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ホットでクールな太陽熱冷房

Credit: EXTREME-PHOTOGRAPHER/E+/GETTY

ミャンマー南部の都市ダウェイにあるスター・サファイア・ホテル。外は蒸し蒸しする熱帯夜だが、客たちは空調の効いた快適な室内でココナッツジュースを飲んでくつろいでいる。一方、ダウェイから西に7000km離れたスーダンの首都ハルツームにある国連病院。ここの空気はカラカラに乾いていて、病院は灼熱の砂漠の中にあるが、患者たちは空調の効いた快適な病室で体を休めている。

種類の異なる暑さの中にある2つの建物だが、その快適な環境は同じ空調技術によって作り出されている。太陽エネルギーを冷却力に変える黒いガラス管を利用した空調ユニットである。この装置は、太陽光を取り入れて電気を作るおなじみのソーラーパネルとは違い、熱力学の巧妙なトリックにより、太陽熱を使って建物を冷房する。従来型エアコンは大量のエネルギーを消費するため、今後、世界中で燃料需要が爆発的に増えることが懸念されているが、研究者やエネルギー専門家の一部は、太陽熱冷房と呼ばれるこうした冷房システムによってそれが緩和されることを期待している。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、冷房用の電力需要は、2100年までに2000年の水準の30倍以上になっているだろうと予想している。可能性に満ちた太陽熱技術が大きな転換期にさしかかっていると考える研究者たちは、世界各地のホテルやショッピングセンターやその他の建物に、自分たちが開発したシステムを設置し始めた。現在、そうした施設は世界中に約1200あり、その数は10年前の10倍以上にのぼる。太陽熱冷凍機を製造する企業によれば、施設のタイプと規模によってばらつきはあるものの、ほとんどの建物に設置されている従来型エアコンに比べて電力使用量が30~90%も少なくなるという。研究者たちは、システムのさらなる効率アップを目指すのと同時に、より安価に製造できるようにしようと努力している。

しかし、この太陽熱技術の前には厄介な障害が立ちふさがっている。一部の専門家は、電動圧縮機を用いる従来型のエアコンが全世界で毎年1億台ずつ増えていることを考えると、ニッチ産業以上の存在になれるのか疑わしいと言っている。太陽エネルギー技術会社テクソル社(Tecsol;フランス・ペルピニャン)の技術者Daniel Mugnierによると、太陽熱冷凍機は以前に比べれば安くなっているもののまだまだ高価で、一般的には従来型エアコンの約5倍だという。もっと競争力をつけるためには助成金と投資が必要だが、太陽熱冷房装置にはどちらもない。

太陽熱冷凍機の長所を高く評価するMugnierは、こうした現状を残念に思っている。太陽熱冷凍機によりピーク時の電力需要を減らすことで、停電が減り、クリーンでないエネルギー源に頼る必要性も減る。従来型エアコンに比べて静かだし、環境にやさしい冷媒を用いることが多い。2016年10月のモントリオール議定書締約国会議で、ほとんどのエアコンや冷蔵庫の冷媒として使われている代替フロンのハイドロフルオロカーボン(HFC)の生産の段階的な削減に170カ国以上が同意したことで、この長所は新たな重要性を帯びてきた。そして何より、冷房の需要が高い場所ほど、大量の太陽熱が手に入る。ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)の太陽熱エネルギーの研究者Christos Markidesは、「絶妙の組み合わせなのです」と言う。

太陽熱エアコンへの期待と課題

エアコンのカギは蒸発にある。液体が周囲からエネルギーを吸収して蒸発し、気体へと相転移するときに冷却が起こる。発汗により体が冷えるのもこのためだ。そして、小型の窓用エアコンからカタールの巨大ビルで使われている長さ8mの超大型エアコンまで、ほとんどのエアコンが同じ原理で動いている。

電気を使う現代のエアコンでは、液体冷媒が細いノズルから広い蒸発器へと押し出される。これにより圧力が急激に小さくなり、速やかに蒸発して、室内の空気から熱を奪う。気体になった冷媒は電動圧縮機に送られ、ここで圧縮されてさらに温度が上昇する。高温になった気体冷媒は凝縮器(くねくね曲がった細い管であることが多い)を通り、ここで熱を室外に捨てて液体に戻る。液体に戻った冷媒は再び蒸発器に送り込まれ、一連のプロセスが繰り返される。

スター・サファイア・ホテルの空調システムを開発したエコライン社(Ecoline;シンガポール)の共同設立者Colin Chiaの説明によると、気体を圧縮するステップがあるのは、熱を効率よく室外に捨てるために、冷媒を高温にしてから凝縮器に通す必要があるからだという。電気を使う空調ユニットでは、このプロセスは機械的に行われる。けれどももう1つ方法がある。単純に、熱を使うのだ。

この原理を利用した最古のエアコンの1つは、木材を燃やして熱を供給するもので、1878年のパリ万国博覧会で紹介された。大規模な太陽熱冷暖房システムを専門に手がけるソリッド社(SOLID;オーストリア・グラーツ)の最高経営責任者Christian Holterは、これを「昔の驚くべき機械」と呼ぶ。吸収式冷凍機と呼ばれるこの装置では、冷媒を溶かした溶液を作り、太陽熱を利用して溶液から冷媒のみを蒸発させる(典型的には塩類溶液から水を、または水から気体のアンモニアを分離する)。気体になった冷媒は、圧縮機を用いるエアコンの場合と同じように凝縮と蒸発を経て室内に冷たい空気を送り出す(「冷房の2つの方式」参照)。

冷房の2つの方式
従来型エアコンは大量のエネルギーを消費する電動圧縮機に依存しているのに対して、太陽熱エアコンは太陽熱を利用することで電力使用量を減らしている。 Credit: WES FERNANDES/NATURE

圧縮機を用いるエアコンが市場の大半を占めているのは、「買ってきて、プラグを差し込み、スイッチを入れるだけで簡単だからです」とHolterは言う。けれども1980年代から、このタイプのエアコンに使われている冷媒によるオゾン層の破壊が問題視されるようになり、熱を使って冷媒の温度を上げるシステムへの関心がよみがえった。しかし、この方式が普及することはなかった。安い電気で動く従来型エアコンとは競争にならなかった上、熱源(バイオマスまたは天然ガスの燃焼)の管理が難しかったからである。

しかし、太陽熱にはこれらの問題はない。現代の太陽熱冷房システムでは、特殊な集熱管や集熱板で太陽エネルギーを吸収し、その熱を吸収式冷凍機に送る。ソリッド社はこれまでに10カ国で18の学校やオフィスや倉庫に大規模な太陽熱冷房システムを設置している。中でも、米国アリゾナ州の高校の冷房に使われている太陽熱冷房システムは現時点で世界最大だ。ちなみにアリゾナ州では、空調にかかる電気代が年間の電気代のかなりの部分を占めている。

学術研究者と企業は、別の面からも太陽熱冷房システムの性能を向上させようとしている。ソリッド社のシステムを含め、ほとんどの吸収式冷凍機は冷媒を80℃程度までしか加熱していないが、120~170℃まで加熱することができれば、より多くの冷媒が蒸発してシステム内を気体として循環するようになるため、ユニットの効率が高くなる。

そのためには、集熱器が太陽熱をもっと効率よく集められなければならない。一部の特殊な集熱器は太陽を追尾することで温度を400℃まで上げているが、これらは高価だ。もっと安価な装置を開発するため、カリフォルニア大学マーセド校(米国)の工学者Roland Winstonの研究チームは、集熱管のデザインの改良に取り組んでいる。彼らの集熱管には特殊な金属片が入れてあり、内側の銅管内のグリコール液に速やかに熱を伝えられるようになっている。

Winstonのチームはまた、外側の集熱管の下にカーブをつけた反射材を置き、太陽の位置が変わっても十分な太陽エネルギーを集められるようにしている。このシステムはグリコール液を200℃まで加熱することができ、現在はさまざまな冷凍機で試験中である。

他のチームは吸収式冷凍機を捨てて、全く新しいシステムを構築している。オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO;オーストラリア・ニューカッスル)のStephen Whiteが率いる研究チームは、デシカント空調システムを開発し、2016年6月からヴィクトリア州バララットのショッピングセンターで稼働させている。このシステムでは、デシカント(吸湿材)が入った車輪がゆっくりと回転していて、これに空気を通すと、高温になり乾燥する。この乾燥した空気が蒸発器に送られ、水を蒸発させることにより、温度を下げる。冷たく湿った空気は、別の管を通ってきた建物内の空気を冷やすのに利用される。続いて、この湿った空気は外に捨てられ、太陽熱を利用して車輪の中のデシカントを乾燥させる。

ユナイテッド・ワールド・カレッジ 東南アジア・カレッジ(シンガポール)の屋根に設置された、ソリッド社の太陽熱冷房システム。 Credit: ROSLAN RAHMAN/AFP/Getty Images

キャンベラ(オーストラリア)で民間向け太陽熱技術のコンサルタントをしているMike Dennisは、吸収式冷凍機は高額で建造も複雑なので、新たなアプローチが登場したのだという。「吸収式冷凍機はナンセンスです」と彼は言う。ソーラーパネルを使って太陽光を電気に変えて、電動圧縮機を用いる従来型エアコンを動かす方が簡単だ。ソーラーパネルの価格は下がっているので、このタイプのシステムの魅力は増している。

ソーラーパネルは今、政府からの巨額の助成金と投資があるだけでなく、大量生産により生産コストも低下している。だが太陽熱技術にはそれらがない、とMugnierは言う。「競争が不公平なのです」。

もう1つのアプローチは、ハイブリッドを作ることだ。大量のエネルギーを消費する従来型の電動圧縮機を太陽熱で補助するのだ。スター・サファイア・ホテルのエコライン社の空調システムは、その例だ。

システムを構築するため、Chiaはそれぞれの集熱管の中にU字型に曲げた銅管を入れ、銅管同士をつなぎ合わせて長いリボン状にした。管の内側のグリコールは、管からの熱を速やかにグリコール槽へと移す。もう1セットの銅管には冷媒が入っていて、槽の中を蛇行して冷媒の温度を上げる。冷媒は続いて圧縮機を通るが、すでに高温になっているため、標準的なシステムよりもはるかに容易に気体に変わる。

同社はすでに6カ国で1000台以上の空調ユニットを設置していて、2018年中頃には、南洋理工大学(シンガポール)の寄宿舎の空調を開始する予定だ。エコライン社によると、比較試験では、同社のエアコンは標準的な高効率エアコンより35%の省エネになったという。ハイブリッド・システムは設置費用が15%高くなるが、運転コストが安いため、シンガポールの電力価格で計算すると、余分にかかった費用は2年で取り戻すことができるとChiaは言う。

太陽熱エアコンの推進派は、市場が拡大すればコストは大幅に下がるだろうと確信している。WinstonのチームのポスドクLun Jiangは、太陽熱温水器に使われる真空管は、1990年代には1m当たり100ドル(約1万1000円)以上もしたが、中国でこのシステムが普及して大量生産されるようになった今では、わずか2~3ドル(約220〜330円)になったと指摘する。

太陽光技術は光しか利用できないが、太陽熱技術は廃熱を利用できると主張する人々もいる。これらは、高温の都市、産業プラント、データセンターに集中するエネルギーを「片付ける」ことができる。エコライン社は現在、インドネシアのデータセンター管理会社と協力して、廃熱を利用した冷房に取り組んでいる。

こうしたアプローチは、熱的には何ら問題はないとChiaは言う。「暑ければ暑いほど良いのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170516

原文

How heat from the Sun can keep us all cool
  • Nature (2017-02-02) | DOI: 10.1038/542023a
  • Xiaozhi Lim
  • Xiaozhi Limは米国マサチューセッツ州ボストン在住のジャーナリスト。