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目的細胞の局在と子孫関係を同時に追跡可能な分子

Credit: piart/iStock / Getty Images Plus/Getty

単一細胞から大型の多細胞生物が形成される過程を明らかにすることは、生物学者にとっての大きな目標であり、この知見はさまざまな動的過程や疾患の理解にも役立つ。つまり、細胞系譜のマッピングはこの目標達成に不可欠な要素だといえよう。細胞系譜が明らかになれば、胚発生のみならず、がんの増殖や幹細胞の分化などの過程を理解する上でも極めて重要な情報が得られるのである。今回、カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)のKirsten L. Friedaらは、細胞のDNAに遺伝子工学を利用して埋め込んだ系譜の情報を、直接的な可視化によって読み出すことができる技術を開発し、Nature 2017年1月5日号107ページに報告した1。これは、時空間的な細胞系譜を構築する我々の能力を変容させる大きな進歩となり得る技術だ。

細胞系譜追跡の分野における重大な成果の1つに、線虫(Caenorhabditis elegans)の発生過程における全細胞系譜の完成がある2。この細胞系譜によって、発生がどのように進行するかについて多くのことが明らかになった。中でも、プログラム細胞死と呼ばれる重要な過程が解明されたことは特筆に値する3C. elegansの胚細胞系譜マッピング成功のカギは、成体の体細胞数が1000個程度で細胞系譜が比較的小さく単純であったことと、光透過性が高く顕微鏡観察しやすいこと、そして研究者らの「やり遂げてみせる」という熱意だった。これらの成果はまさに、研究者らによる鮮やかな操作と力業の賜物といえる。

さらに複雑な生物の場合、どの細胞が「きょうだい」「いとこ」あるいは「おじ・おば」なのか、どうすれば見ただけで識別できるのだろうか。系統学研究は、個体間、種間のDNA配列の変動を読み出して比較する技術により飛躍的に進歩した。同じ戦略は細胞にも用いることができる。しかし、「種」の場合は多くのDNA変異を蓄積する時間があるが、細胞1つ1つに蓄積される自然変異は希少かつランダムであり、測定が困難だ。

この問題を回避するため、Friedaらは、特定のDNA配列を正確に削除することができるCRISPR–Cas9という遺伝子編集法を利用した。研究チームは、一揃いの同一DNA配列を構築し、「スクラッチパッド」と命名した。そして、その1つ1つに「バーコード(識別子)」と呼ばれる固有の配列を結合させた。そしてバーコード化したスクラッチパッド複数のセットを、ある単一細胞のゲノムに挿入した。時間がたつと、Cas9酵素がスクラッチパッドをランダムに除去し、一部のバーコードは結合していたスクラッチパッドがなくなった形で残る。細胞は、バーコード化スクラッチパッドを転写してRNAを生成するので、スクラッチパッドと結合するプローブ1セットと、各バーコードと結合するもう1セットの蛍光プローブを用いれば、それを検出することが可能だ。こうして、スクラッチパッドが除去されたバーコードがどれなのかを知ることができる4,5

後代の細胞はスクラッチパッドの削除を受け継ぎ、さらに別のスクラッチパッドの削除も蓄積していく。従って、任意の2細胞の間で異なる編集済みバーコードのサブセットを(蛍光イメージングで)判別することにより、系譜の情報を読み出すことができる(図1)。Friedaらは、この技術を「MEMOIR(memory by engineered mutagenesis with optical in situ readout;光学的in situ読み出しを用いる人工的変異導入による記憶)」と名付けた。

図1 居場所を見つける系譜追跡
a. Friedaら1は、遺伝子工学を利用して、「スクラッチパッド」と呼ばれる一揃いの同一DNA配列1つ1つに対し、「バーコード」と呼ばれる固有のDNA配列を結合させて、細胞のゲノムに導入した。細胞が増殖すると、スクラッチパッドは確率論的、不可逆的に削除される。RNA検出法と組み合わせて顕微鏡法を利用すれば、各細胞の各バーコードから生じたRNA転写物が発見され、削除されたスクラッチパッドと結合していたバーコードを特定することができる。
b. この情報を使って、完全な細胞系譜を構築できる。この例では、細胞系譜から、aの左側の2細胞が「きょうだい」同士、右側の2細胞がその「いとこ」であることが分かる。

原理の実証として、研究チームは、培地で増殖させたマウス胚性幹細胞にMEMOIRを用いた。MEMOIRの結果と比較する参照として、研究チームは経時的顕微鏡検査法により、3~4回の細胞分裂にわたって細胞系譜の発生を追跡した。見事なことに、MEMOIRによる細胞系譜の記録の全過程においてランダムな事象が必要だったにもかかわらず、研究チームは、比較的複雑な系譜を最高で約72%まで正しく構築することができた。この結果は、理想化したMEMOIR実験の正確度をコンピューターシミュレーションで予測して得られた範囲にぴったり収まっており、この方法が最適に機能することが技術的観点からも実証された。

測定環境として究極の理想は、in situ(本来の位置に存在する未処理の細胞)である。この手法の最も優れた点は、細胞の空間的関係を保持したまま、遺伝子発現といった他の特徴の評価をも可能にしていることだ。MEMOIRの威力を実証するため、Friedaらは、この手法による系譜の評価と同時に、胚性幹細胞で発現量が大きく変動するEsrrb遺伝子を調べた。

Esrrbの発現がオンとオフの間でゆっくりと切り替わるならば、発現が「オン」の細胞の後代も発現が「オン」になると予想されるだろう(発現「オフ」についても同じことがいえる)。しかし、Esrrb発現のオン・オフ切り替えが急速であれば、娘細胞の発現状態は親細胞とは基本的に無関係だと予想される。研究チームがEsrrbの発現動態をMEMOIRを用いて推測したところ、発現が1世代でオフからオンに切り替わる確率は0.09、オンからオフに切り替わる確率は0.04となった。現在MEMOIRは、主として系譜追跡の有効性を証明するために用いられているが、こういった経時的な変化量を推定するのに動的な測定を行わなくてよいことは、注目に値する。

バーコード数が増えると、MEMOIRが読み出すことのできる関係の忠実度と複雑度は上がりそうだ。Friedaらが使用したバーコードは数十個だったが、in situ RNA検出法6-9の進歩により数百~数千個の使用が可能になると考えられ、極めて忠実に細胞系譜を認識できるMEMOIRの威力は莫大なものになる。さらに、研究チームがRNAの検出に用いた方法は動物の組織に応用することができるため、理論的には、例えば臓器画像上や、(潜在的には)生物の全身画像上に、細胞系譜を直接視覚化することが可能だ。このような展開は、MEMOIRと組織のイメージング技術の組み合わせによって促進されるかもしれない。

注目すべきこととして、2016年、系譜追跡のための補足的な手法を概説する研究10が報告された。やはりCRISPR–Cas9を利用してゲノムに変異を導入するのだが、イメージングではなくDNAやRNAの塩基配列解読によって細胞系譜を読み出すものだ。塩基配列解読は空間情報を犠牲にするが、何十万個もの細胞から直接の情報が得られる。空間ゲノミクスが発達すれば、塩基配列解読に基づく系譜戦略の空間的限界を回避する一助となる可能性もある11。今後こうした技術がMEMOIRのような方法で補完されていくことで、細胞系譜追跡の分野が再び活気づくかもしれない。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170433

原文

Molecular memoirs of a cellular family
  • Nature (2017-01-05) | DOI: 10.1038/nature21101
  • Lauren E. Beck & Arjun Raj
  • Lauren E. Beck & Arjun Rajはペンシルベニア大学生物工学科(米国フィラデルフィア)に所属

参考文献

  1. Frieda, K. L. et al. Nature 541, 107–111 (2017).
  2. Sulston, J. E., Schierenberg, E., White, J. G. & Thomson, J. N. Dev. Biol. 100, 64–119 (1983).
  3. Sulston, J. E. & Horvitz, H. R. Dev. Biol. 56, 110–156 (1977).
  4. Raj, A., van den Bogaard, P., Rifkin, S. A., van Oudenaarden, A. & Tyagi, S. Nature Methods 5, 877–879 (2008).
  5. Lubeck, E., Coskun, A. F., Zhiyentayev, T., Ahmad, M. & Cai, L. Nature Methods 11, 360–361 (2014).
  6. Levesque, M. J. & Raj, A. Nature Methods 10, 246–248 (2013).
  7. Levsky, J. M., Shenoy, S. M., Pezo, R. C. & Singer, R. H. Science 297, 836–840 (2002).
  8. Lubeck, E. & Cai, L. Nature Methods 9, 743–748 (2012).
  9. Chen, K. H., Boettiger, A. N., Moffitt, J. R., Wang, S. & Zhuang, X. Science 348, aaa6090 (2015).
  10. McKenna, A. et al. Science 353, aaf7907 (2016).
  11. Crosetto, N., Bienko, M. & van Oudenaarden, A. Nature Rev. Genet. 16, 57–66 (2015).