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1つのタンパク質で2つの神経変性疾患を治療

脊髄小脳失調症2型では、プルキンエ細胞(写真)の機能が障害されることで運動障害が引き起こされる。 Credit: DAVID BECKER/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

神経変性疾患は重篤な障害を引き起こす場合があり、そうした疾患の多くでは効果的な治療法が見つかっていない。可能性のある治療戦略の1つにアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)を使う方法がある。ASOは短いヌクレオチド配列で、メッセンジャーRNAに結合して、タンパク質への翻訳を抑制する。2017年4月6日にNatureで発表された2編の論文1, 2はこの考え方を裏付けるもので、アタキシン2タンパク質に翻訳されるmRNAを標的とするASOを投与することにより、神経変性疾患のマウスモデルで運動失調を改善できたことを報告している。

1つ目の研究(362ページ)では、ユタ大学(米国ソルトレークシティー)のDaniel R. Scolesらが、脊髄小脳失調症2型と呼ばれる疾患に対するASO投与の効果を調べた。この疾患ではアタキシン2の変異によって神経変性が生じ、プルキンエ細胞と呼ばれる小脳のニューロンの発火頻度の減少などのニューロンの異常や、動作に影響を及ぼす運動障害が引き起こされる3(図1a)。Scolesらは152個のASOについてin vitroでスクリーニングを行い、アタキシン2のmRNAの細胞内レベルを最も効率的に減少させるASOを特定した。

図1 2つの神経変性疾患に対する共通の治療戦略
a アタキシン2をコードする遺伝子の有害な変異により、プルキンエ細胞と呼ばれるニューロンで転写異常が起こり、プルキンエ細胞の機能が障害される。これは神経変性疾患、脊髄小脳失調症2型の原因となる。Scoles ら1は病気を引き起こすヒト遺伝子を持つマウスに、アタキシン2のmRNAに結合してその翻訳を阻害するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)分子を注入した。この処置によって症状が改善された。
b アタキシン2はまた、ストレス顆粒と呼ばれるRNA-タンパク質複合体が細胞質中に形成されるのを促進し、それによって有害なTDP-43タンパク質凝集体が形成される。この凝集体が神経変性疾患、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に関与していると考えられる。Beckerら2は、アタキシン2に結合するASOは、凝集体を作りやすいヒトTDP-43タンパク質を持つマウスの寿命を延ばし、運動機能の低下を遅らせることを示している。

次に彼らは、2種類の異なる脊髄小脳失調症2型マウスモデルにこの分子を注入した。このマウスモデルはどちらも、ヒトのアタキシン2の変異型を発現するように遺伝子改変されていて、変異体マウスは、ヒトの疾患に似た病態を示し、成体期に運動障害が見られる。しかし、マウスの脳と脳脊髄液にASOを注入すると、これらの領域のアタキシン2タンパク質のレベルが低下した。その結果、マウスの運動能力の低下は無投与対照群と比べて顕著に遅延した。

Scolesらは続いて、この改善の基礎となる分子機構を調べた。ASO投与によって、変異体マウスのプルキンエ細胞において6つの主要な遺伝子の発現異常が回復したことが分かり、ASOの作用の少なくとも一部は、転写調節異常の修正によるものであることが示唆された。さらに、この投与によってプルキンエ細胞の生理的活動が回復した。プルキンエ細胞の生理と個体の運動行動の間には緊密な関連があることから、研究者らは、ASO処置によって病気の進行を遅延できた理由の少なくとも一部は、このニューロン集団の異常が改善されたことによると主張している。

2つ目の研究(367ページ)では、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のLindsay A. Beckerら2が、別の神経変性疾患、筋萎縮性側索硬化症(ALS ;運動ニューロン病とも呼ばれる)について調べた。アタキシン2の変異はALSを引き起こすわけではないが、発症のリスクを増加させることがあり、こうした変異が何らかの形でALSに関与していることが示唆される。実際、この研究グループが酵母を使って行った以前の研究4では、アタキシン2が、TDP-43という別のタンパク質に起因する毒性を増強する修飾因子であることが明らかになった。ALS症例の95%以上では、この核タンパク質の異常な蓄積が細胞質中で有害な凝集体となっている。TDP-43は生命活動に不可欠であるため、それを直接標的とする治療はできない5。しかし、アタキシン2を除去しても、マウスに有害な作用をほとんど及ぼさない6ため、アタキシン2はALS療法のより有望な標的になる可能性がある。

ヒトTDP-43の凝集体を持つ「ALS様(よう)」マウスモデルは寿命が短縮しているが、Beckerらは、アタキシン2の除去によってその寿命が顕著に伸びることを示した。この処置はまた、運動機能を改善して、脳の皮質の神経変性を減少させる。

著者らは次に、この救済を引き起こした可能性のある機構について調べた。細胞ストレスによって翻訳が抑制されると細胞質で特殊化したRNA-タンパク質複合体(ストレス顆粒と呼ばれる)が形成されるが、この複合体の形成にはアタキシン2が必要である。TDP-43はストレス顆粒に誘導されるが、この誘導はALS発症に極めて重要な役割を持つと考えられている。なぜなら、これによって蓄積されたTDP-43が毒性の凝集体を形成し始めるからである(図1b)7

Beckerらはin vitroでヒト細胞中のアタキシン2のレベルを下げると、ストレス顆粒の形成とTDP-43凝集の両方が強力に抑制されることを示した。最後に研究チームは、ヒトTDP-43凝集体を持つマウスに、アタキシン2に結合するASOを投与した。この処置によって、未処置対照群と比べてマウスの寿命は延長し、運動機能の低下を遅延させることができた。

こうした有望な前臨床実験結果は、患者の治療に転用できることが望まれる。このような神経学的治療法がマウスで有望であることが示されても、ヒトへの転用は失敗に終わることも多い。だが、脊髄性筋萎縮症に対する ASO療法のような成功例もある。今回の2編の論文で提案されたものに似た手法を用いた非常に特異的なASO治療によって、現在、脊髄性筋萎縮症の小児患者の命が救われている8。この進歩を可能にしたのは、疾患についての真の理解をもたらした基礎研究であり、こうした研究が、疾患発症の引き金となる変異遺伝子の標的化につながった。また、ASO療法の開発9に、マウスモデル10などさまざまな前臨床モデルが効果的に使われたこともこの進歩にとって重要であった。脊髄小脳失調症2型やTDP-43に起因するALSなどの神経変性疾患に対するASOを用いた治療法の開発においても、今回の研究が前述の例に匹敵する優れた基盤となる可能性は十分にある。

当然ながら、ここでいくつかの点について注意を喚起しておくべきだろう。例えば、神経変性が始まってから何十年も経過している成人の脊髄小脳失調症2型の治療にASOを使用した場合、このような介入は遅すぎではないのだろうか? ASOの効力を最小限に抑えてしまう破壊的な出来事(ミクログリアと呼ばれる免疫細胞の異常な活性化や、ニューロンを支える星状膠細胞のニューロンを殺す細胞への変換、および細胞死など)が、この段階ですでに起こっている可能性は十分にある。神経変性疾患療法では、これは重要な疑問である。だが、その答えがどのようなものであれ、できるだけ早期のうちに病気の進行阻止を目指す臨床試験の設計は重要だろう。

アタキシン2に対するASO処置をALSで行う場合には、脊髄小脳失調症2型で行う場合よりも複雑になる可能性が高い。この手法の臨床試験を行う前に、TDP-43凝集とヒトALSを促進する遺伝子変異に基づいた動物モデルで試験するべきである。Beckerらの研究ではそのようなモデルは使われていなかった。例えば、多くのALS症例の原因となっているC9orf72と呼ばれる変異を持つマウスが存在しており、それを使って試験を行うことができる。さらに、ALS患者に由来する細胞を使用した細胞ベースのモデルを使った研究も役に立つだろう。

また、薬の作用のマーカーの共同開発も必要となるだろう。こうしたマーカーはALSなどの病気の療法を試験する際には極めて重要になるからだ。例えば、脳脊髄液におけるアタキシン2のレベルを測定すれば、ASOが脳で標的に作用してタンパク質レベルを下げているかどうかが分かるだろう。いくつかのALS治療法を含め、あまりにも多くの神経学的疾患の治療法の治験がそのようなマーカーなしで行われてきた。こうした治験が失敗に終わった場合、失敗の原因について全く情報を得ることができない。

とはいえ、これら2編の論文は、価値ある臨床前研究という新たな波の到来を告げるものである。臨床試験においてこれらのASOやその他のASOベースの治療の有効性が証明されることに大きな期待がかかっている。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170735

原文

Two–for–one on potential therapies
  • Nature (2017-04-20) | DOI: 10.1038/nature21911
  • Ke Zhang & Jeffrey D. Rothstein
  • Ke Zhang & Jeffrey D. Rothsteinは、ジョンズホプキンス大学脳科学研究所(米国メリーランド州ボルティモア)に所属。

参考文献

  1. Scoles, D. R. et al. Nature 544, 362–366 (2017).
  2. Becker, L. A. et al. Nature 544, 367–371 (2017).
  3. Pulst, S.-M. et al. Nature Genet. 14, 269–276 (1996).
  4. Elden, A. C. et al. Nature 466, 1069–1075 (2010).
  5. Sephton, C. F. et al. J. Biol. Chem. 285, 6826–6834 (2010).
  6. Kiehl, T.-R. et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 339, 17–24 (2006).
  7. Ramaswami, M., Taylor, J. P. & Parker, R. Cell 154, 727–736 (2013).
  8. Finkel, R. S. et al. Lancet 388, 3017–3026 (2016).
  9. DeVos, S. L. & Miller, T. M. Neurotherapeutics 10, 486–497 (2013).
  10. Hua, Y. et al. Nature 478, 123–126 (2011).