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シルクロード出現の謎がデジタル地図で明らかに

「シルクロード」という呼び名からは1本の道が連想される。だが実際は、複雑な経路の集まりであり、こうした経路が交易品や人間、知識が行き交う1つのネットワークを形成していた。考古学者は大交易路の基本的な地理情報を古くから持っており、シルクロードが紀元前3世紀までに中国と欧州の間で往来の頻繁なネットワークを形成していたことを把握していた1。だが、交易の接触がどのように始まったのか、そして最初に社会的ネットワークが形成されたときに初期の通行者の動きを支配したのはどんな力だったのかなど、詳細を具体的に明らかにするのは困難だった。このたび、ワシントン大学セントルイス校(米国)のMichael D. Frachettiらが、デジタル標高モデル(DEM)に基づいた累積流量計算を用いて、適切な牧草地のある山岳地帯の遊牧民の動きとシルクロードの経路との関係を調べたところ、シルクロードは遊牧民の古来の移動パターンに関連して徐々に出現したことが明らかになった。この結果はNature 2017年3月9日号193ページに掲載された2

研究チームは、衛星画像とGIS(地理情報システム)マッピングソフトウエアを利用して、遊牧民の年間移動モデル(夏季は標高の高い牧草地へ、冬季は標高の低い牧草地へと移動する)と、主要なシルクロード遺跡の位置とを照らし合わせた。Frachettiらの解析では、衛星画像から得た標高データは、遊牧民の推測される動きをGISソフトウエアを用いてモデル化する際の重要な地図レイヤーとなる。Frachettiらは、高地と低地の間を毎年行き来していた古代の遊牧民は、起伏の激しい地形を移動するに当たり、単に時間やエネルギーが最も効率的な経路ではなく、最も生産性の高い牧草地のある経路を選んだのだろうと推測した。

一般にGIS解析では、標高を表すグリッドセルを持つ衛星地図上で水の流れ方をモデル化するのに、累積流量アルゴリズムを利用する3。Frachettiらはこのアルゴリズムに手を加え、正規化植生指数(NDVI;現在の植生の健全性を示す地図レイヤー)によって表される最適な牧草地の経路に沿った遊牧民の流れをモデル化した。衛星画像解析で得られるNDVI地図は、健全な植生の光の吸収率や反射率が波長によって異なるという事実に基づいて計算される4。NDVIは現在の植生の健全性を評価するものであるため、必ずしも古代の状態を反映するわけではない。従って、Frachettiらの解析は、最適な牧草地の空間的存在状況が時を経ても大筋で変わっていないことを前提としている。

図1 シルクロードは遊牧経路から生まれた
ウズベキスタンの山中に1000年にわたって埋もれていたシルクロード都市の跡を、家畜が通る様子。Frachettiら2は、衛星画像とコンピューターモデリングを利用して、古代の遊牧経路の道を形成した山岳地帯の良質な牧草地域とシルクロード遺跡との関係を調べた。 Credit: M. FRACHETTI, 2011

Frachettiらは、遊牧民が適した牧草地を利用できる経路を選ぶモデルを用いて、累積流量モデリングを500回繰り返し、500年にわたる遊牧民の山岳地帯での季節的な動きをはじき出した。Frachettiらによる遊牧民の移動のモデリングは、別々に記録されたシルクロード遺跡の所在地5,6と相関しており、このことは、草原の空間的分布、そしてそれを求める人間や動物がシルクロードのネットワークの形成に寄与したことを示している(図1)。今回の解析は、古代交易ネットワーク研究において重要な進歩であり、古代の地理に関する研究者の理解を変え続ける「空間解析ツール」を利用することで得られた成果だ。

1990年代半ば以来、衛星画像やGISソフトウエア、GPSツールなどの空間情報技術は、古代の地理や空間的関係を解析する研究者の能力を向上させたことで、考古学研究に大変革をもたらしてきた。そうした技術による幅広い影響は、1940年代後半に発見された放射性炭素年代測定法が考古学者の歴史年表作成能力に与えた大改革にもなぞらえられている。Frachettiらの研究は、ドローンの利用7やレーザースキャナーと写真による3Dモデルの製作8といった空間情報技術の考古学分野への応用が最近急増していることを実証している。

関連する「社会的ネットワーク分析(SNA)」という手法も、考古学研究にとって大きな可能性を秘めている9,10。それは、数学、物理学、生物学、経済学、社会学で発達したネットワーク解析法に立脚し、個々の要素だけではなく、大きなシステムの一部分を形成するノード同士の関係から生まれる相互連結性や創発特性にも注目する。

シルクロードのネットワーク上の場所に関する補足的なデータを利用すれば、SNAによってFrachettiらの研究成果が拡張される可能性もある。1960年代以来、考古学では、地域の中の集落、村、町、都市の分布を調べる研究の一種、「集落分布パターン解析」が利用されてきた。しかし、村や町などの場所には古代の人間活動に関する膨大で多様な情報が保存されている場合が多いにもかかわらず、多くの集落分布パターン解析は、遺跡を地図上の単なる点としてしか取り扱ってこなかった11。シルクロード上の遺跡の建築物や動植物遺物、人工物に関するデータをSNAに利用することは、遺跡同士の結び付きの性質や強さを明らかにするのに役立つ可能性があり、場合によっては、特定の取引活動が集中していた遺跡または遺跡群が発見されるかもしれない。

実際の地面を全く掘り返すことなく新たな地平を切り開いたという点で、Frachettiらの研究は革新的なものだ。次になすべきは、SNAをシルクロードに応用し、この重要な古代ネットワークの経済的、社会的、政治的ダイナミクスの解明に役立てることかもしれない。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170630

原文

Digital maps illuminate ancient trade routes
  • Nature (2017-03-09) | DOI: 10.1038/543188a
  • Michael J. Harrower & Ioana A. Dumitru
  • Michael J. Harrower & Ioana A. Dumitruは、ジョンズホプキンス大学近東研究学科(米国メリーランド州ボルティモア)に所属。

参考文献

  1. Hansen, V. The Silk Road: A New History (Oxford Univ. Press, 2012).
  2. Frachetti, M. D., Smith, C. E., Traub, C. M. & Williams, T. Nature 543, 193–198 (2017).
  3. Maidment, D. R. Arc Hydro: GIS for Water Resources (ESRI Press, 2002).
  4. Tucker, C. J. Remote Sens. Environ. 8, 127–150 (1979).
  5. Williams, T. The Silk Roads: An ICOMOS Thematic Study (ICOMOS, 2014).
  6. Ciolek, T. M. Old World Trade Routes (OWTRAD) Project; http://www.ciolek.com/owtrad.html
  7. Campana, S. Archaeol. Prospect. https://doi.org/10.1002/arp.1569 (2017).
  8. Remondino, F. & Campana, S. (eds) 3D Recording and Modelling in Archaeology and Cultural Heritage: Theory and Best Practices (Archaeopress, 2014).
  9. Brughmans, T. J. Archaeol. Method Theory 20, 623–662 (2013).
  10. Knappett, K. (ed.) Network Analysis in Archaeology: New Approaches to Regional Interaction (Oxford Univ. Press, 2013).
  11. Alcock, S. E. & Rempel, J. E. in Surveying the Greek Chora: The Black Sea Region in a Comparative Perspective (eds Bilde, P. G. & Stolba, V. F.) 27–46 (Aarhus Univ. Press, 2006).