News

ホモ・サピエンスの歴史を書き換える化石を発見か

モロッコで発見された初期のホモ・サピエンス個体の化石(左)は、現代の現生人類(右)と比較して頭蓋骨が長い。 Credit: NHM London

史上最古のホモ・サピエンスの骨が、信じられない場所で発見されたという報告が、Nature2017年6月8日号289ページ1および293ページ2に掲載された。その場所はモロッコだ。出土した頭蓋、顔面、顎の骨が約31万5000年前の初期ホモ・サピエンスのものであると判定されたことで、ホモ・サピエンスの出現が従来の想定よりも10万年以上早かったことが示唆されるという。

ホモ・サピエンスは約20万年前にアフリカ東部に出現した、と考える研究者は多く、ほぼ定説となっている。これに対し今回の化石はアフリカ北西部で発掘されている。しかし今回の論文は、従来の説に対して「ホモ・サピエンスがアフリカ北部で生まれた」と言っているのではない。むしろ、最初期のホモ・サピエンスはアフリカ大陸全体で進化した可能性が示されるのだと、この論文を発表した科学者らは語る。2報の論文の共著者であり、マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプチヒ)の理事を務めるJean-Jacques Hublinは、「従来の共通認識では、ホモ・サピエンスはおそらくサハラ以南のアフリカのどこかにあった『エデンの園』でかなり急速に出現したと考えられていました」と話す。今回の発見を受け、「『エデンの園』は、おそらくアフリカそのものだったのでしょう。広大な1つの園です」と付け加えた。Hublinは、モロッコの大西洋岸に近いジェベル・イルード遺跡で10年にわたって行われた発掘の中心人物の1人でもある。

顎と石器

Hublinがジェベル・イルード遺跡に興味を持ったのは、1980年代前半に、この遺跡で出土した不可解な小児下顎骨の化石標本を見せられたことがきっかけだった。1961年、鉱山労働者がその地でヒトのほぼ完全な頭蓋骨を発見していた。頭蓋骨はその後の発掘でも出土し、高度な石器をはじめとした、人類の存在を示す痕跡も発見されていた。

出土した骨は「外観があまりにも原始的で全く理解不能なものだったため、奇妙な仮説がいくつも生まれました」とHublinは話す。当時の研究者らはこの化石を4万年前のものと推測し、アフリカ北部にネアンデルタール人が住んでいたという説が発表された。

さらに最近では、ジェベル・イルード遺跡の人類は「古い」種で、サハラの南から来たホモ・サピエンスに取って代わられるまでアフリカ北部で生き延びていたのではないか、という説も出た。というのも、多くの科学者がホモ・サピエンスの起源と考えている場所はアフリカ東部であるからだ。既知のホモ・サピエンス化石で最古のものは19万6000年前、2番目は16万年前の頭蓋骨であって3,4、いずれもエチオピアで発見されており、また世界の現生人類集団のDNA研究からも、約20万年前のアフリカが人類の起源であることが示唆されている5

10年間の発掘

Hublinが初めてジェベル・イルード遺跡を訪れたのは1990年代だったが、その当時遺跡は土中に埋もれていた。2004年になってようやく発掘のための時間と資金ができたとき、Hublinはマックス・プランク研究所の一員となっていた。手始めにトラクターやブルドーザーをレンタルし、行く手を阻んでいた約200m3の岩石を除去した。

当初の目標は、新しい方法で遺跡の年代を再評価することだったが、2000年代後半、研究チームは、新たな人骨を20点以上発見した。極めて完全に近い顎や頭蓋骨の断片など、少なくとも5人の個体と関連するもので、また石器も出土した。考古科学者のDaniel RichterとShannon McPherron(ともにマックス・プランク進化人類学研究所)を中心とする研究チームは、遺跡および発見された全ての人骨の年代を、2種類の測定法によって35万~28万年前のものと判定した。

再評価された年代と新たな人骨片から、Hublinは、かつてジェベル・イルードに住んでいたのが初期のホモ・サピエンスだったことを確信した。「彼らの顔つきは、現代の街ですれ違っても違和感のないものでしょう」とHublinは言う。その歯は、現生人類のものよりは大きいが、さまざまな形態学的特徴はネアンデルタール人やその他の旧人類のものよりも初期の現生人類のものによく一致している。そして、後代のホモ・サピエンスのものよりも長い頭蓋骨からは、ジェベル・イルードの人々の脳の構成が現生人類とは異なっていたことが示唆されるという。

上記の発見は、現代の解剖学的現生人類に至るホモ・サピエンス系統の進化に関する手掛かりを与えてくれる。解剖学的現生人類は、その特徴的な顔面を獲得してから、脳の形に変化が生じたのではないか、とHublinは考えている。さらに、ジェベル・イルード遺跡の人骨やアフリカの他の場所で発見された別のホモ・サピエンス様化石に認められるさまざまな特徴には、ホモ・サピエンスの起源の多様さが表れているとし、アフリカ東部のみを起源とする説に疑問を提起している。

「我々が考えているのは、ホモ・サピエンス(あるいは少なくともその最も原始的な集団)が30万年以上前、アフリカ全土に分布していた、ということです」とHublinは語る。当時のサハラには多くの湖沼や河川が存在し、植物の生育の証拠も確認されている。ガゼルやヌー、ライオンなど、アフリカ東部のサバンナを歩き回っていた動物がジェベル・イルード付近にも生息していた証拠も見つかっている。つまり、かつては2つの環境がつながっていたことが示唆されるのだ。

ゲノムの証拠

ホモ・サピエンスの起源が時代をさかのぼることは、2017年6月5日付でプレプリントサーバーbioRxivに投稿された古代DNAの研究報告6でもさらに支持されている。ウプサラ大学(スウェーデン)のMattias Jakobssonを中心とする研究チームは、約2000年前の南アフリカに暮らしていた少年のゲノム塩基配列を解読した。これは、サハラ以南のアフリカに由来する古代人ゲノムの塩基配列解読例として、ようやく2番目のものだ。研究チームは、少年のホモ・サピエンス系統上の祖先たちが、26万年以上前に他の一部の現代アフリカ人集団の祖先から分岐したことを明らかにした。

Hublinらもジェベル・イルードの人骨からのDNA採取を試みたが、できなかったという。ゲノムが解析できていれば、その人骨が現生人類につながる系統上にあるかどうか、白黒がつけられたことだろう。

ピッツバーグ大学(米国ペンシルベニア州)の古生物学者Jeffrey Schwartzは、今回の新しい発見は重要だと話すが、発見された化石をホモ・サピエンスのものだと考えるべきかについては確信が持てないという。あまりにも数多くの外観の異なる化石が「ホモ・サピエンス」として寄せ集められているため、新たな化石を解釈し、この種がいつ、どこで、どのように出現したかについてのシナリオを組み立てる研究が困難になっている、とSchwartzは考えている。

ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の古人類学者María Martínon-Torresは、「ホモ・サピエンスは、とてもよく知られていますが、現在に至るまでその過去は明らかになっていません」と話し、アフリカで人類の起源につながる化石が希少であることを指摘する。また、ジェベル・イルードの骨化石には、ホモ・サピエンスを定義する突き出た顎や額などの特徴がないことから、彼女はホモ・サピエンスと考えるべきでない、と確信しているという。

進化の最前線

今回の研究論文に関連するNews & Views記事の共同執筆者であるロンドン国立自然史博物館(英国)の古人類学者Chris Stringerは、1970年代前半に初めてジェベル・イルードの人骨を見て困惑したという。ネアンデルタール人でないことは分かったが、ホモ・サピエンスの化石にしては年代が随分新しいものに見えるのに対し、外観が原始的すぎる気がしたのだ。しかし、年代の古さと新たに発掘された骨化石から、Stringerは、ジェベル・イルードの人骨が確かにホモ・サピエンスの系統上にあることを受け入れた。「この発見により、これまでホモ・サピエンスの進化の研究では見向きもされなかったモロッコが、重要な地点に位置付けられたのです」とStringerは付け加える。

Hublinは、隣国アルジェリアで生まれ、独立戦争が勃発した8歳のときに国を逃れた。彼にとって、数十年にわたって思い焦がれていたアフリカ北部の地へ戻ることは、心を揺さぶる経験だった。「この遺跡との間に、個人的なつながりを感じています」とHublinは言う。「区切りがついたとは言えませんが、長い旅の末、こんなにも驚くべき結論に達したことに、感慨を覚えています」。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170805

原文

Oldest Homo sapiens fossil claim rewrites our species' history
  • Nature (2017-06-07) | DOI: 10.1038/nature.2017.22114
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Hublin, J. et al. Nature 546, 289–292 (2017).
  2. Richter, D. et al. Nature 546, 293–296 (2017).
  3. McDougall, I., Brown, F. H. & Fleagle, J. G. Nature 433, 733–736 (2005).
  4. White, T. D. et al. Nature 423, 742–747 (2003).
  5. Cann, R. L., Stoneking, M. & Wilson, A. C. Nature 325, 31–36 (1987).
  6. Schlebusch, C. et al. Preprint at http://biorxiv.org/content/early/2017/06/05/145409 (2017).