神経の同調を回復させてアルツハイマー病を治療
脳の興味深い特徴の1つは、ニューロンネットワークの同調的活動を介して電気的振動が生じることである。このような脳リズムの周波数は、遅いデルタ振動(0.5~0.3Hz)からガンマ振動(30~90Hz)、そして超高速振動(90~200Hz)までと、その範囲の幅は数桁に及ぶ。これらのリズムはこれまでに、注意、知覚、学習および記憶といった基本的な神経プロセスに関係があると考えられてきた1。さらに、脳外傷、統合失調症、アルツハイマー病などいくつかの神経障害でガンマ振動の障害が観察されている2。Hannah F. Iaccarinoら3はこのたび、ガンマ振動の障害が、アルツハイマー病の特徴であるアミロイドβタンパク質(Aβ)の脳内蓄積の要因になるかもしれないという証拠をマウスで得たことを、Nature 12月8日号230ページで報告した。
アルツハイマー病患者の脳では、電気的活動の非同調性および、特にガンマ周波数の振動で同調性活動の消失が見られる2,4,5。また、マウスにヒトでアルツハイマー病を引き起こす遺伝子変異を組み込んだ場合でも、同様の電気的活動の変化が見られ6、あるモデルでは、正常なガンマ振動を回復させると記憶障害が低減することが示されている7。しかし、神経活動におけるこれらの変化が、病気の進行の基礎となる生物学的変化の原因の1つなのか、あるいは発病後に起こる二次的な現象なのかは分かっていない。
Iaccarinoらは、5XFADとして知られているアルツハイマー病のマウスモデルにおいて、ガンマ振動を発生させる神経活動がAβ蓄積に対してどのような影響を及ぼすかを調べ、これらのマウスでも他のアルツハイマー病マウスモデルと同様に、ガンマ振動が減弱することを明らかにした7,8。マウスでこの活動を回復させるために、遺伝子改変により、ガンマ振動の発生に関与する高速発火型パルブアルブミン介在ニューロンで光活性化イオンチャネルタンパク質のチャネルロドプシンを発現させた9。マウス脳の海馬領域に移植された光ファイバー光源を使ってチャネルロドプシンを活性化すると、同調的なニューロン発火とガンマ振動が引き起こされた。特筆すべきは、このような「ガンマ刺激」によって、疾病に関連するAβの海馬での蓄積が大幅に減少したことである。
ガンマ振動の増大は、どうやってこのような大きな影響を及ぼし得るのか? 最初の手掛かりは、Iaccarinoらが5XFADマウスの海馬でのRNA転写物を解析しているときに得られた。ガンマ刺激によって、ミクログリア(中枢神経系に常在する免疫細胞)の機能に関わる多くの遺伝子の発現が上昇することが分かったのだ。最も大きく影響を受けている遺伝子のいくつかはファゴサイトーシスと関連するものだった。ファゴサイトーシスとは、免疫細胞が細胞外物質を取り込んで、除去、分解する過程である。さらに、ガンマ刺激によってミクログリアは「活性化」型になりAβのファゴサイトーシスと一致して、Aβの細胞内レベルが上昇した(図1)。生化学的な実験で、ガンマ刺激はまた、アミロイド前駆体タンパク質のプロセッシングを変化させることも示唆され、Aβの産生が減少することが示された。従って、ガンマ刺激はAβの産生を減少させ、かつミクログリアによるAβ除去を増大させるという、2つの方式による効果を持つ可能性がある。
著者らは次に、ガンマ振動の自然発生を非侵襲的に誘発する手法を探究した。以前の研究10で、特定の周波数で点滅する光を使った視覚刺激が脳の視覚野でガンマ振動を引き起こすことが示されている。一連の見事な実験により、著者らは5XFADマウスに40Hzで点滅する光をわずか1時間当てるだけで、12~24時間、ガンマ振動が増大し、Aβレベルが著しく減少することを見いだした。治療を7日間繰り返すと、プラークと呼ばれる有害なAβ沈着の量が視覚野で約60%減少し、より長期的な効果がある可能性が示唆された。他の周波数やランダムな周波数の点滅光を当てた場合には、Aβレベルに対する影響は見られなかった。従って、Aβ沈着は特定のパターンの神経活動に対し非常に感受性が高いことが分かった。
光点滅処置は、野生型の高齢マウスでもガンマ振動を誘導し、Aβレベルを低下させた。この結果はAβ代謝調節におけるガンマ刺激の生理学的役割の1つと一致する。興味深いことに、この処置は前頭側頭型認知症のマウスモデルでのタウタンパク質の蓄積も減少させたことから、ガンマ振動を発生させる神経活動が、脳でのタンパク質恒常性に広範囲な影響を与えている可能性が示唆された。
この10年間で、神経ネットワークの機能障害が、アルツハイマー病の生物学的特徴と臨床症状に関与している可能性があると考えられるようになってきた11。まず、神経活動によって、脳の細胞を取り囲む間質液中のAβの局所濃度を調節できる可能性があることが観察された12。その後、神経変性疾患のマウスモデルで、神経結合の形状的な特徴が、タウとAβの凝集体の広がりを指示することが示された13,14。さらに、アルツハイマー病患者において、海馬と大脳皮質の間の回路接続性が、これら2つの領域間での神経原繊維変化と呼ばれる細胞内タウ凝集体の段階的広がりの主要な駆動因子であると提唱されてきた15。Iaccarinoらは、接続性だけでなく、神経活動のパターン、特にガンマ振動も役割を果たしていると考えている。今回のモデルでは、機能が障害された神経ネットワーク活動が、誤って折りたたまれたタンパク質の蓄積と広がりを促進し、それが次に回路をさらに障害するという有害な正のフィードバックループが生じていることが示された。
神経活動の特定のパターンに応じてミクログリアがAβを除去するという観察結果から、いくつかの疑問が生じる。同調的神経発火が何らかの因子の分泌を引き起こし、それがミクログリアを引き寄せて、ミクログリアのファゴサイトーシス活性を誘発するのだろうか? ならば、このような因子を治療薬として使うことは可能だろうか? このようなミクログリア刺激の様式は、健康な脳でもニューロン間のシナプス結合の機能と維持に役割を果たしているのだろうか? 最近の報告16,17で、ミクログリアがシナプス刈り込みを仲介していることが示唆されている。シナプス刈り込みは正常な脳発達の一部として起こる事象で、アルツハイマー病では異常をきたすようになるのかもしれない。またこの過程は、シナプスを構成する構造的要素のファゴサイトーシスと代謝回転に関与している可能性があり、この機能がAβなどのタンパク質凝集体の除去に転用されているのかもしれない。
「神経ネットワークを非侵襲的に調節して神経変性障害の治療に役立てる」という方法は有望であり、興味をそそられる。今回の研究は、アルツハイマー病では比較的影響を受けにくい視覚野で光を使ってガンマ振動を誘発した。アルツハイマー病などの障害で影響を受けやすい脳領域で、他の手法によりもっと全体的にガンマ振動を誘発できるかどうか調べることは重要だろう。例えば、瞑想のような行動的介入がガンマ振動を増やすという結果が示されている18。脳の深部領域の電気刺激は、薬剤が効かないパーキンソン病では効果的な治療法の1つだが、これを特定の脳領域でガンマ振動を誘発する方法として使用することも可能かもしれない。これらは、神経変性障害における神経ネットワークの役割をより深く理解することで生み出され得る多くの治療アプローチのうちの2つにすぎない。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2017.170327
原文
Neural synchronization in Alzheimer’s disease- Nature (2016-12-08) | DOI: 10.1038/540207a
- Liviu Aron & Bruce A. Yankner
- Liviu Aron & Bruce A. Yanknerは、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)に所属。
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