪問していると回答したユーザーの35%が、招待メールを受け取ったことがきっかけでサイトに参加したと言っている)。ストックホルム大学(スウェーデン)のコンピューター科学者Lars Arvestadは、この戦術にうんざりしている。「これは恥ずべきマーケティング戦略だと思います。だから私は、彼らのサービスを利用しないことを選びました」と彼は言う。このサイトのプロフィールに見えるものの中には、本物のプロフィールの他に、インターネット上でかき集めた人々の所属、出版記録、PDFなどを使って自動的に(そして不完全に)生成したものも含まれている。ResearchGateへの参加を望まず、このページが自分のプロフィールと誤解される恐れがあるとしてResearchGateに削除を依頼しても受け入れられなかった研究者たちは、この点を不満に思っている。しかしMadischは動じない。彼は、こうしたページには本物のプロフィールではないことを示す印がついているし、サイトのユーザー数にも入っていないと反論し、「私たちは、いただいたフィードバックに基づいて多くの点を変更しました。けれども批判の声は、このサービスを気に入っているユーザーの人数と比べると少ないのです」と補足する。

Academia.eduは、ResearchGateほどは知られていないようだ。知っていたのは、アンケート調査に回答した科学者の29%で、定期的にサイトを訪問している人は5%だった。しかし、Academia.eduにはファンがいる。その1人である沿岸研究所(ドイツ・ゲーストハッハト)の所長で気象科学者のHans von Storchは、このサイトを利用して自身の論文を共有するだけでなく、自身へのインタビュー記事や書評、講義も共有している。Priceは、Academia.edu全体のトラフィックはResearchGateよりはるかに多いと指摘する。これはおそらく、Academia.eduはResearchGateと違って誰でも参加できるからだろう。本誌のアンケート調査に回答した社会科学、芸術、人文科学分野の研究者480人では、2つのサイトの認知度と利用頻度は、より近い数字であった。

Mendeleyは、アンケート調査に回答した科学者の48%が認知し、8%が定期的に訪問しているサイトだが、このサイトの共同設立者であるJan Reicheltは、数字の大きさには特に意味はないと言う。「私たちは、『スタートアップの虚栄の指標』は使いません。こうした数字を見ても、相互作用の品質は分からないからです」と言う。

相互作用の品質のおおよその尺度とするため、本誌はSNSを特によく利用している回答者に対して、定期的にサイトを訪問するときに何をするかという質問をした(「放置、閲覧、それともチャット?」参照)。ResearchGateとAcademia.eduで最も多かったのは、サイトを見て自分に連絡してくる人がいるかもしれないので、プロフィールの維持・管理だけしているという回答だった。次に多かったのは、仕事に関連したコンテンツの投稿、関係のある同僚を探すこと、各種指標の追跡、勧められた研究論文を探すことだった。メディア・情報・技術コンサルティング会社Outsell(米国カリフォルニア州バーリンゲーム)の主席アナリストDeni Auclairは、「人々はこうしたサイトを、社会的相互作用のためのコミュニティーツールとしてではなく、自分を目立ちやすく、発見されやすくするためのツールとして利用しているのです」と言う。これに対して、Twitterを定期的に利用していると回答した科学者は13%しかいなかったが、この半数が、研究に関連した問題についての議論をフォローするのに使っていた。さらに40%の人が、Twitterについて「自分の専門分野に関連した研究についてコメントするためのメディアである」と回答していた(ResearchGateでは15%)。

放置、閲覧、それともチャット?
Natureは、SNSサイトを定期的に訪問すると回答した人々の一部に、どのように仕事に役立てているかを尋ねた(回答者には、自分に当てはまる使い方全て にチェックを付けてもらった)。その結果、Facebookは仕事にはあまり利用されていないことが分かった。Twitterを利用する研究者は、さまざまな用途に使い、盛んに交流していた。Academia.eduとResearchGateのユーザーの多くは、このサイトを見て連絡をくれる人がいるかもしれないと考えて参加していたが、自分からコメントしたり議論したりすることは少なかった(全調査結果はgo.nature.com/jvx7pl参照)。

共有をめぐる対立

ハワイ大学ヒロ校(米国)の生態学者Laura Warmanは、多くの人と同じように、自分の論文がどのくらいの頻度で、いつ、どこでダウンロードされているかを追跡するために、Academia.eduに論文をアップロードしている。「面白いことに、私の論文の中で最もダウンロードされているものは、最も引用されているものではないのです」と彼女は言う。「正直なところ、こうしたサイトが私のキャリアに影響を及ぼすかどうかは分かりません。ただ、誰かが自分の研究を検討してくれていることを知るのが楽しいのです」。

Priceは、Academia.eduには300万編の論文がアップロードされていると話す。一方Madischは、ResearchGateを通して1400万編の論文にアクセスできると言う(その中に、他のサイトにある無料でアクセスできる論文を自動的に収集したものがどれだけ含まれているかは言わなかった)。ペンシルべニア州立大学(米国ユニバーシティーパーク)のコンピューター科学者Madian Khabsaとウルヴァーハンプトン大学(英国)のコンピューター科学者Mike Thelwallが行った未発表の研究によると、2012年に出版された分子生物学分野の全論文の約4分の1の全文が2014年8月までにResearchGateから入手可能になったという。実際、最近の論文は多くのサイトで容易に見つけることができる。2013年に欧州委員会のために行われた研究によると、2008~2011年に出版された生物学論文でオープンアクセス方式で出版されたものは18%だが、この分野の論文の57%は2013年4月にはインターネット上で読めるようになっていたという(Nature 500, 386-387; 2013)。

出版社は、これらのサイトが違法にアップロードされたコンテンツの公開コレクションになってしまうことを懸念している(Nature ダイジェスト 2017年8月号「著作権侵害に対して新方針を打ち出す学術出版社」参照)。2013年末、エルゼビア社は自社が著作権を持つ論文を掲載しているAcademia.eduなどのサイトに対し、米国のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)に基づく削除を要請した。その数は3000通に上る。Academia.eduはそれぞれの通知をユーザーに転送し、この決定に多くの人々が激しく抗議した。削除要請通知を受け取った研究者の1人は、匿名を条件に本誌に、「著作権法に違反していない科学者を、私はほとんど知りません。出版社に気付かれないように用心するだけです」と語った。

Priceは、研究者向けの巨大SNSだけでなく、大学のオンラインリポジトリに投稿されたコンテンツにも同じ懸念があると指摘する(エルゼビア社は2013年に、後者に対してもDMCAに基づく削除要請通知を送付している)。「この問題は、執筆した論文をインターネット上で自由に共有したい研究者と、彼らの論文を『有料コンテンツの壁』の向こうに隠して利益を上げたい出版社との多岐にわたる戦いの一部なのです」と彼は言う。なお、多くの出版社は、研究者が最終的に受理された版の論文原稿をアップロードすることは許可しているが、最終版のPDFをアップロードすることは許可していない。

データの行方

巨大SNSサイトは、他の公開コンテンツを取り込むことで、研究をめぐる状況を大きく変える可能性がある。2014年3月には、ResearchGateがユーザー向けにOpen Reviewという機能を立ち上げ、既存の出版物に対して掘り下げた評論ができるようにした。Madischによると、会員が投稿したレビューは、ほんの数カ月で1万件を超えたという。彼は、他に発表する場がないような否定的な結果を含め、生データもアップロードしてほしいと考えていて、今では毎日700件ずつ、そうしたデータがアップロードされているという。

Academia.eduのPriceは、出版後査読機能の立ち上げを計画している。「『信頼性の高い研究はどれか』ということをはっきりさせるためには、より良いフィルターシステムを構築する必要があります」と彼は言う。

この目標に異論を唱える人はほとんどいないだろう。だが研究者たちは、自身の研究データやレビューを新設SNSサイトに投稿しても、インターネット上の他の場所、例えば、自分自身のウェブサイトや、大学のリポジトリ、Dryadやfigshareなどの専門のデータ貯蔵サイト(figshareはシュプリンガー・ネイチャーと提携している)には投稿しない。それはなぜだろうと、多くの人が不思議に感じている(Nature 500, 243-245; 2013)。Madischは、その答えはSNSのユーザーコミュニティーの急拡大にあると考えている。かの有名な「ネットワーク効果」だ。「ResearchGateに論文を投稿すれば、重要な人々の目にとまることができます」と彼は言う。しかし、ミシガン州立大学(米国イーストランシング)の計算科学者Titus Brownは、SNSサイトの生き残り戦略に不安を感じている。「ResearchGateが収集した情報が、将来、ユーザーが不快に感じるようなやり方で同社の利益のために利用されてしまうのではないか、あるいは、そうしたもくろみを持つ人々に売却されてしまうのではないかと心配なのです」。

この懸念に対しMadischは、ResearchGateはユーザーのデータを売るつもりはなく、今でも求人情報を掲載することで利益を得ていると反論する(Academia.eduも同様)。ユーザーの28%が企業に所属する研究者であるため、将来的には、検査サービスや製品の市場をサイトに追加し、企業やその研究者を学者と結び付けたいというのが彼の希望だ。Priceは、大学に組織分析を提供したいと言うが、Auclairをはじめとするアナリストたちは、研究者向けSNSはFacebookやTwitterよりはるかに狭い範囲の人々を標的にしているため、高収益を上げる見込みは小さいと考えている。「最もあり得そうなのは、一定の規模まで成長したネットワークは買収され、その規模に達しなかったネットワークは消えてなくなるという未来です」と彼女は言う(これに対してMadischは、「ResearchGateが買収されたら個人的には失敗」だと言う)。

一方、Reicheltは、Mendeleyが研究協力のための世界的プラットフォームになったのは、2013年にエルゼビア社に買収され、Scopus(研究論文のデータベース)をはじめとする同社の他の製品と関連付けられて地位が向上したためと考えている。

Madischは、「将来、このレースを勝ち抜けるSNSは1つだけだと思います」と言う。あるいは、本誌のアンケート調査の結果が示しているように、分野ごとに異なるサイトが好まれるようになるのかもしれない。一部のアナリストは、数百万人のユーザーがいるにもかかわらず、研究者向けSNSは、その本質的な価値を立証できていないと考えている。「あったら便利なツールですが、なくてはならないツールではありません」とAuclairは言う。これに対してPriceは、研究者向けSNSは無視できないトレンドの最前線にあると反論する。「市場は変化し、学者たちは論文をオープンに共有することを望んでいます。その潮流は、私たちが進む方向に影響を及ぼし始めています」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170924

原文

Scientists and the social network
  • Nature (2014-08-14) | DOI: 10.1038/512126a
  • Richard Van Noorden