Editorial

感染症対策へ世界が新たな一歩

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170436

原文:Nature (2017-01-26) | doi: 10.1038/541436a | Vaccine initiative marks bold resolution

2017年1月、感染症の流行に備えたワクチンの開発と備蓄を目標とする国際的な取り組み「感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)」が発足した。日本など数カ国が参画を表明している。

2014年に西アフリカで流行したエボラ出血熱による死者は 1万人以上に上った。 | 拡大する

John Moore/Getty Images

新たな疾患が流行し、あるいは疾患の再流行があった後の展開は、大体いつも同じである。正式な検討会議が開かれ、世界各国が次の新たな流行への備えを強化するのに役立つ教訓が提示されるのだが、マスコミと政治家の関心は一時的で、それが薄れるとそうした備えはほとんど実施されなくなるのだ。

だが、年明け早々に、期待が持てる動きがあった。2014年に西アフリカで起こったエボラ出血熱の恐ろしい流行を受け、予防策の大きな不備、つまり、少なくとも大規模な流行を引き起こす可能性が認められる病原体が数多く存在しているにもかかわらずそれらのワクチンで承認を受けたものがほとんどないという現実に、研究助成機関と研究者が団結して取り組むことが発表されたのだ。

例えば、致命的な中東呼吸器症候群(MERS)を引き起こすコロナウイルスがサウジアラビアで発見されたのは2012年のことだったが、ワクチン開発に向けた真剣な取り組みはなされていない。コロナウイルスがヒトからヒトへ伝播するのは密接な接触のある場合に限られると考えられているが、このウイルスがヒトからヒトへ容易に伝播するように進化した場合、大流行をもたらす病原体の要件を満たすようになる。これと同じような状況にあるのが重症急性呼吸器症候群(SARS)で、2003年に流行して全世界に大きな被害をもたらしたが、思い切った公衆衛生対策によって大流行を辛くも免れた。しかし、それから10年以上経った現在もワクチンはまだ開発されていない。

それどころか2016年12月に発表された新興感染症(EID)に関する論文には、これまでヒトにおいて限定的な集団発生があり、将来的には流行の恐れのあるウイルスが37種も列挙されている(M. E. J. Woolhouse et al. Emerg. Infect. Dis. 2016)。ここには、ブワンバ、オロポーシェ、フニン、オニョンニョンなど、一部の読者にとって初耳であろうウイルスも含まれている。

だが、大きな問題を引き起こすことはないと予想される病原体に対するワクチンには市場が成立しない。それ故、そうしたワクチン開発に多額の投資がなされないという現実があり、世界はあまりにも長い間、この現実に宿命的に黙従してきた。民間企業による独自の投資が期待薄なことは明らかだが、各国政府は、製薬会社と共同で投資を行い、この市場の失敗に取り組む責務を負っている。

2017年1月、スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラムにて、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)が発足した。写真は左からThe Economist編集長ザニー・ミントン・ベドース氏、ノルウェー首相エルナ・ソルベルグ氏、ウェルカムトラスト財団代表ジェレミー・ファラー氏、ギニア大統領アルファ・コンデ氏、ビル&メリンダ・ゲイツ財団共同会長ビル・ゲイツ氏、グラクソ・スミスクラインCEOアンドリュー・ウィティー氏。 | 拡大する

FABRICE COFFRINI/AFP/Getty Images

そしてこのほど、ダボス(スイス)で開催された世界経済フォーラムにおいて、まさにそうしたことを行うための確固たる計画が策定された。潜在的脅威である各種感染症(Nature 2017年1月26日号444ページ参照)に対するワクチンの開発と初期臨床試験の実施支援を目的とする感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)が2017年1月18日に発足したのだ。CEPIは、すでにMERS、ニパウイルス感染症とラッサ熱のワクチンに取り組むための資金を十分に得ている。

CEPIの発足当初の資金は4億6000万ドル(約510億円)で、そのうち約2億ドル(約220億円)は、わずか2つの団体(ウェルカムトラスト財団とビル&メリンダ・ゲイツ財団)からの寄付であり、残りの資金はノルウェー、ドイツ、日本の各政府から拠出されている。その他にも数カ国からの寄付が予定されているが、予算と選挙の周期の関係で遅れている。しかし、寄付を予定する国が増えてCEPIのワクチン開発目標が増えることが重要であり、一部の国々が資金の拠出を先延ばしすることは許されるだろう。その間にCEPIがその価値を証明するのが至極当然であるが、すでにその成功を阻む要因は少ないように思われる。

HIVと結核、マラリアに対するワクチンの開発は難題だが、それによって期待が薄れることはあってはならない。研究者も指摘しているように、大半の病原体は、HIVのような膨大なゲノム配列の多様性と変異性、結核菌のような強い感染力と休眠できる能力、マラリア原虫のように別の表面タンパク質を産生して免疫系を巧妙に逃れる力を持っていない。つまり、ワクチン開発が強く求められているウイルスの多くについては、ワクチン開発がさほど「困難な課題」とはいえないと考えられる。

CEPIは、ワクチン研究が熱を帯びてきたところで発足したといえる。それぞれの疾患に対し単一のワクチンを開発する手法から、複数の感染症に使えるワクチンの基本骨格を開発する手法へと重心が移ってきているからだ。これにより、ワクチン開発が大幅にスピードアップし、未知のウイルスに対するワクチン開発も迅速に行われることが期待される。

短期主義や近視眼的な見方がはびこり、政治的美辞麗句が実際の行動よりも力を持っている現代にあって、CEPIの創立者はビジョンと先見性を示している。CEPIの掲げる目標は、米国を含めさらに多くの国々からも支援されることが望ましい「備え」だと考えられる。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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