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世界各地で「科学のためのデモ行進」

4月22日、多くの人がロンドンの路上でプラカードを掲げ、科学への支援を訴えた。 Credit: DANIEL LEAL-OLIVAS/AFP/GETTY

2017年4月22日、米国ワシントンD.C.をはじめとする世界600以上の都市で、科学研究とエビデンスに基づく政策形成を支持する史上最大規模のデモ行進が行われた。参加者の人数はワシントンだけで数万人にのぼった(訳註:日本でも国内在住の米国人が中心となり、東京で約150名を集めた他、数十人規模ながら茨城県つくば市でも行われた)。

科学のためのデモ行進「マーチ・フォー・サイエンス」は、2017年1月に米国のドナルド・トランプ大統領が就任して間もない時期に、トランプ政権の科学への態度に危機感を抱いた人々によって組織された。トランプ大統領は、これまでに何度も地球温暖化は「でっち上げ」であると主張し、多くの環境保護法の廃止を約束し、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)などの予算では2桁の削減を提案してきた。米国で発案されたデモ行進によって科学を守る主旨の運動は、すぐに他の国々にも広まった。

人々がデモ行進への参加を決めた理由は、彼らが掲げるプラカードの言葉の種類と同じく多様だったが、共通のテーマもいくつかあった。Nature記者は世界8都市のデモ行進を取材したが、参加者の多くが、科学の重要性、研究助成金への懸念、気候変動の現実、次世代への影響に対する懸念を強く訴えていた。

群衆の中には、現役の研究者や教師や学生の他、科学者への支持を表明しようとする市民もいた。多くの科学者は、科学のために声を上げたのは今回が初めてだと語った。

社会の中の科学

バード・カレッジ(米国ニューヨーク州アナンデール・オン・ハドソン)の環境微生物学者Eli Duekerは、「科学者として、市民であることから逃げてはいけないと感じたのです」と言う。彼と妹は、紫色のつなぎに黄色のケープをまとったワンダー・ツインズ(1970年代の米国のテレビアニメ『スーパー・フレンズ』に登場する男女の双子のスーパーヒーロー)のコスプレをして、ワシントンの行進に参加した。「私たち科学者がこれほど混乱した状況に置かれてしまったそもそもの原因の1つは、科学が市民とは関係ないというような顔をしていた点にあるのかもしれません」。

ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア・シドニー)の植物生態学者Nadia Santiniは、研究者と市民との関係を深めることの大切さを呼び掛けるために、シドニーでの行進に参加した。「世の中で起きていることに、科学者が積極的に関わることが重要なのです」と言う彼女は、誤った情報にははっきりと異を唱え、科学が社会で重要な役割を果たしていることを広く知ってもらう必要があると考えている。

それは、パリでのデモ行進を組織した人々の主要な動機でもあった。フランスの主要な公的基礎研究機関であるフランス国立科学研究センター(CNRS;パリ)所長のAlain Fuchsは、「私たちは市民に、科学が一般に信じられているよりはるかに脆弱なものであることを説明しなければなりません」と言った。真実の代わりに思い込みが広まっている現状は、「ここフランスでさえ極めて深刻です」と彼は言う。

マックス・プランク鳥類学研究所(ドイツ・ゼーヴィーゼン)で脳の可塑性を研究しているMoritz Hertelは、脳の写真をぶら下げた傘を持って、ミュンヘンでの行進に参加した。「私たちの社会では、擬似科学と科学は必ずしも明確に線引きされていません」と彼は言う。「科学は政策形成に関して、より大きな役割を果たす必要があります。今年、連邦議会選挙が行われる我が国では、このことが特に重要になります」。

研究助成金の未来

デモ行進の参加者の多くは、科学への助成金を削減する各国政府の動きを強い言葉で批判した。彼らは、助成金の削減によって現在の研究が脅かされるだけでなく、将来、科学者を志望する若者もいなくなってしまうと指摘する。

自然史博物館(英国;ロンドン)で生物系統分類学を学ぶ大学院生のCurtis Moonは、英国が欧州連合(EU)から離脱したら、英国の科学者の助成金はどうなるのだろうかと心配している。彼の手製のプラカードには、「なんだって?! 助成金はどこに?!」と書かれていた。

シドニー大学(オーストラリア)の元教授で公衆衛生の研究者であるSimon Chapmanは、シドニーの中心業務地区で約3000人の群衆を前に、米国の科学に政治が直接干渉してくるのは今に始まったことではない、と演説した。しかし、主要な科学プログラムの予算を削減するというトランプ大統領の計画には前例がない。「今日ここに集まった研究者の多くに、トランプ支配下の米国に暮らす仲間がいます。米国の仲間たちは、自分たちのキャリアと未来に不安を感じています」。

メキシコ国立自治大学の大学院生で生化学を学ぶAdhemar Liquitayaにとって、このデモ行進は、個人的な問題に直結した戦いである。2017年1月、メキシコの国家科学技術会議(科学技術政策を推進する政府機関)は、彼のような学生への助成金を減額した。「これまでも家賃や食費に苦労していましたが、今では食うや食わずの生活です」とLiquitaya。

気候変動への関心

開催日の4月22日がアース・デイであったことも相まって、気候変動は世界各地で行われたデモ行進の参加者の高い関心を集めたトピックの1つだった。アース・デイは、環境への関心を喚起するために定められた記念日だ。参加者たちは、手製のプラカードや即興のシュプレヒコールによって、人間の活動を地球温暖化や海面上昇と結び付ける証拠を否定する人々を嘲笑した。

科学コミュニケーション機関Protéines(フランス・パリ)に所属する栄養技術者のFrédéric Bayerは、「現実を直視するのを避けるために砂に頭を突っ込んでも、地球温暖化の解決にはならない。暑さで尻に火が付くだけだ」というプラカードを高く掲げていた。

元地質学者でコロラド州知事のJohn Hickenlooperは、デンバーでのデモ行進に参加した群衆に、「科学者を黙らせても気候変動を押さえ込むことはできない」と語り掛けるのと同時に、全ての参加者が同じ意見を持っているわけではないことも強調した。例えばHickenlooperは水圧破砕法(シェールガスが存在する岩盤に高圧をかけて割れ目を生じさせ、ガスの通り道を作る技術。水質汚染や地震誘発への懸念を訴える人がいる)を支持しているが、参加者のシュプレヒコールにはそれに反対するものもあると話す。

デモ行進はどの場所でも総じて明るいムードで行われ、参加者の多くが未来への責任を自覚していた。アーリントン(米国バージニア州)のキリスト教会の友人と一緒にワシントンでのデモ行進に参加したJanine Schroederは、「私は、この地球は神によって作られたと心から信じています」と言った。

「私たち人間は地球の管理人です。地球を良好な状態に保つためのプログラムに資金を提供しないなら、私たちは管理人としての仕事を怠っていることになります」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170719

原文

What happened at March for Science events around the world
  • Nature (2017-04-27) | DOI: 10.1038/nature.2017.21853
  • Alison Abbott, Ewen Callaway, Barbara Casassus, Nicky Phillips, Sara Reardon, Emiliano Rodriguez Mega & Alexandra Witze