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CRISPRの謎

あるウイルスが細胞に開けた穴。原核生物は、CRISPR–Casを使ってウイルスに応戦する。 Credit: TESSA QUAX/DAVID PRANGISHVILI/GERARD PEHAU-ARNAUDET/JEAN-MARC PANAUD

Francisco Mojicaは、CRISPRを目にした最初の人物ではないが、CRISPRにほれ込んだのはおそらく彼が最初だろう。Mojicaは、1992年のその日のことを覚えている。後にバイオテクノロジーの革命をもたらす微生物の免疫機構を初めて垣間見た日のことだ。Mojicaは、好塩性微生物ハロフェラックス・メディテラネイ(Haloferax mediterranei)のゲノム塩基配列データを見返していた。すると、おのおのが長さ30塩基の見慣れないDNA配列14個に気付いた。その配列は前後にほぼ同一で、約35塩基ごとに繰り返されていた。それから間もなく、同様のクラスターをさらに目にしたMojicaはすっかり夢中になった。そして彼は、この繰り返し(リピート)配列をアリカンテ大学(スペイン)での研究のテーマとした。

それは常識外れの決断だったため、Mojicaの研究室は長く外部資金を受けられなかった。だがMojicaは、学会で大御所たちを片っ端からつかまえては、その奇妙で小さなリピートについてどう思うか尋ねたものだった。それに対し大御所たちは「そんなにリピートを気にするものではありませんよ。さまざまな生物にさまざまなリピートが見られます。リピートはずいぶん前から知られていますが、そのうち機能を持つものがどれだけあるかもまだ分かってないのですよ」とMojicaに忠告したのだという。

現在では、その「クラスターを形成し規則正しい間隔を持つ短いパリンドロームリピート」(clustered, regularly interspaced short palindromic repeat;後にCRISPRと呼ばれる)について、はるかに多くのことが分かっている。CRISPRはCas(CRISPR-associated)タンパク質群とともに微生物の免疫機構の一部として働き、侵入したウイルスを破壊する。中でも、Cas9のRNA誘導型DNA切断機構を利用した「CRISPR–Cas9」は、遺伝子編集ツールとして便利なことから、生物医学関係者の多くがCRISPR–Cas系を尊ぶようになった。しかし、Mojicaをはじめとする微生物学者は、この系とその作用機序に関する基礎的な問題に今なお頭を悩ませている。それはどのように進化したのだろうか、そしてどのように微生物の進化を方向付けたのだろうか。また、それを使う微生物と使わない微生物がいるのはなぜだろうか。そして、その生物学的基盤には他にも重宝されるような役割があるのだろうか。

カリフォルニア大学バークレー校(米国)の分子生物学者でありCRISPR–Casの遺伝子編集ツールとしての取り回しの良さを見つけた最初の科学者の1人であるJennifer Doudnaは、「メディアでCRISPR法に向けられた注目の多くは、実は技術としての利用を取り巻くものでした。それはもっともなことです。私たちにとてつもない衝撃と機会をもたらしたのはそこなのですから」と語る。「その一方で、たくさんの興味深い基礎的生物学についても、研究を行っていかなければなりません」。

どこから来たのか

CRISPR–Casの類いの生物学的利点は明白だ。原核生物、つまり真正細菌およびアーキア(古細菌とも呼ばれる単細胞生物で、多くが極限環境に生息する)は、侵入遺伝子の絶え間ない猛攻撃にさらされている。ウイルスは原核生物の10倍もいて、2日ごとに世界の全細菌の半分を殺していると言われている。原核生物は、プラスミドと呼ばれる自律複製する小さなDNAの交換も行っている。だが、プラスミドには寄生性のものもあり、宿主から資源を奪い取り、宿主がこの分子ヒッチハイカーを排除しようとすれば、宿主を自己破壊させることもあるのだ。侵入遺伝子は土壌から海、地球上で最も過酷な場所にまで存在していて、原核生物にとって安全な場所などないかのようだ。

原核生物は、このような脅威に対処するために、多くの武器を進化させた。例えば、制限酵素というタンパク質は、特定の塩基配列またはその近傍でDNAを切断する。しかし、制限酵素での防御は甘い。それぞれの酵素は特定の配列を認識するように決められているため、遺伝子のコピーがそれとぴったり一致しなければ微生物は守られない。一方、CRISPR–Casはもっと強力だ。ヒトの抗体が感染後の長期免疫を実現しているように、特定の侵入遺伝子に適応してそれを記憶する。ワーヘニンゲン大学(オランダ)の微生物学者John van der Oostは、「初めて聞いたとき、この仮説は単純な原核生物が持つ機構としては高度すぎるだろうと思いました」と振り返る。

Mojicaらは、CRISPRのパリンドロームリピートの間に挟まれたDNA(スペーサー配列)がウイルスゲノムの配列と一致している場合があることを知って、CRISPR–Casの機能を推定した。それからMojicaらは、細菌やアーキアが特定のウイルスやプラスミドにさらされると、あるCasタンパク質によってこうしたスペーサー配列がゲノムに挿入されることを明らかにした。挿入されたスペーサー配列をもとにして作られるRNAは、その配列に一致する全ての侵入DNAや侵入RNAを別のCasタンパク質を使って破壊する。

細菌やアーキアは、CRISPR系のような高度な免疫機構をどうやって手に入れたのだろうか。この問題は未解決だが、トランスポゾン(ゲノム内のある場所から別の場所へ飛び移ることができる転移性遺伝因子の1つ)に由来するという説が有力だ。米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)の進化生物学者Eugene Kooninらは、ゲノムへのスペーサーの挿入に関与するCas1タンパク質をコードするトランスポゾンの仲間を発見した1。この「キャスポゾン」がCRISPR–Cas免疫の起源だったのかもしれないとKooninは推理する。現在では、このDNA片がある場所から別の場所へ飛び移る仕組みを解明し、その仕組みがCRISPR–Casへと発展した経緯をたどるための研究が行われている。

どうやって働くのか

現在CRISPRとして知られる特徴的な配列を最初に記述したのは、当時大阪大学で大腸菌ゲノムを研究していた石野良純氏ら。1987年のことだった。 Credit: STEVE GSCHMEISSNER/SPL/Brand X Pictures/Getty

Casタンパク質によるスペーサー挿入の詳細な分子機構の多くは、近年の研究で細部まで解明されている2。しかし、ウイルスDNAは、化学的には宿主DNAとほとんど同一だ。それにCasタンパク質は、DNAと共に細胞の内部に封入されている。では、どのDNAをCRISPR–Casメモリーに加えるべきなのかを、どう判断するのだろうか。

リスクは高い。細菌が自分のDNAの一部を加えれば、自らの免疫系に攻撃され自滅の危機にさらされる、と話すのは、ビリニュス大学(リトアニア)の生化学者Virginijus Siksnysだ。「このような酵素は両刃の剣です」。

ノースカロライナ州立大学(米国ローリー)の微生物学者Rodolphe Barrangouは、細菌やアーキアの集団はちょっとしたエラーを吸収することができるのかもしれないと話す。わずかな細胞の自滅は、ウイルスによる攻撃の後で他の細胞が増殖することができれば問題にならないのかもしれない。

実は、ウイルスが細菌生態系に入り込んだ場合、身を守ってくれるスペーサーを獲得する細菌は1000万個のうち1個程度にすぎないことが多い。そんなオッズでは、スペーサー獲得を促進する因子を研究することや、うまく獲得した細胞が、他の多くの細胞がつまずく過程をクリアできた理由を知ることは難しい。ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)の微生物学者Luciano Marraffiniは、「スペーサーを獲得した細胞を現場でつかまえるのは困難です」と話す。

細菌は、「適切なスペーサー」だとどうして分かるのだろうか。そして、「適切なスペーサー」が取り込まれる割合をどのようにして高めているのだろうか。これらの問題を解決することは有用かもしれない。CRISPR–Cas装置を持つ細胞が分類の記録装置として働き、遭遇したDNAやRNAの配列をカタログ化している可能性を明らかにした研究がある3。この研究から、ある細胞の遺伝子発現や環境化学物質曝露を経時的に追跡することが可能になるかもしれない。

古いメモリーがどうやってコレクションから除去されるのかも、研究者たちの関心事だ。CRISPR–Cas系を持つ微生物の多くは、スペーサーを数十個しか持っていない。1個しか持たないものもいる。対照的に、スルフォロバス・トウコウダイ(Sulfolobus tokodaii)というアーキアは、ゲノムの1%を5つのCRISPR–Cas系に当てており、スペーサーは458個ある。

古いスペーサーをとっておくことには、あまりうまみがないように思われる。ウイルスがCRISPR–Casを回避するように変異すれば、スペーサーは無用の長物になるからだ。そして、余計なDNAを維持することは、微生物の負担になり得る。ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホボト)の遺伝学者Rotem Sorekは、「細菌が永遠にゲノムを膨張させ続けることはできません」と話す。

他にどんな役割があるのか

一部のスペーサーの起源からは別の謎が浮かび上がってきた。これまでに塩基配列が解読されたスペーサーのうち、DNAデータベース中の既知塩基配列のどれかと一致するものは、3%に満たないのだ。

このことは、ウイルスについて知られていることがいかに少ないかを反映しているのかもしれない。塩基配列を解読する研究の多くは、人間や家畜、作物が感染するウイルスに集中している。ジョージア大学(米国アセンズ)のRNA生物学者Michael Ternsは、「細菌の敵や、特に変わり者のアーキアの敵について、知られていることはとても少ないのです」と話す。

また、もはや環境中に存在しないウイルスやCRISPR–Cas系の認識を逃れて変異した「ウイルスの残影」であることも考えられる。しかし、第三の可能性に研究者たちが色めき立っている。侵入遺伝子を遠ざける以外の仕事をしているCRISPR–Cas系の事例が発見されているのだ。一部の細菌では、CRISPR–Casの構成要素がDNA修復、遺伝子発現、バイオフィルム形成を制御している。また、細菌が他の微生物に取り付く能力を決定している場合もあり、レジオネラ症を引き起こすレジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila)は、その天然の宿主であるアメーバに侵入するためにCas2が必須である。マサチューセッツ大学医学系大学院(米国ウースター)の分子生物学者Erik Sontheimerは、「重要なのは、防御の範疇を超える生物学的意義がどれほどあるかを明らかにすることです。この分野では今後数年間は発見が続くことでしょう」。

CRISPRについてSontheimerは、RNA干渉の発見との類似性が目を引くとも語る。RNA干渉は、動植物をはじめとする非原核生物(真核生物)の遺伝子発現を抑制する系で、当初は防御機構だと考えられていた。後に、宿主の遺伝子発現を調節する役割が発見されたのだ。

デルフト工科大学(オランダ)の微生物学者Stan Brounsによれば、一部のスペーサーが既知のウイルスやプラスミドと一致しない理由がこうした役割で説明できる可能性もあるという。「その系は完璧を期して調整されてはおらず、ウイルスDNAを自分のDNAと同様に捕らえます。新しいDNA片を取り入れ始めるやいなや、死にさえしなければ、新たな機能を獲得することができるのです」とBrounsは説明する。

なぜ一部の微生物だけが利用しているのか

CRISPR–Casが他にどんな機能を有していようとも、一部の微生物が他の微生物よりもそれを重用していることは明らかだ。Kooninによれば、90%を超えるアーキアがCRISPR系の免疫を持っているが、配列が明らかにされている細菌でそれを利用しているものは約3分の1にすぎないという。そして非原核生物では、単細胞のものであっても、CRISPR–Casが関わっている例は全く知られていない。

極限環境のアーキアでは、CRISPR系を持っている方が生存に有利なのかもしれない。写真はイエローストーン国立公園(米国)。 Credit: Westend61/Getty

ナノアルカエウム・エクウィタンス(Nanoarchaeum equitans)と呼ばれるアーキアの一種は、沸騰の一歩手前の熱水中で別のアーキアに寄生して生きており、エネルギー産生と一般的な細胞ハウスキーピングに関連する遺伝子の多くを持たずに済ませている。しかしこのアーキアは、DNA49万文字というちっぽけな取扱説明書に、スペーサー数約30個のCRISPR–Cas系を保持している。セントアンドリュース大学(英国)の分子生物学者Malcolm Whiteは、「このアーキアのゲノムの相当部分は、いまだにCRISPR–Cas系に割かれています。CRISPRはそれほど重要なはずなのですが、その理由は全く分かっていません」。

エクセター大学ペンリンキャンパス(英国)の微生物学者Edze Westraによれば、そうした差は、CRISPR–Cas系を持つ原核生物に有利に働く重要な生態学的要因が存在し、ウイルス防御(またはその他の利益)が細胞の自滅リスクよりも重要視されていることを示唆しているという。極限環境ではCRISPR–Cas系を持つ方が有利と考えられるが、Westraによれば、もっと穏やかな環境の細菌の間でも、そうした系の存在頻度が異なっているという。例えば、鳥類の病原体(Mycoplasma gallisepticum)は、宿主をニワトリから野生フィンチに乗り換えたときに、そのCRISPR–Cas装置を放棄した。その系がニワトリで有用なのにフィンチではそうでなかった理由は誰にも分からない、とWestraは言う。

数理モデルおよび初期の室内実験では、戦うウイルスの種類がごくわずかしかない場合にCRISPR–Casが有利となる可能性が示唆されている4,5。CRISPR–Cas系は、スペーサーとしてウイルス配列を記録することができるが、追加されたDNAがゲノムの重荷になるまでと有限である。環境中のウイルスの多様性がスペーサー数の限界を超えると、CRISPR–Cas系は有用性がほとんどなくなるのかもしれない、とKooninは推測する。もう1つの可能性は、極限環境のアーキアは、他の防御手段にCRISPRほど依存することができないというものだ。細菌が侵入者を阻害する一般的な方法の1つは、包膜と呼ばれる自身の外殻に存在するタンパク質を変異させることだ。しかし、一部のアーキアは、過酷な条件での生存に包膜の構造が極めて重要であるため、包膜に手を加える余地が小さいと考えられる。「このことが、CRISPRのような代替的方式の重要性を高めているのです」とMojicaは話す。

CRISPR–Casには何種類あるのか

人間は、ゲノム編集ツールとして簡便性と汎用性に優れるCRISPR–Cas9系に集中しがちだが、微生物は選り好みをしない。それどころか、さまざまな系を混ぜ合わせ、あっという間に他の細菌から新しいものを取り入れて古いものを捨て去る傾向がある。

CRISPR系は、公式には6種類が認められており、サブタイプは19種類ある。「その一部が実際にどう働いているかが分かっているだけ、というのが実情です」とMarraffiniは話す。

他のCRISPR系の解明を進めることで、この系のバイオテクノロジーでの新用途が見いだされると考えられる。例えば、人気のあるCRISPR–Cas9はタイプIIの系で、これはスペーサー配列から転写されたRNA分子を利用してウイルスやプラスミドの侵入DNAを酵素に切断させる(「持続性の防御」を参照)。しかし、2016年に発見されたタイプVIの系の酵素6は、DNAではなくRNAを切断する。また、タイプIVの系は、CRISPR–Casに関連する遺伝子の一部を含むものの、リピートやスペーサー挿入装置を持たない。

持続性の防御
既知のアーキアの約90%と細菌の3分の1は、何らかのCRISPR‒Cas 免疫を保有している。それを制御しているのは、「スペーサー」配列によって区切られた短いDNA リピートのクラスターと、Cas(CRISPR-associated)タンパク質をコードする近傍の一連の遺伝子だ。 Credit: NIK SPENCER/NATURE

タイプIIIの系は、自然界に極めて広く認められるCRISPR–Cas系だが、解明が最も遅れている部類に属する。これまでの証拠は、それが侵入したDNAやRNAそのものに反応するのではなく、DNAをRNAへ転写する過程に反応することを示唆している。十分な裏付けが得られれば、新しい種類の調節機構としてゲノム編集用のCRISPR–Casツールボックスを大きく広げる可能性がある、とDoudnaは期待する。

未培養微生物の探索が可能になり、環境DNA試料の遺伝子配列が研究できるようになったことも大きい。そのため、今後、新たな系が見つかる可能性もある。「すでに何度か目標の達成を宣言しました。結局は、新しいCRISPR–Cas系が登場して驚かされることになったのですが」とvan der Oostは話す。

Mojicaにとって、その多様性の探究とCRISPR系に関する基礎的な問題の解決は、CRISPR系が引き起こした革命以上に魅力的なものだ。このことはMojicaの多くの同僚を当惑させているという。Mojicaは、四半世紀にわたってCRISPR–Casの生物学に没頭してきた。ゲノム編集を志す研究者には多大な研究資金提供があるにもかかわらず、Mojicaが行っているような研究への資金はずっと少ない。

「それが偉大なツールであることは分かっています。素晴らしいものです。病気を治すのにも使うことができるかもしれません」とMojicaは言う。「でも、それは私の仕事ではないのです。私は、その系がどのように働いているのか、その仕組みの全過程を知りたいのです」。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170318

原文

Five big mysteries about CRISPR’s origins
  • Nature (2017-01-19) | DOI: 10.1038/541280a
  • Heidi Ledford
  • Heidi Ledfordは英国ロンドンを拠点とするNatureのシニアレポーター。

参考文献

  1. Krupovic, M., Makarova, K. S., Forterre, P., Prangishvili, D. & Koonin, E. V. BMC Biol. 12, 36 (2014).
  2. Nuñez, J. K., Lee, A. S. Y., Engelman, A. & Doudna, J. A. Nature 519, 193–198 (2015).
  3. Shipman, S. L., Nivala, J., Macklis, J. D. & Church, G. M. Science 353, aaf1175 (2016).
  4. Weinberger, A. D., Wolf, Y. I., Lobkovsky, A. E., Gilmore, M. S. & Koonin, E. V. mBio 3, e00456-12 (2012).
  5. Westra, E. R. et al. Curr. Biol. 25, 1043–1049 (2015).
  6. Abudayyeh, O. O. et al. Science 353, aaf5573 (2016).