Editorial

知能に関する研究のすすめ

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170833

原文:Nature (2017-05-25) | doi: 10.1038/nature.2017.22021 | Intelligence research should not be held back by its past

人種差別主義にまみれた知能の研究を救うのは、現代の遺伝学かもしれない。

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FREDERICK FLORIN/AFP/Getty Images

「知能に関する大部分の人々の知識は、良くても偏った知識であり、最悪の場合には完全に誤った知識となっている」。これは、2014年に論文誌Intelligenceが「知能の教育」に取り組んだ特集号の巻頭における編集長の言葉だ(Intelligence 42, 135; 2014)。この特集号では、少なくとも米国の超一流の大学5~6校の学部での心理学のカリキュラムに知能に関する講義がほとんどないことが明らかにされた。大学では知能論が廃れており、その理由は、知能論がエリート主義だけでなく人種差別主義の影響を受けており、学生も大学当局者も気まずさを感じるからだと思われる。

こうした偏りは、知能と知能を研究する動機に関する誤った知識が広まる一因となっている。この傾向が特に顕著なのが知能の遺伝学研究だ。2017年にNature Geneticsに発表された論文(S. Sniekers et al. Nature Genetics 49, 1107; 2017)では、知能に関する遺伝学的メタ解析の成果が報告されている。

このメタ解析研究は、約8万人の小児と成人について調べたゲノムワイド関連解析をまとめたものだが、それぞれのゲノムワイド関連解析では、知能指数やタッチパネル上のパズルでの正答数など、さまざまな「一般知能」の指標が用いられた。このメタ解析では、知能と関連する18のゲノム領域および脳内で高度に発現している候補遺伝子が突き止められた。この研究では、これらのコホート全体における知能の分散の最大4.8%を説明できることが示唆されている。

このメタ解析結果は、遺伝的性質が認知能力にどのように影響しているかを詳しく調べる一連の研究の中で最も新しい。ここで「どのように」という言葉に留意してほしい。遺伝的性質の違いによって知能に関する有意な個人差が生まれていることについては、これを否定する善意から出た主張や無知による主張があるものの、遺伝学者の間では十分に確立されており、議論の余地はない。ただ、こうした個人差は数多く存在し、それ自体に大した意味はないということでしかない。そのため、知能は、その他の多くの認知特性と身体的特徴(例えば、精神障害や身長)と同じく、典型的なヒトのポリジーン形質(形質の発現に複数の遺伝子が関わる)の1つなのだ。

そうならば、どうして論争が起こるのだろうか。知能は、ヒトの形質の中で最も重要で影響力の大きいものの1つであることは間違いないのに、どうして心理学科の学部生は知能に関する授業を受けることができないのだろうか。知能に関する研究と幅広い理解を妨げている最大の障害は、未来の出来事ではなく過去の出来事にある。これは、科学分野として異例なことなのかもしれない。

障害は3つあると考えられる。第1の障害は、生物学的決定論に対する根拠のない恐れであり、それへの対応は最も容易だと思われる。特定の遺伝子が知能に影響を及ぼすのなら、その遺伝子を持たない者は頭脳明晰とはいかず、成功できないと考えて心配する人々がいるのだ。しかし、知能には遺伝子だけでなく環境も重要な役割を果たしていることが明らかになっている。つまり、知能「に関連する」遺伝子は存在するが、その遺伝子を持たない人々が教育を受けるのは無駄、という結論を意味するわけではない。遺伝学者は、そうした仮説をとっくの昔に否定している。

第2の障害は、何よりも知能科学が興隆したタイミングが悪かったことだ。知能科学や知能テストが最初に盛んになったのは20世紀、米国や英国などの国々で、移民に対する懸念から国民の遺伝的ストックを保護する政策が固まったことによる。知能に関する研究は、優生学者の便利な道具となり、外国人嫌いに代わって「知的障害者」に対する差別が台頭した。

第3の障害が人種差別主義だ。知能科学に醜い偏見が付きまとったことに疑いの余地はない。過去に行われた頭蓋容積と脳重量の測定は、白人の人種的優越性を主張するためのものだった。また最近では、米国内の黒人と白人の集団間における知能指数の平均値の差(差は実在するが、現在は縮小している)の原因が、両人種間の遺伝的差異にあるという誤った結論が示された。

知能の遺伝的性質に関するどのような研究であっても、過去の醜い人種差別を再燃させ、今後も怪しげな目的のために利用される可能性があると、一部の論者が懸念を示している。知能科学の評判を落としめた不適切な姿勢は今も変わらない上、怪しげな研究が一部で続けられていることは確かだが、知能科学が過去に足をひっぱられてはならない。

個人間の遺伝的差異とその形質に対する影響は、21世紀初頭に考えられていた以上に複雑で捉えにくいことが、続々発表される研究で示されている。研究者が知能のような形質を調べる研究を進めて、差別に遺伝的根拠のないことを明らかにすれば、過去の誤りからさらに決別できる。知能に関する大部分の人々の知識は、アップデートされなければならない。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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