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がん再発を早期探知できる液体生検

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170830

原文:Nature (2017-05-25) | doi: 10.1038/545417a | Personalized test tracks cancer relapse

Alberto Bardelli

肺腫瘍の進化に関するゲノム情報が血液から得られることが実証され、がん再発の初期兆候の臨床モニタリングが可能なことが報告された。プレシジョン(高精度)医療への有望な一歩だ。

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Brilly/DigitalVision Vectors/Getty

腫瘍が転移の過程を経て原発部位から離れた部位に広がった場合の治療法は、組織学の手法による細胞診検査、もしくは腫瘍片のDNA塩基配列の解析をもとに判断するのが普通である。解析用の腫瘍片は、腫瘍の原発部位と思われる場所か、あるいは最も採取しやすい場所から得る。しかし、このやり方では、こうした悪性腫瘍に内在する遺伝的不均一性も、時間とともにゲノムをダイナミックに進化させるがんの能力も、正確に捉えることができない。つまり、がん患者は複数種類の治療を受けるが、それには数十年とまでいかなくても数年はかかるため、その患者の治療の根拠となったがん分子解析がその間に無効になっていることもあり得る。今回、Christopher Abboshら(Nature 2017年5月25日号446ページ1とMariam Jamal-Hanjaniら(The New England Journal of Medicine 2017年6月1日号2109ページ)2は、がん臨床研究プロジェクト「TRACERx」の結果について報告している。このプロジェクトは、個々の患者で肺腫瘍の経時的な進化動態を追跡し、詳細な遺伝的プロファイルを作成するために実施されたものだ。Abboshらは、そこから得られた解析結果をもとに、患者特異的な情報を用いて腫瘍摘出後の再発を探知できる検査法を開発した。

腫瘍の経時的な進化動態を調べる研究に現在、大変革をもたらしているのが「液体生検」だ3。これは、血液試料に含まれる「循環腫瘍DNA(circulating tumour DNA;ctDNA)」という腫瘍由来DNAの塩基配列を解析する手法である。こうした細胞外のDNA断片は、細胞死過程であるアポトーシスやネクローシスで血流中に放出されたり、他の機構で血流中に入り込んだりしたものだ4。Abboshらは実験で、液体生検によるctDNA検出能と、一部の型の非小細胞肺がんでよく見られる細胞ネクローシスの存在との間に関係性があることを確認した。液体生検は近年、感度や精度が向上し、臨床に応用されつつある4,5。Abboshらは今回、液体生検により初期段階にあるがんの進化のモニタリングや再発の探知ができるかどうかを検討し、ctDNA解析をさらに前進させた。

今回の2つの論文で報告された「TRACERx」という臨床研究プロジェクトは、非小細胞肺がんが時間経過につれてどう変化していくかを調べるために設計されたものだ。まず、非小細胞肺がんの摘出手術を受けた患者100人を対象にして研究が開始された。ただし摘出手術で腫瘍細胞を残らず除去しようとしても、必ずしも取りきれるわけではない。しかも、体内の他の部位にすでに少数の腫瘍細胞が移動していた場合、手術後も悪性細胞が残留してしまう可能性がある。もし再発した場合、化学療法など別の治療選択肢を考えることになる。

TRACERxプロジェクトチームはまず、患者それぞれの腫瘍の進化を追跡するため、さまざまな時点で得た血液試料のctDNAを調べることにした。しかし、液体生検の感度が大きな難関となった。腫瘍DNAは、血漿試料中の総DNA量の1%未満しかないからだ3。そうした「干し草の山の中にある針」を探し出せるくらい高感度の検査法を開発するために、Abboshらが使ったのが、Jamal-Hanjaniらによる摘出肺腫瘍の解析結果からの情報だった。Jamal-Hanjaniらは、摘出された肺腫瘍それぞれの数カ所に由来するゲノムと、健康な組織に由来するゲノムについて、全タンパク質コード領域の塩基配列を解読して比較解析し、肺腫瘍に特異的に存在するDNA変化(一塩基バリアント[SNV]という)を特定した。

1個の腫瘍の異なる領域とSNVプロファイルとを関連付けることで、類似点と相違点が見えてくる。腫瘍発生の初期に生じる遺伝的変異は通常、全ての腫瘍細胞(クローン)に見られる(つまりクローン性変化である)が、後期に生じる変異は一部の細胞(サブクローン)にしか見られない(つまりサブクローン性変化である)。Jamal-Hanjaniらは、腫瘍内のいくつかの領域の変異について解析し、腫瘍の遺伝的進化のパターンを推測して、変異間の類縁関係を示す系統樹を構築した(図1)。これらの系統樹から、Abboshらは、ある患者のクローン性SNVとサブクローン性SNVを特定し、この情報を使って、がんの再発をチェックする液体生検法を設計することができた。SNVの解析にあたっては、検出感度を向上させるため、多重ポリメラーゼ連鎖反応(多重PCR)を含む配列解読法を用いた。これで、液体生検による試料解析の際に複数のSNVを検査できる。Abboshらは、患者1人につき10〜22個のSNVを調べた。検出された腫瘍SNVは主に、初期のクローン性SNVに相当するものだった。また、液体生検にクローン性SNVが含まれていた患者の大半は、サブクローン性SNVも持っていた。

図1 摘出手術後の再発を早期に検出するための、肺がん進化のモニタリング
TRACERx1,2では、非小細胞肺がんの患者から病巣を外科的に摘出し、その腫瘍のいくつかの領域(1〜4)から試料を採取。この試料を使って、Jamal-Hanjaniら2はゲノムのタンパク質コード領域の塩基配列を解析し、その腫瘍の試料採取領域で生じたDNA変化(×記号)を特定。その変化パターンから、変異間の類縁関係を決定した。例えば、初期に生じた変異は全ての腫瘍細胞に存在することが多い(クローン性変化)が、後期に生じた変異は一部の細胞にしか見られない(サブクローン性変化)。Jamal-Hanjaniらが作成した1人の患者の腫瘍の進化過程を表す系統樹を使って、Abboshら1は循環腫瘍DNA(ctDNA)の液体生検を設計。この血液検査法を使い、1人の患者において、がん再発の特異な遺伝的特徴を見分けることができた。この個別化検査法では、CTスキャン画像で再発が分かる平均70日前に、腫瘍再発の兆候が捉えられた。こうした再発は、腫瘍の原発部位とは異なる場所に見られる場合が多い。 | 拡大する

この研究は、肺がんの進化に関する目覚ましい手掛かりをもたらし、いくつかの点で先駆的である。Abboshらは、TRACERx研究に参加した患者100人のうち24人を、摘出手術後に、通常の画像検診と、SNV 12〜30個のctDNA検査の両方で追跡観察した。術後の液体生検解析による腫瘍関連SNVの検出から、その後、コンピューター断層撮影(CT)スキャン像によって再発を確認するまでの日数の中央値は、70日だった。ctDNA解析による乳がんや大腸がんの再発予測はすでに可能になっている6–8が、Abboshらの研究は、難易度の高い条件下で盲検化した予測分析によって達成されたという点で特に注目される。つまり、ctDNA量が極めて少ない腫瘍再発の早期という条件を乗り越えたのだ。

ctDNA解析に使われた系統樹や、個々の患者由来の組織標本を追加解析して得られた結果から、今後役立ちそうな情報ももたらされた。例えば、再発した1人の患者から採取した試料では、ERBB2遺伝子の増幅したサブクローンが大半を占めていた。この増幅は、がんを進行させる変化の1つであり、既存薬で標的にできる。さらにAbboshらは、患者が化学療法を受ける際に、液体生検でctDNAにある腫瘍SNVを検査することで、その化学療法が有効かどうかの指針を得られることも明らかにした。このようにctDNA解析は、再発を早期に予測したり、どのDNA変化が頻度を増しているかを知る手掛かりを得たりするのに役立つ。つまり、がんの次の出方を予想できる潜在的能力を持っているのだ。

こうしたアプローチは、がんの不均一性ががんの進行を後押しする仕組みを解明するのにも役立つ。例えばAbboshらは、1人の患者の死後解析について報告している。その患者の頻繁な腫瘍再発と再発に関連するSNVの詳細なプロファイルから、どのサブクローンが転移巣を生じたかについての情報や、がんが治療中にどのように進化したかを知る上で有用な空間的および経時的手掛かりが得られた。

Abboshらによる、もう1つの重要な知見は、ctDNAに存在する変異SNVの頻度(バリアント対立遺伝子頻度[VAF])の高さと、CTスキャンで確認された腫瘍容積の大きさが関連していたことだ。Abboshらの計算によれば、VAF値が0.1%の場合では、約3億個の細胞を含む腫瘍容積と相関が見られるという。このパラメーターは、今後の肺その他の腫瘍の液体生検研究で腫瘍サイズを見積もる際に、同様の推定をする上で役立つかもしれない。

今回の研究で、液体生検ががんの経時的追跡に有効なことが明らかになったが、この方法は技術的に難度が高く、面倒であり、また、患者ごとに分析する必要があり費用がかかる。そのため現時点では、臨床現場での日常的使用には適さない。ただし、塩基配列解読のコストは下がり続けているので、この種のプレシジョン医療による治療が当たり前になる可能性もある。がんについて臨床的に意義のある情報が血液試料の遺伝解析から豊富に得られるということ自体、10年前までSFの世界の話だったのだから、そうなっても不思議ではないのだ。

この「TRACERx」プロジェクトのために、がん専門医や放射線科医の他に、遺伝学者や統計学者、数学者や進化生物学者といった医学以外のさまざまな専門家が集まった。そのため今回の研究は、専門分野の垣根を越えた「交流」によって、がんのプレシジョン医療の普及を大きく進められることを示す説得力ある証拠といえる。

(翻訳:船田晶子)

Alberto Bardelliはトリノ大学医学系大学院(イタリア)に所属。

参考文献

  1. Abbosh, C. et al. Nature 545, 446–451 (2017).
  2. Jamal-Hanjani, M. et al. N. Engl. J. Med. 376, 2109–2121 (2017).
  3. Diaz, L. A. & Bardelli, A. J. Clin. Oncol. 32, 579–586 (2014).
  4. Siravegna, G., Marsoni, S., Siena, S. & Bardelli, A. Nature Rev. Clin. Oncol. http://dx.doi.org/10.1038/nrclinonc.2017.14 (2017).
  5. Wan, J. C. M. et al. Nature Rev. Cancer 17, 223–238 (2017).
  6. Beaver, J. A. et al. Clin. Cancer Res. 19, 2643–2650 (2014).
  7. Garcia-Murillas, I. et al. Sci. Transl. Med. 7, 302ra133 (2015).
  8. Tie, J. et al. Sci. Transl. Med. 8, 346ra392 (2016).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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