News

薬の効果を左右するのはマイクロバイオーム?

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170803

原文:Nature (2017-06-06) | doi: 10.1038/nature.2017.22109 | Gut bacteria can stop cancer drugs from working

Sara Reardon

一部の患者で治療薬が効かなかったり副作用が出たりする理由は、腸内細菌や腸内細菌が産生する酵素によって説明できるのかもしれない。

ヒトの糞便にはさまざまな細菌が含まれている。 | 拡大する

STEVE GSCHMEISSNER/SPL/Getty

個別化治療を探求する研究はこれまで、薬物に対する反応を個人のゲノムがどのように制御しているかに焦点を合わせたものがほとんどであった。しかし、薬剤がその人の病気に効果があるかどうかを決めるカギとなるのは、その人に固有のマイクロバイオーム(ヒトの体内に生息する細菌などの微生物の集団)であることを示唆する証拠が増えてきている。

このたびアルバートアインシュタイン医科大学(米国ニューヨーク州)の計算生物学者Leah Guthrieらの研究チームは、健康な人々での薬剤の代謝のされ方が、腸内細菌の構成によって異なるという証拠を得て、2017年6月4日に米国ルイジアナ州ニューオリンズで開かれた米国微生物学会議で発表した。

ヒトの体内に生息する細菌は、どんな栄養物も手当たり次第に食べてしまう。宿主の食餌に含まれる栄養素だろうが、その人が服用している薬剤だろうがおかまいなしだ。細菌の食物摂取におけるこのような柔軟性によって、薬剤が代謝されて効果を示さない化合物や毒性を持つ化合物に変えられてしまうと、問題が起こる可能性がある。

今回Guthrieが発表したデータは、イリノテカンと呼ばれるがん化学療法薬に関するものだ。この薬剤は、一部の患者で重篤な下痢を引き起こすことが知られている。イリノテカンなどのいくつかの薬剤の化学構造は、細菌が産生するβグルクロニダーゼという酵素によって変化することが、マウスの研究で以前に示されている1。通常、こうした治療薬は肝臓でグルクロン酸抱合と呼ばれる過程によって解毒・代謝されるが、細菌のβグルクロニダーゼはグルクロン酸抱合体を加水分解し、毒性を持つ化合物に変えてしまう。

腸と共に

Guthrieらは、特定のヒトのマイクロバイオームが薬剤の代謝に影響するかどうかを調べるため、20人の健康な被験者から糞便試料を集め、試料にイリノテカンを添加した。試料に含まれる細菌との相互作用で生じた化合物を調べた結果、毒性を持つイリノテカン代謝物が4つの試料で高レベルに検出された。しかし、試料中に存在する細菌種に有意な違いは見られなかった。

研究者らが試料中のタンパク質を分析したところ、代謝が高い細菌を含む被験者から得た試料には、βグルクロニダーゼをより多く産生する細菌種が複数含まれていることが分かった。これらの被験者は、糖を細胞内に輸送するタンパク質のレベルも高いことから、毒性を持つ化合物を吸収しやすく、消化器系の問題が起こりやすいと考えられる。

この研究を主導するアルバートアインシュタイン医科大学の微生物学者Libusha Kellyは、「我々は現在、イリノテカンによる治療を受けているがん患者から試料を集め、この仮説が正しいかどうかを調べることを計画しています」と話す。

今回の研究は、腸内細菌が産生する酵素が薬物とどのように相互作用するかを知るための良い取っ掛かりになる、とノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)で同じくイリノテカンの研究を行っている構造生物学者Matthew Redinboは言う。「腸内細菌の酵素を調べ、それらをヒトの場合と同じように考えることで、最も大きな知見が得られるでしょう」。

Redinboによると、肝臓では、細菌のβグルクロニダーゼによって除去されたグルクロン酸は、他の薬物の抱合にも関わっているという。つまり、マイクロバイオームの影響は非常に広範囲に及ぶことが示唆される。彼は、マウスでの研究で、複数のβグルクロニダーゼが、イブプロフェンなどの抗炎症剤を同じように変化させることを明らかにしている。ヒトでは、イブプロフェンの長期間投与によって、腸管毒性が引き起こされる場合がある2

やはりブラックボックス

腸内細菌によりパーキンソン病薬や抗不安薬などが変化したと考えられる例が多数報告されていると、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の生化学者Emily Balskusは述べる。彼女は、こうした「細菌による干渉」が、動物モデルでヒトでの薬剤毒性を予測できない理由を説明する助けになるとも言う。動物が持つ細菌群は、ヒトとは異なるからだ。

しかし、多くの疑問が残っている。これらの薬剤を変化させている酵素はほとんど特定されておらず、また、ヒト集団間で細菌にどれくらい差異があるかも明らかではない。

例えば、膣用ゲル剤であるHIV予防薬のテノホビルは、ガルドネレラ属(Gardnerella)という細菌種が膣内に存在する女性では効果がないことが、2017年6月2日にScienceに報告されている3。ガルドネレラ属の細菌はテノホビルを速やかに分解して不活性な化合物に変えてしまう。しかし、この過程が起こる仕組みや、この過程を阻止できるかどうかは分かっていない。

ある薬剤が効くかどうかを調べる目的で、臨床医が患者のマイクロバイオームをスクリーニングする日が来るかもしれないと、Balskusは言う。患者の腸のマイクロバイオームが問題を引き起こしそうな場合、医師たちは酵素の阻害剤を投与したり、治療薬を食物源としない細菌群をもたらす食餌療法を行ったりすることで、対処できるようになるだろう。マウスの研究で、食餌療法によって心臓病薬ジゴキシンが細菌により分解されるのをある程度防ぐことができたという結果が報告されている4

Redinboはこの手法をヒトで試みたいと考えている。彼が新たに設立したバイオ企業Symberix社(米国ノースカロライナ州ダーラム)は、がん患者にイリノテカンと共にβグルクロニダーゼ阻害剤を投与する臨床試験を申請しようと計画している。

だが、細菌–薬剤相互作用について十分な知識が得られ、医師たちがそうした相互作用を標的とした治療を日常的に行えるようになるまでには、長い時間がかかるだろう。「目がくらむほど複雑なのです」と、Redinboは言う。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Wallace, B. D. et al. Science 330, 831–835 (2010).
  2. LoGuidice, A. et al. J. Pharmacol. Exp. Ther. 341, 447–454 (2012).
  3. Klatt, N. R. et al. Science 356, 938–945 (2017).
  4. Haiser, H. J. et al. Science 341, 295–298 (2013).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度