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表現型計測ロボットが植物科学を変える

このブドウ農場では、赤外線カメラが付いたドローンを使ってブドウ畑を撮影し、ブドウの成熟具合を調べている。 Credit: JEAN PIERRE MULLER/AFP/Getty Images

ドナルド・ダンフォース植物科学センター(米国ミズーリ州セントルイス)の植物学者Christopher Toppがポスドクだった頃には、植物の根の成長を調べようと思ったら、寒天培地で栽培した植物をフラットベッドスキャナに載せ、根の長さと角度を計測するのが普通だった。この方法に不満を感じていた彼は、水の滴る植木鉢を自分の車に積み込んで、ノースカロライナ州から600km以上離れたジョージア州の物理学研究室まで行き、X線画像装置を借りて植物標本の3D画像を撮影するという作業を定期的に行っていた。

5年後の今、詳細な画像を利用して植物の形態や機能を研究するというアイデアは、すっかり定着している。研究者たちは、植物の根毛の長さからストレス下で放出する揮発性物質まで、個々の形質をあらゆる角度から慎重かつ完全に計測した「定量化された植物」を追求するようになり、ドローンやロボットを研究に用いることが多くなった。生物の遺伝子型が形質として現れたものは表現型と呼ばれるが、研究者たちは、より迅速かつ包括的に表現型を解析する方法を探している。

2017年2月10〜14日、米国アリゾナ州トゥーソンで開催されたPhenome 2017では、こうした研究を行う科学者たちが集まって、各自の手法を比較した。ハイテクカメラを装備して研究農場の上空を飛ぶドローンについて発表する研究者もいれば、それぞれの植物の成長を記録する装置を搭載して農場内を巡回するロボットについて発表する研究者もいた。

科学者たちは、そうした試みにより植物の育種と基礎研究が加速し、植物に備わるさまざまな生理機能のうち、農場での生育を左右する新たな要素が明らかになることを期待している。Toppは、「表現型は無限にあります」と言う。「私たちには、せいぜいその一面を捉えることしかできません。それでも、できるだけ包括的に捉えたいのです」。

ユーリッヒ研究センター(ドイツ)の植物生理学者Ulrich Schurrは、DNAシーケンシングの大幅なコストダウンにより遺伝子を見つけるのは格段に容易になったが、その働きを明らかにするのは相変わらず難しいと言う。「今や、大量の塩基配列を決定することは非常に容易になりました。けれども、植物の構造と機能を解析する手法は、同じようなスピードでは進歩しなかったのです」。

植物の育種家たちもより速やかに作物を改良するために、従来注目していた収穫量や背の高さなどだけでなく他の形質にも目を向けるようになった。タルカ大学(チリ)の生態生理学者Gustavo Lobosは、「これらの形質は便利ですが、十分ではありません」と言う。「一部の育種家たちは、気候変動や食料安全保障の問題に対処するために、もっと効率をよくしたいと考えています」。例えば、乾燥耐性を高めたいと考える研究者は、植物の根系の詳細な特徴や葉の付き方を調べようとするかもしれない。

スピードの要請

ミズーリ州コロンビア近郊の農場で作物を計測するロボット。 Credit: DESOUZA/FRITSCHI/SHAFIEKHANI/SUHAS/UNIV. MISSOURI

研究者たちのこうしたニーズの高まりにより、表現型の解析を行う施設やプロジェクトの件数は大きく増えた。2015年には米国エネルギー省が、バイオ燃料の原料になるソルガムの解析に必要なロボット工学、センサー、手法を生み出すための3400万ドル(約37億円)のプロジェクトを発表した。2016年には欧州連合(EU)が、表現型解析施設の汎欧州ネットワークを構築する計画に着手した。さらに、植物研究者たちが表現型解析のアプローチとデータ分析の標準化を意識するようになった結果、世界中で学術ネットワークが形成された。

アーカンソー大学(米国フェイエットヴィル)で植物と昆虫の相互作用を研究しているFiona Gogginは、「大規模な表現型解析は産業界では以前から行われていましたが、学術研究者が行うには費用がかかりすぎたのです」と話す。今は、カメラやドローンの価格が下がっていることに加えて、個人が各種装置を自作する近年の「メーカー・ムーブメント」もあり、この分野に参入する研究者が増えているという。

ワシントン州立大学(米国プルマン)の生物工学者Sindhuja Sankaranの研究室は、ライダー(電波の反射を利用して目標物の位置を決定するレーダーのように、レーザーの反射を利用して目標物の位置を決定する装置)を搭載したドローンを配備する準備をしている。このシステムは、ライダーを使って農場をスキャンし、植物の高さと葉や枝の密度に関するデータを収集する。彼女は、植物が昆虫から攻撃されたり病気になったりしたときに放出する揮発性物質を測定するセンサーも利用していて、将来的には、ロボットにこのセンサーを搭載したいと考えている。

農場での植物の栽培が終わるときには、Sankaranのマシンは数百ギガバイトの生データを収集している。そのデータを分析する彼女のチームは、1年の大半をコンピューターの前で過ごしている。ウィスコンシン大学マディソン校(米国)の植物学者Edgar Spaldingは、多くの研究者は、そうした膨大なデータの分析を実現できていないし、それに必要なコンピューティングの腕もないと指摘する。「表現型解析コミュニティーはデータ収集に殺到しましたが、コンピューターによるデータ解析のことまで考えていないのです」。

ミネソタ大学セントポール校(米国)の遺伝学者Nathan Springerは、もう1つの障害は「技術の標準化」だと指摘する。つまり、誰でも使える装置がないため、一部の研究者は、より遅いデータ収集方法に頼らなければならない。Springerは45の研究チームと協力して、米国とカナダの20種類の環境で栽培されているトウモロコシ1000種の解析を行おうとしているが、このプロジェクトはドローンとロボットよりも手作業の計測に頼る部分が大きい。

Toppは今では、自前のCT装置で画像を収集している。サンプルの処理速度はまだ遅いと感じているが、計測のために水の滴る荷物を車に積んで3つの州を横断する必要がなくなったことがうれしいと語る。彼によると、ノッティンガム大学(英国)の施設では、スキャンを高速化するため、植物をCT装置の所まで運んでいって撮影を行う素晴らしいロボットを導入したという。「ハイテク化の可能性は無限大です」と彼は言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170414

原文

Plant biologists welcome their robot overlords
  • Nature (2017-01-26) | DOI: 10.1038/541445a
  • Heidi Ledford