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未踏の領域に踏み出した自己集合体

Credit: VM3Productions/iStock / Getty Images Plus/Getty

大きな分子集合体を効率的に合成する手法である自己集合法は、自然を手本にすることで開発されてきた。自然界では、例えばタンパク質のように複数のサブユニットが自発的に集まって、ウイルスの殻(キャプシド)などの複雑な階層構造が形成される。今回、東京大学の藤田大士と藤田誠らは、こうした自己集合現象を使って、既知のケージ状人工構造体としては過去最大の構造体の合成に成功し、Nature 2016年12月22/29号563ページに報告した1。このケージ状構造体は、144個もの構成要素からなるほぼ球形の外殻構造体で、正確な原子組成を持つ。

建築のような巨視的な世界では、建設用地で多くの建設作業員が一斉に建築資材を積み上げ、建築家の設計に沿って形を与えていく。これに対し、分子建築家とみなされる合成化学者2は、ナノメートルスケールの分子建築を全く違ったやり方で作り上げる。従来の合成プロトコルでは、目的の化合物は逐次的なステップによって組み立てられる。それぞれのステップ後には生成した中間体を精製する必要があるため、時間を要し、収率の低下も避けられない。このため、ターゲットとする分子の大きさと複雑さには限度があり、これまでに合成された中で最も複雑な構造の分子でも、その構成原子数はわずか数百個で、長さはたかだか数ナノメートルだ3

そのため化学者は、自己集合を幅広く使って、多様な形状と構造を持つ分子超構造体をさまざまな長さスケールで合成するようになった。メタロ超分子化学分野では、ビピリジル分子(金属イオンと結合するサイトを2つ持つ)などの二官能性有機配位子とパラジウム(Pd2+)などの金属イオンの自己集合が行われており、生成物として多面体が組み上がることがある。その際、金属イオンは頂点の役割を、有機配位子は各頂点をつなぐ辺の役割を果たす。

こうした化合物の個々の配位子が他の配位子と交換する現象が起こるならば、系は溶液中で素早く再配列し、唯一の生成物または主生成物としてエネルギー的に最も安定な構造体を形成することになる。そうした動的な条件の下では、最終的な自己集合体の構造とトポロジーは、主として3つの要因に支配される。すなわち、1)長くつながったポリマー生成物よりも、金属が占める結合サイトの数が最大になるような閉殻(閉じた)構造が優先的に生成する4。2)エントロピーが最大になるという熱力学第二法則に従うため、大型集合体よりも小型ケージを数多く生成する方が有利となる。3)区別できないサブ構成要素を持つ「等方性」構造体が優先的に形成される(この構造体は、表面エネルギーが最低になり、局所ひずみが集合体全体に等しく分散している)。従って、自己集合で最も有利な構造は、形状対称性の高いプラトンの立体(立方体や正八面体などの凸型正多面体)、またはアルキメデスの立体(異なる正多角形が同一頂点を共有する半正多面体)ということになる。

設計上の制約は他にもある。例えば、配位子を平面正方形状につなぐ(つまり、正確に4本の辺を各頂点に集める)ためには、パラジウムイオンが必要だ。以上をまとめると、パラジウムイオンと二官能性配位子の自己集合でターゲットになり得る構造は、式PdnL2nnがとり得る値は6、12、24、30、60の5つ、Lは配位子を表す)で表される5種類のケージに絞られる5(図1a)。

図1 自己集合で分子多面体を組み立てる。
a. パラジウム(II)イオン(Pd2+)とビピリジル配位子(L)を自己集合させることによって、一般式PdnL2nnは6、12、24、30、60)で表される5種類の多面体が合成可能と予測されている5。実際に、この20年間でそのうち4種類が合成された6–9
b. 藤田らがaの多面体群のうちこれまで合成されていなかったPd60L120を合成しようとしたところ、意外にもこれまでに知られていなかったトポロジーを持つ構造体Pd30L60が得られた。この多面体は、無限種の多面体からなるゴールドバーグ多面体群(図には5種類しか示されていない)の1つである。藤田らはさらに、一回り大きいゴールドバーグ多面体の合成を試み、Pd48L96を得ることができた。今回の成果は、より大きくより複雑な集合体を探索する研究に道を開くものといえる。

藤田誠の研究グループは、この20年の間、自己集合研究領域を切り開き続けており、これら5種類の構造体のうち4種類(すなわちPd6L12正八面体6、Pd12L24立方八面体7、Pd24L48斜方立方八面体8、Pd30L60二十・十二面体9)の合成に成功している。出来上がる構造のタイプは、配位子の設計に依存している。例えば、ビピリジル配位子の2つのピリジルユニットが作る折れ曲がり角度は最重要なパラメーターであり、この角度がわずかに変化するだけで、Pd12L24ではなくPd24L48が生成するようになる8

今回の研究では、藤田らは、上記5種類のうちこれまで合成したことのない最後の1つPd60L120斜方二十・十二面体をターゲットに定めていた。ところが意外にも、生成したのはPd30L60ケージであった。このケージの単結晶X線構造解析結果は、先に報告したPd30L60二十・十二面体9とは明らかに異なっていて、しかも、そのトポロジーは、プラトンの立体にもアルキメデスの立体にも該当しないことが分かった。このため、藤田らは、天然や人工の集合体として観察されたことのない新種の多面体が存在すると考えた。その新種の多面体とは、4価(各頂点に4本の辺が接続)のゴールドバーグ多面体の1種で、24枚の四角形からなる系に8枚の三角形が均等に組み込まれた閉殻骨格(図1b)を持つ。この構造体は、数学者によって理論的可能性は報告されていたが10、実在する物質として報告例はなかった。なお、12枚の五角形と20枚の六角形でできた多面体に代表される3価のゴールドバーグ多面体は、フラーレン構造やウイルスキャプシドなど、自然界や生物システムでよく見られる。

藤田らの今回の成果で印象的なのは、4価のゴールドバーグ多面体群の中では、今回単離されたPd30L60よりも一回り大きいPd48L96の方が安定であると予測し、実際に、より高い温度での自己集合を試みて、反応生成物の中からPd48L96を分離したことだ。Pd48L96は、これまで合成された正確な原子組成を持つ分子構造体の中で間違いなく最も複雑な分子構造体で、144個もの構成要素から192の金属–配位子相互作用によって構築されている。

では、自己集合で形成可能な最大のケージ構造は何だろうか? ゴールドバーグ多面体を拡張していくことでできる多面体は無限である。原理上、サイズの上限がないのだ。しかし、大型ケージの自己集合に伴うエントロピーペナルティーを克服しつつ、不要な小型ケージの高速生成を避ける必要があるため、大型化を進めるにつれ困難さは増すことになる。

大型ケージに実用化の可能性はあるだろうか? 大型ケージの化学や特性の研究は、個々の結晶合成ではなく、特に大量合成の難しさによって大きく阻まれる可能性がある。溶液中や固体状態でケージ構造が完全さを維持できるかについても、あらゆる用途で未知であり、かつ重要な問題だ。しかしながら、こうした巨大金属有機集合体は、タンパク質などの巨大生体分子を封入してホスト–ゲスト相互作用によって安定化し、非天然条件下でその構造を制御できる可能性がある。

人工的自己集合過程にどの程度の価値があるのかについてはさておき、藤田らの構造体は、他の科学領域からの関心を呼び起こす可能性がある。例えば、数学者は自己集合のターゲットとしてよりエキゾチックなトポロジーを探索するようになるかもしれないし、生物学者はウイルスキャプシドなどの大きな生体分子集合体に思いもよらなかったトポロジーを見いだすかもしれない。藤田らが合成した傑作が未開拓の化学領域に向けての出発点となるかどうかは、時とともに明らかになるだろう。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170332

原文

Unexplored territory for self-assembly
  • Nature (2016-12-22) | DOI: 10.1038/540529a
  • Florian Beuerle
  • Florian Beuerleはヴュルツブルク大学(ドイツ)に所属。

参考文献

  1. Fujita, D. et al. Nature 540, 563–566 (2016).
  2. Smulders, M. M. J., Riddell, I. A., Browne, C. & Nitschke, J. R. Chem. Soc. Rev. 42, 1728–1754 (2013).
  3. Nicolaou, K. C. et al. Nature 392, 264–269 (1998).
  4. Kramer, R., Lehn, J. M. & Marquis-Rigault A. Proc. Natl Acad. Sci. USA 90, 5394–5398 (1993).
  5. Harris, K., Fujita, D. & Fujita, M. Chem. Commun. 49, 6703–6712 (2013).
  6. Suzuki, K., Tominaga, M., Kawano, M. & Fujita, M. Chem. Commun. 1638–1640 (2009).
  7. Tominaga, M. et al. Angew. Chem. Int. Edn 43, 5621–5625 (2004).
  8. Sun, Q.-F. et al. Science 328, 1144–1147 (2010)
  9. Fujita, D. et al. Chem 1, 91–101 (2016).
  10. Brinkmann, G. & Deza, M. J. Chem. Inf. Comput. Sci. 40, 530–541 (2000).