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蚊が飛べる理由を解明

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170733

原文:Nature (2017-04-06) | doi: 10.1038/nature21904 | The aerodynamics buzz from mosquitoes

Laura A. Miller

蚊はその細長い羽を、同程度の大きさの昆虫の4倍の振動数で羽ばたいている一方で、羽ばたきの振幅はごく小さい。蚊の飛行の高速度撮影とコンピューター計算による分析から、蚊は、他の動物の飛行でこれまで見つかっていなかった独自の空気力学メカニズムで飛んでいることが分かった。

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夕暮れ時に蚊に刺されるとき、プーンという特有の高い音が聞こえるのはどうしてだろう、と考えたことはあるだろうか。これは、蚊は羽を1秒間に800回近い、同程度の大きさの多くの昆虫の4倍の振動数で動かしているからだ1。蚊の飛行方法には、その他にも蚊にしかない特徴がある。例えば、蚊は細長い形状の長い羽を持つが、その羽ばたきは、最も前方と最も後方の位置の差(ストローク振幅)が約40°しかない。一方、ショウジョウバエのストローク振幅は約150°であり2、ストローク振幅が小さいことで知られるミツバチでさえ、その振幅は蚊の2倍以上だ3。ロンドン大学ロイヤル・ヴェテリナリーカレッジ(英国)のRichard J. Bomphrey、千葉大学大学院工学研究科の中田敏是(なかた・としゆき)らは今回、蚊の羽の周囲の空気の運動を最先端の方法でモデル化して蚊の飛行を詳細に調べ、蚊が独自の空気力学メカニズムで飛んでいることをNature 2017年4月6日号92ページで報告した4

羽はどのようにして揚力を生み出すのか。羽の断面形状を考えよう。空気が羽の周囲を通過するとき、羽は迎え角(流れに対する羽の角度)と呼ばれる角度で空気と遭遇する。羽の断面形状と迎え角のため、羽の上面を流れる流れは、下面を流れる空気よりも加速される。空気が、左から右へ羽を通過する場合、羽の上面と下面を流れる空気の速度の違いは、右回りの空気の循環運動を意味する。これは、この循環(環状の流れを示す量)の強さに比例する、上向きの揚力を作り出す。

この現象を直観的に理解するには、走っている車の窓から進行方向に垂直に手を突き出すと、どのように揚力が生じるかを考えるといいだろう。手のひらを水平に保てば、上向きや下向きの力はほとんどない。しかし、手のひらを少し回転して迎え角を増やせば、手を後ろ向きに押す力に加えて、上向きの力を感じるだろう。手のひらが空気を下向きに押しているだけではなく、手の甲も空気を曲げて下向きのジェットにしている。これらの結果、空気は手の両方の表面によって下向きに向けられている。すると、空気には下向きの運動量が与えられるので、作用・反作用の法則により、手には大きさが同じで逆向きの力が上向きに働き、これが揚力となる。

昆虫たちは、この仕組みで生じる揚力をさらに強める方法を持っている。この20年間の実験や計算機による研究、理論研究で、ショウジョウバエからスズメガにわたる昆虫での揚力生成の複雑さが明らかになってきた5-7。多くの昆虫の基本的な飛行空気力学は驚くほど似ている。羽の羽ばたきには、並進と呼ばれる、長い距離を掃くような動き(スイープ)が含まれ、揚力の大半はこのスイープ運動で作られる。

並進時の揚力を強める機構(仕組み)の1つが、安定した前縁渦の存在と、後縁渦の形成と剝離だ。前縁渦は羽の前縁付近の回転する空気の流れであり、後縁渦は羽の後縁付近の回転する空気の流れだ8。羽の運動は、羽の前縁と後縁で空気の流れを剝離させ、渦度(流体の回転運動を示す量)が集中した層を作る。こうした回転領域で負圧(大気圧よりも気圧が低いこと)の領域が形成され、この渦層は、羽の前縁と後縁の近くで巻き上がって渦になる。前縁渦が羽の前縁に安定して近接して付着することで、羽の上面に負圧領域を維持する。これは羽の上面と下面の圧力差を作り、羽を上へ押して揚力を強める。

並進段階における揚力を強めるもう1つの機構は、後流捕獲によるものだ。昆虫が空中に停止し、羽を前後に動かすとき、羽は直前の半ストロークで作られた後流の中を動く。このため、羽は、静止した空気の中を動く場合よりも速度の速い空気の流れに遭遇する。この追加の空気の流れが前縁渦を強め、循環と揚力も強める。

しかし、蚊の羽のストローク振幅は小さく、並進段階の時間が比較的短いことを考えると、蚊はこうした並進時の揚力増強機構をフルに利用できない。蚊はその代わりに、前方かつ下向きのストロークと、後方かつ上向きのストロークの間で、羽ばたき運動の方向を反転させるときに同時に行う、羽の回転(羽の長い辺の方向を軸にしたひねり回転)による機構を使っていると推測されてきた。しかし、多くの技術的問題により、この考えを実証する厳密な研究は今まで困難だった。

今回、Bomphreyらは、蚊の飛行空気力学を分析するため、1秒間に1万枚の画像を記録する8台の高速ビデオカメラ、難しい流体・構造相互作用問題を扱う三次元数値シミュレーション、粒子画像速度測定法を使って、蚊の羽の周囲の空気の流れのパターンを明らかにした(参考文献4のSupplementary Video 1を参照)。Bomphreyらは、多くの昆虫、鳥、コウモリの飛行で観察されたように9、蚊も、羽に付着している、安定した前縁渦で揚力を強めていることを見いだした(図1)。

図1 蚊の空気力学
Bomphreyらは、蚊の飛行の空気力学を調べた4。図は、1サイクルの羽ばたきにおける、羽の位置(上段)と空気の運動(下段)を示している。黒い線は羽の向きを示すための参照線で、黒い矢印は羽の運動方向を示す。羽の前縁と後縁も示している。赤い矢印は、羽の回転(羽の長い辺の方向を軸にしたひねり回転)の方向を示す。
a 羽が並進と呼ばれるスイープ運動で前方へ動くとき、空気を下へ押し(黄色の矢印)、揚力(図には示されていない)と呼ばれる逆方向の上への力を作る。これが飛行を可能にする。前縁渦(青色)と呼ばれる循環する空気の渦は前縁に付着し、羽の上に負圧を作ってそれが揚力を強める。後縁渦(紫色)は存在するものの、羽に接していない。
b 羽の回転の間、前の羽ばたきの後流捕獲は、新しい後縁渦の形成を助ける。新しい後縁渦は羽の上に負圧領域を作り、揚力を強める(新たに生まれた渦は小さな渦で示している)。古い後縁渦は下流へ流れていく。羽の回転時に、蚊は回転抗力と呼ばれるメカニズムも使う。回転抗力では、羽の回転の軸は移動し(図には示されていない)、回転運動の終わりでも空気が下に押されるようになっている。2つの揚力増強メカニズムのいずれも、昆虫の飛行でこれまで観察されたことはなかった。
c–f 羽の羽ばたきの残りのステップ。 | 拡大する

さらにBomphreyらは、他の動物では報告されていない、2つの揚力生成機構も蚊が使っていることを見いだした。回転抗力と、後流捕獲による後縁渦の強化だ。回転抗力は、上向きの力を作る機構として提唱されてきたものだが10、どの動物の飛行システムでも観察されていなかった。また、後流捕獲による後縁渦の強化は、揚力増強機構として、これまで提案されたことも観察されたこともなかったものだ。この2つの機構はいずれも、羽の前方と後方へのストロークの間の反転時に、羽が空気中で回転をするために生じる。

回転抗力は、羽が前方への並進ストロークの終わりに、羽の前縁を軸に回転し始め、これが空気を下向きに押し、羽の上面に負圧を作って揚力を強めるというものだ。しかし、羽が前縁を軸にして回転し続けるなら、羽が地面に対して垂直になった後は空気を上に押し始めるから、負の揚力を作ることになる。だが、蚊は巧妙な技を使っている。羽の回転の軸は、羽の前縁に固定されてはいない。回転の軸は、回転中に羽の前縁から後縁へ移動していく。このため、回転が終わる頃にも、羽は空気を上ではなく、下へ押す。蚊がどのようにしてこの芸当を成し遂げているのかはよく分かっていない。この現象は、他の昆虫では報告されたことがないが、一部の昆虫はこの技を使っている可能性はある。

後流捕獲による後縁渦の強化とは次のようなものだ。蚊の羽の後縁は、各並進スイープの終わりにその後流からの強い空気の流れに遭遇する。羽に対する空気の運動は、後縁で流れを剝離させ、後縁渦の形成を引き起こす。この後縁渦の中心には強い負圧領域があり、ストローク反転の間、揚力を強める。この空気力学機構は、蚊の羽ばたきの振幅が小さいために生じるものであり、並進段階がもっと長い昆虫では見られない。

こうした蚊の空気力学機構の発見は、いくつかの新たな疑問を生む。他の動物も回転抗力と、後流捕獲による後縁渦の強化を使っているのだろうか。蚊のように高振動数で振幅の小さいストロークは、どのような場合に有利なのか。こうしたタイプの空気力学は、羽のデザインの進化、行動生態学、昆虫の飛行のエネルギー論にどのように影響しているのか。蚊の空気力学機構は、小型ドローンの設計のヒントになるだろうか。蚊の飛行方法の研究は間違いなく、将来の多数の研究の羽音を作り出しつつある。

(翻訳:新庄直樹)

Laura A. Millerは、ノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)に所属。

参考文献

  1. Dudley, R. The Biomechanics of Insect Flight: Form, Function, Evolution (Princeton Univ. Press, 2000).
  2. Fry, S. N., Sayaman, R. & Dickinson, M. H. Science 300, 495–498 (2003).
  3. Altshuler, D. L., Dickson, W. B., Vance, J. T., Roberts, S. P. & Dickinson, M. H. Proc. Natl Acad. Sci. USA 102, 18213–18218 (2005).
  4. Bomphrey, R. J., Nakata, T., Phillips, N. & Walker, S. M. Nature 544, 92–95 (2017).
  5. Liu, H., Ellington, C. P., Kawachi, C., van den Berg, C. & Willmott, A. P. J. Exp. Biol. 201, 461–477 (1998).
  6. Sane, S. P. & Dickinson, M. H. J. Exp. Biol. 205, 1087–1096 (2002).
  7. van den Berg, C. & Ellington, C. P. Phil. Trans. R. Soc. Lond. B 352, 317–328 (1997).
  8. Hedrick, T. L., Combes, S. A. & Miller, L. A. Can. J. Zool. 93, 925–943 (2015).
  9. Chin, D. D. & Lentink, D. J. Exp. Biol. 219, 920–932 (2016).
  10. Nakata, T. Liu, H. & Bomphrey, R. J. J. Fluid Mech. 783, 323–343 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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