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EUが軍事研究に研究費助成

海を監視するドローンは、EUの新しい防衛研究資金から研究費を得る技術の1つになりそうだ。 Credit: US.NAVY

欧州議会は2016年12月1日、軍事(防衛)技術研究に2500万ユーロ(約31億円)を支出することを含む、2017年欧州連合(EU)予算案を承認した。これは、EUが軍事研究に初めて研究資金の助成を始める計画の助走段階のスタートであり、これまで歴史的に軍事への関与は限定的だったEUが、国際情勢の変化と繰り返されるテロに対応して、EUレベルで防衛力を強化しようとしていることを示している。

今回のEU予算に含まれる防衛技術研究費は、EUの政策執行機関である欧州委員会(EC)が新たに提案している「欧州防衛基金」の一部をなすものだ。基金の役割は2つあり、1つは、ヘリコプターや航空機、車両などの防衛装備の共同調達を行い、装備の重複や相違などによる無駄(EU加盟国全体で年間250億~1000億ユーロと見積もられている)を省く。もう1つは、防衛技術の共同研究に資金を提供し、技術開発をより効率的にし、欧州の防衛産業基盤の拡充を目指す。

研究への助成は、エレクトロニクス、先端材料、暗号化ソフトウエア、ロボット工学などの防衛技術研究が対象になる。欧州委員会はすでに準備を始めており、2016年10月、2015~2016年EU予算による試験的事業として、市街戦でビルに潜む敵の発見に役立つセンサーの研究(ポルトガルのTekever社など)、国境監視などに使用できる小型自律ドローン群の研究(英国のクランフィールド大学など)など3件に140万ユーロ(約1億7000万円)を支出することを公表した。欧州委員会は助走段階として、2017~2020年で計9000万ユーロ(約110億円)を防衛技術研究に投資する計画だ。そして2021年から助成を本格化させ、年間5億ユーロ(約620億円)規模に増額したいと考えている。

主要国の防衛費と防衛研究費
欧州連合の28 加盟国の防衛研究費は合わせても、米国よりもはるかに少なく、中国と比べても少ないと見られる。
*EU の数字は2014 年のもの。米国と中国の数字は2015 年のもの。†数字は概算で、防衛費の推定最小値と、研究に支出された割合のある範囲の平均値をもとに算出。 Credit: SOURCES: EDA, AAAS, STOCKHOLM INT. PEACE RES. INST., UNIV. CALIFORNIA INST. GLOBAL CONFLICT AND COOPERATION, US DEPT DEFENSE

もっとも、こうした額は、EUの主要な研究費助成プログラムで、2020年までの7年間で770億ユーロを投じる「ホライズン2020」や、2014年にEU加盟各国が防衛研究に支出した総額88億ユーロ、さらに、米国、そしておそらく中国が防衛研究に支出している額などと比較すればはるかに小さい(「主要国の防衛費と防衛研究費」を参照)。欧州委員会によると、今回の一連の助成まで、軍事目的の研究にEU予算から研究費が直接支出されたことはなかったという。ホライズン2020では、軍事目的の研究は対象外だ。

平和の推進は、EUの発足時からの目的の1つだ。かつては、防衛はEUが扱うことではなく、それぞれの国の問題と考えられていた。今回、新たに欧州防衛基金を設ける計画の背景には、欧州の安全保障が脅かされているという認識がある。2016年11月、欧州議会は、「テロリストたちは欧州を前例のない規模で標的にしている。欧州は今、西アフリカからコーカサスにかけての弧状地域に起因する、ますます複雑になる危機に対応することを強いられている」とする動議を採択した。この動議は、「第二次世界大戦後初めて、欧州の国境が力によって変更された」とも指摘した。これは、2014年のロシアのクリミア半島併合と、ウクライナ東部での政府軍と親ロシア派の衝突に言及したものだ。

また、欧州委員会委員長、ジャン・クロード・ユンケル(Jean-Claude Juncker)は同年9月、欧州防衛基金について述べ、「もはや欧州は他の軍事勢力に頼っていることはできない」と話した。こうした意識の背景には、大きな軍事力を持っていた英国のEU離脱や、米国第一主義を掲げて北大西洋条約機構(NATO)への関与見直しを示唆しているドナルド・トランプ米大統領の就任がある。

今回、EUの防衛研究費を設けるという決定がなされた一因は、EU各国の防衛研究費の減少にある。欧州委員会のために防衛研究費を管理することになる欧州防衛機関(EDA;本部はベルギー・ブリュッセル)によると、EU各国の防衛研究費は、2006年から2014年までに実質で18%、額にして19億ユーロ減少したという。

しかし、防衛研究への研究費助成は、EUにとって誤った方向への第一歩だと警告する科学者たちもいる。英国に拠点を置く運動団体「地球的責任のための科学者」(Scientists for Global Responsibility)代表で気候変動の専門家Stuart Parkinsonは、「軍事研究への研究費助成は間違いなく、もっと必要性の高い非軍事研究開発の予算を減少させることにつながるでしょう。しかし、今は、気候変動やエネルギーなどの分野で研究資金が緊急に必要なときなのです」と訴える。

防衛研究資金を利用する際のルールは現在議論中だが、おおまかにはホライズン2020を模範としたものになるだろう。欧州防衛機関で研究開発を担当する局長のDenis Rogerは、「研究資金利用ルールはおそらく、産業界と大学などの研究者の協力や、さまざまな国からの研究者の協力を進める計画を促進するものになるでしょう」と話す。

ホライズン2020の研究計画に参加する研究者たちは、研究結果を発表したり、特許権を取得して研究成果の使用を許可したりすることを期待されている。しかし、防衛研究資金の場合は、欧州委員会が研究結果の公表の仕方を規制し、一部の成果は機密扱いにし、成果の使用許可はEU各国の省庁に制限する可能性が高い。EUは自身の軍隊を持たない(ユンケルはEUの軍隊を創設したいと述べている)。助成する研究の優先順位の決定には、各国の省庁が防衛産業の担当者らとともに関わることになるだろう、とRogerは話す。ホライズン2020の場合、EU非加盟だが同プログラムの提携国である16カ国からの参加は歓迎されている。しかし、EUの防衛研究資金を利用できるのは、EU加盟国とノルウェーの研究者だけになりそうだ。

EUの防衛研究資金は、特定分野の研究を推進するかもしれない。Rogerによると、防衛研究資金で促進される研究には、メタ物質(光の経路を操作する微小な構造を備え、物体をレーダーから見えなくすることができる)の研究や、エネルギー蓄積技術、衣服に組み込める柔軟な無線アンテナ、海の監視ドローンのプロトタイプなどがあるだろう、という。

ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)の物理学者Ortwin Hessは、「多くの国の研究者が、この研究資金を研究費確保の新たなチャンスと見るでしょう」と話す。彼は、フォトニクスとメタ物質を研究している米国の科学者たちは、軍事研究費を抵抗なく利用していると指摘する。「米国の私の同僚たちは、軍事研究費なしにはやっていけないでしょう。彼らはそれを頼りに研究しています」。

過去に米国政府と英国政府から軍事研究費を受け取っていたHessは、軍事研究費をどう考えるかは「倫理上の問題」と見なし、自身は現実主義者であるという。軍事研究の意義についてHessは、「私たちの社会は守るに値する価値がある、ということを私は考えなければなりません。軍は、民間分野で開発された技術も採用するでしょうし、その逆方向の技術移転も時にはあり得るのです」と話す。

しかし、Parkinsonは、「軍事研究は、他国への武器輸出など、単なる自国の防衛を超えた軍事活動につながることが多いのです。社会問題や環境問題など、人々の衝突の根本原因に取り組む研究開発に、もっと研究費を集中する必要がある、というのが私たちの立場です」と話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170310

原文

Peaceful European Union starts to fund military research
  • Nature (2016-12-22) | DOI: 10.1038/540491a
  • Elizabeth Gibney