Editorial

タツノオトシゴの変わった特徴にゲノムから迫る

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170335

原文:Nature (2016-12-15) | doi: 10.1038/540316a | Sequence reveals genes behind bizarre sea-horse traits

タツノオトシゴのゲノム配列が解読され、この奇妙な生き物に特有の形質に関する手掛かりが得られた。

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James R.D. Scott/Moment/Getty

ギリシャ神話の神々は多忙だった。ポセイドンは、海を支配し、地震を発生させるだけでなく、動物を創造するという副業を持っていた。彼の最も有名な創造物はウマだった。ポセイドンは、自分が作り出したウマをこよなく愛し、そのうちの数頭に自分の二輪戦車を引かせて波を切って走らせた。海を走るこのウマは「ヒッポカンポス」(hippocampus;大ざっぱに訳すと「ウマの怪物」)と呼ばれ、魚の尾鰭のようなものと2つの前蹄があり、風の強い日には、海面の波や波の泡沫を切って走る姿を見ることができた。そのため、白波は今でもwhite horse(白馬)と呼ばれる。

タツノオトシゴ属(Hippocampus)の名前の起源はこの海のウマであるが、タツノオトシゴの起源にまつわる複雑な話は名前だけにとどまらない。ポセイドンのヒッポカンポスは古代世界の物語で最も美しい想像上の生物だが、現実のタツノオトシゴにも驚くべき独自の物語があるのだ。まず、タツノオトシゴのようなきゃしゃで優雅な姿の生物は、地球上にほとんど存在しない(当然のことながら、モデルであるウマと、タツノオトシゴに似ていることから名付けられた脳の海馬は除外する)。それに、タツノオトシゴは魚だが、うろこも普通の鰭もなく、骨板に覆われ、体を直立させて泳ぎ、一雌一雄関係を形成する。そして、最もよく知られている驚くべき特徴は「雄が妊娠する」ことだ。正確に言うと、魚として妊娠に限りなく近い機能を果たしているということで、卵から孵化した胚は、雄の育児嚢の中で稚魚に成長するまで過ごすのである。

このほど、タツノオトシゴの奇妙な特徴を徹底的に探究した 結果が発表された(Q. Lin et al. Nature 540, 395–399; 2016)。この論文には、タイガーテールシーホース(Hippocampus comes)のゲノムが新たに解読、解析された結果が記述されており、タツノオトシゴのユニークな特徴の遺伝的基盤に関する手掛かりとなることだろう。

この論文によれば、雄の育児嚢の中では、胚の孵化において役割を担う遺伝子ファミリーが高発現しているという。また、調節因子となりそうな遺伝子がいくつか失われており、このことがタツノオトシゴの奇妙な体形の進化を説明する上で役立つ可能性がある。例えば、タツノオトシゴの小さな口(管状の吻の先端)には歯がないが、実際、ゲノムには歯の発生に必要なエナメルタンパク質の遺伝子がなかった。また、肢発生を調節する遺伝子tbx4がなく、このことが腹鰭の欠損の一因となっている可能性がある。こうした発見に加え、奇妙な特徴が新たにまた1つ判明した。遺伝子の進化速度が、同じ真骨類に属する他の魚に比べて速いようなのだ。

このように、タツノオトシゴが特別な生物である理由は明らかになりつつある。だが、その未来は決して安泰ではない。タツノオトシゴは、約46種存在することが知られているが、その多くが絶滅危惧種に指定されている。それにもかかわらず、捕獲されて観賞用や乾燥食品、医薬品として全世界で流通している。また、タツノオトシゴはその強力なシンボル性から、フィリピンをはじめとする地域で海洋保護区設定を求めるなどの保全活動を促進するために利用されてきた。しかし、タツノオトシゴが暮らす海洋環境のかなりの部分で、環境汚染や生息に適した場所の減少が起こっており、その生息数に大きな被害を与えている。白馬という名の白波が海面を覆うことはあるだろうが、ヒッポカンポスは姿を消しつつある。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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