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360度曲がる携帯型テラヘルツ波スキャナー

河野 行雄

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170324

雲の分布や海水温のモニタリング、セキュリティー検査、がんの画像診断などのさまざまな用途で、「見えないものを見る」非接触・非破壊のイメージング技術が使われている。その際に使われる電磁波の波長はさまざまだが、30〜3000µmのテラヘルツ波は、得られる画像の解像度が低い、装置が大がかり、といった理由で実用化が遅れていた。今回、河野行雄・東京工業大学科学技術創成研究院准教授らは、カーボンナノチューブでできたフィルムを利用することで、360度曲げることができ、携帯も可能な小型のテラヘルツスキャナーの開発に成功した。

–– テラヘルツ波を利用したスキャナー開発での成果です。

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東京工業大学

河野: はい、カーボンナノチューブ(CNT)でできた柔軟なフィルムを利用して、携帯できるテラヘルツ波のスキャナーを開発しました。テラヘルツ波は30〜3000µmの波長を持つ、光と電波の間に属する電磁波です。可視光を通さない物質を適度に透過し、光子エネルギー領域としても物質や生体などに適していることから、「見えないものを見る技術」に応用しようと技術開発が進められてきました。後で述べますが、一部で実用化が始まっており、近い将来実用化されるものも少なくない状況です。

ただし、テラヘルツ波技術を本格的に実用化するには、大きな課題があります。テラヘルツ波は、電子工学的に電子を制御するには高周波の極限で、光学的に光を制御するには低エネルギーの極限に近いため、高感度・高解像度を達成するのが非常に難しいのです。私は光学ではなく物性物理の出身で、そこからテラヘルツ波に入りました。これまでの研究を生かすことで、誰も実現していなかった成果を達成できました。

–– どのようなご研究が役立ったのでしょうか?

河野: 大学院では半導体技術の基盤となる量子ホール効果について研究していました。半導体に磁場をかけると、縦抵抗がゼロになり、ホール抵抗が量子化値をとる現象(量子ホール効果)が見られるのですが、電流が流れ続けると、量子ホール効果がなくなり非線形伝導が起きます。そこで「どのような状態で、どのようにして非線形伝導が起きるのか」といったことを検討し、端状態が重要な役割を果たすことや、非線形伝導が相転移的な現象と見なせることなどを明らかにしました。また、電荷のゆらぎが非線形伝導と密接に関わっていることも示しました。その過程で2005年には、量子ホール効果状態にある半導体試料はテラヘルツ波に対して強い共鳴を示すことを見いだしていました1

その後、基礎研究ばかりで閉じこもりすぎていると感じ、2006年に理化学研究所中央研究所に移りました。これが転換点になりました。自由な雰囲気でのびのびと研究できる環境で視野が広がり、テラヘルツ波の実用に向けた研究をしようと思い至ったのです。そして、二次元材料の半導体ではなく、新たに一次元のCNTも使うことにしました。その後、1本のCNTを使ったテラヘルツディテクター2,3や近接場イメージング4の開発を手がけたのですが、研究をさらに幅広く展開するには学生が多い大学の方がよいと思うようになり、2011年に東京工業大学(以下、東工大)に着任しました。そこから、CNT膜を用いたテラヘルツ波技術の研究開発を始めました。

–– テラヘルツ波を用いたスキャンの実用例とは?

河野: 電磁波を照射して「見えないもの」を見るには、光の吸収や反射スペクトルを計測します。その点はテラヘルツ波でも同じです。テラヘルツ波にはX線などのように被ばくの心配がありません。そこで、今のところはサブテラヘルツ波ですが、米国の空港ではセキュリティーチェック用のスキャナーに使われ始めています。テラヘルツ波同様にサブテラヘルツ波も衣類を透過しますので、内部に隠し持っていたナイフや銃を描出することができるのです。金属探知機で探知できないプラスチック製の危険物なども描出できる点が特長と言えます。がん組織と正常組織の吸収の差を利用し、がん組織だけを描出する研究なども進んでいます。また、覚醒剤やコカインなどの違法薬物を未開封のまま同定したり、植物中の水分などの分布を測定したりといったことも可能です。間もなく、テラヘルツ波を用いた食品や医薬品などの異物混入チェックなども実用化されると思います。

–– 小型かつ曲げられる装置開発に当たり、どんな工夫を?

図1 折り曲げることができるCNTフィルム
多数の単層CNTが束になってできた大面積の膜は、機械的強度と良好な電気伝導を両立している。そのため、自由自在に折り曲げられるテラヘルツ波スキャナー用の材料として有望。 | 拡大する

河野: CNTにテラヘルツ波を照射すると、吸収された光が熱に変換されて内部に温度勾配ができ、その温度差が電圧に変換されることで光熱起電力が生じます。私たちは2014年に、この仕組みを利用したテラヘルツ波の高感度検出器の開発に成功したのですが、小型化すると感度が下がるという問題がありました。フレキシブルな検出器を目指していたため、二次元の丈夫な膜を探したところ、日本ゼオン株式会社からCNTをランダムに編み込んだフィルムを提供いただけることになりました。このCNTフィルムは360度自在に曲がるため、小型化できれば体に装着させるなどして携帯可能になると予想しました(図1)。

初めに、CNTフィルムに小さな電極を付け、テラヘルツ波への応答を調べてみました。その結果、まず電極が温まり、続いて電極がCNTフィルムを温めることが分かりました。そこで、電極の材料を工夫すれば効率よく光熱起電力を作れると考え、さまざまな金属を電極にして応答を調べてみました。すると、金はチタンに比べて6倍も強い応答を示すなど、熱伝導率の高い金属が適していることが分かりました。

ただし、CNTフィルムには、膜の厚さがµmオーダーを超えると電界制御(ゲート制御)が難しくなるという問題がありました。フレキシブルにするにはある程度の厚みが必要です。熟慮の末、2枚のCNTフィルムの間にイオン溶液を入れ込んで電気二重層トランジスタを作ったところ、100µmの厚さを持つCNTフィルムでもゲート制御とpn接合ができるようになりました。

このような工夫の結果、検出器の感度はpn接合(整流作用により電流を一方方向にのみ流す)の導入により約4倍上がりました。さらに、外界への熱放出抑制により約3倍上がり、合わせて約10~20倍の感度向上を達成することができました。

–– スキャナーとしてうまく機能したのですね。

河野: はい。完成したデバイスは、厚さ約100µmで、縦、横のサイズは用途に応じて調節できます。これを多数集積してアレイ状にすることでスキャナーに仕立てました。360度折り曲げ可能でバッテリー不要の、文字どおりフレキシブルかつウエアラブルなスキャナーです5。多チャンネルボードで電圧変化のシグナルを取り込んでコンピューターに送れば、連続して画像をモニターすることも可能です。

図2 実際のスキャン画像例
テラヘルツ波を用いて、人間の目には見えないものを可視化。上図は、半導体背後に隠されたクリップのリモート検知例。下図は、フレキシブルという特徴を用いて、円筒状の注射器の全方位検査を達成。大がかりな装置を用いることなく、立体計測が可能に。 | 拡大する

実際にこのスキャナーを使って、「紙に隠した金属」「白いプラスチックケース内に隠したガム」「半導体基板背後に隠したクリップ」「一部が破損した注射器」などをイメージングしたところ、隠したものや破損部位などをきれいに画像化することができました(図2)。現在の他技術では、注射器のような円筒形の全視野をスキャンするには数台のカメラが必要です。その点、1台で瞬時に全方位をスキャンできる今回の技術には大きな優位性があると自負しています。

–– 実用化への期待がさらに高まりそうです。

河野: フレキシブルでウエアラブルなところに大きなインパクトがあったようで、内外問わず、研究者や企業からたくさんの問い合わせをいただきました。その中には、「日用品内の異物を検知したい」といったものもありました。東工大は「以心電心ハピネス共創社会構築」という文部科学省のセンターオブイノベーション(COI)プログラムの中核拠点となっており、言葉の行き違いや空気の読み違いによるトラブルを未然に防止するコミュニケーション手段の整備、全世代が若さと活力を向上できるハピネス共創社会の構築などを目指した技術開発を進めています。今回の成果は、体温、生体組織中の水分量、炎症程度などの生体機能モニターとしても使えるため、このプログラムにも貢献できると思います。

実用化については、まずは近々に工場などで使えるものを作る予定です。単一の分子をテラヘルツ波で分光イメージングできる基盤技術も開発中で、すでに特許出願をしています。

–– 今回の論文はNature Photonicsに出されました。

河野: 成果の大きさやインパクトを考えて同誌に投稿しました。第一著者は私の研究室の学生で、博士論文になる予定です。

現在、私の研究室には、学部4年生から博士課程まで、総勢11人の学生がおり、グループを3つに分けて上級生が下級生を指導する体制にしています。1年くらいして研究に慣れてくると、こちらがワクワクするほど成長し始めます。学内でも、博士課程まで進む学生が比較的多いと言えるかもしれません。

–– ご研究の展開が楽しみです。

河野: テラヘルツ波やCNTは有用ですので引き続き研究を進めていきますが、これらのテーマに限定するつもりはありません。また、理学の基盤を応用に結び付けるという、私の研究の特長を生かしていけたらと思います。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

河野 行雄(かわの・ゆきお)

1996年東京大学教養学部卒業、2001年同大学大学院総合文化研究科広域科学専攻・博士課程修了。博士(学術)。2001年より同大学大学院理学系研究科物理学専攻・助手、理化学研究所・研究員を経て2011年東京工業大学量子ナノエレクトロニクス研究センター・准教授に着任。2016年より現職。ナノカーボン材料や半導体量子構造を用いたテラヘルツデバイス・計測システムの開発と応用開拓の研究を行っている。

河野 行雄氏

参考文献

  1. Kawano, Y. & Okamoto, T. Physical Review Letters 95, 166801 (2005).
  2. Kawano, Y. et al. Journal of Applied Physics 103, 034307 (2008).
  3. Kawano, Y. et al. Applied Physics Letters 95, 083123 (2009).
  4. Kawano, Y. & Ishibashi, K. Nature Photonics 2, 618–621 (2008).
  5. Suzuki, D., Oda, S. & Kawano, Y. Nature Photonics 10, 809–814 (2016).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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