ハート模様に秘められた冥王星の物語
はやりの自撮り写真ではないが、2015年7月にNASAの探査機ニューホライズンズが撮影した冥王星の画像は、まさに「奇跡の1枚」だった(図1)。明るく滑らかなハート形の領域が印象的な、このとっておきの「顔」は、惑星科学者から子どもたちまで多くの人々を魅了し、2006年に惑星の地位を剥奪された冥王星への関心をよみがえらせた。そしてこのたび、科学者たちがこのハート形の領域について研究してきた成果が、Nature 2016年12月1日号に4編の論文として掲載された1-4。これらの報告からは、この領域が、凍った有害化学物質の緩やかな堆積、猛烈に冷たい風、氷殻のひび割れ、表面下に広がる極低温の海、そして天体規模の「側転」といったさまざまな要素の相互作用によって形成されたことが明らかになった。冥王星は、かわいらしい模様を身にまとってはいるものの、やはり惑星科学でつづられた物語なのだ。
冥王星は、水氷と岩石からなるサイズが月の3分の2程度の準惑星で、「カイパーベルト天体(太陽系外縁天体とも呼ばれる、海王星より遠い軌道を周回する小天体群)」の1つでもある。冥王星の表面を覆う水氷の外殻は、山々を形作ったり、その下のテクトニクス活動に応じて断裂や断層を生じたり5、天体衝突の際に衝突クレーターを形成したりと6、地球の岩盤に似た挙動を示す。
1930年の発見以来、天文学者たちは地上から、冥王星が遠方の恒星の手前を横切る様子を数十年にわたって観察してきた。こうした「トランジット法」で観測された恒星の光のスペクトル変化の様子から、冥王星の大気が窒素とメタン、一酸化炭素で構成されていることが明らかになっている7。これらの揮発性物質はいずれも、冥王星の温度範囲では固体でも気体でも存在し得る。冥王星の自転軸は120°も傾いていて、その公転軌道は離心率が大きな楕円軌道であるため、表面に当たる太陽光の量とパターンは1年(地球の約9万560日に相当)の間に劇的に変化し、こうした大きな変動の結果、揮発性物質はある場所では氷になり、ある場所では昇華(液体を経ない固体から気体への相転移)する。冥王星の氷はこうして、表面上を移動するのである。
冥王星のハート形の領域の左半分は非公式に「スプートニク平原」と呼ばれており、その地質学的特徴は非常に独特で、太陽系の他のどの天体にも見られないことが分かっている。スプートニク平原は、水氷の殻がくぼんだ地形に、大気を構成しているのと同じ揮発性物質の氷が堆積した構造をしており8、大気と同じ成分の氷の厚さは約4km7,9と地球の海の平均深度に近い。その表面は滑らかで、形成されてからまだ1000万年ほどしかたっていないという6。今回新たに報告された4編の論文は、ニューホライズンズのデータを用いて、この極めて特殊な平原の起源と、この平原が冥王星全体へどのような影響を及ぼしているかを説明している。
気象力学研究所(フランス・パリ)のTanguy BertrandとFrançois Forget1(86ページ)は、窒素やメタン、一酸化炭素の霜が太陽光で暖められた地域から昇華して、温度の低い地域や低地で氷になる様子を数値的にシミュレーションした。得られたシミュレーションモデルは、数十年間に及ぶ望遠鏡での観測で記録されてきた全球への霜の堆積の経時変化を見事に再現しており7、このモデルからはまた、低緯度域の盆地では霜が厚さ数kmまで容易に堆積し得ることも明らかになった。
メリーランド大学(米国カレッジパーク)のDouglas Hamiltonら2(97ページ)は、低緯度域のこの領域は冥王星の軌道要素を考慮すると最も低温になる領域であるため、ここに霜が堆積したのは「必然だった」と指摘している。また、スプートニク平原の明るい氷は、他の暗い領域に比べてアルベド(太陽光を反射する割合)がはるかに高く、吸収される太陽光が少ないために温度はより低くなる。これが昇華を抑制しつつ霜の堆積を促す結果、この領域で霜が加速度的に成長したと考えられる。さらに、堆積した霜は周囲にある水氷よりも密度が高いため、この領域はその重みでさらに沈み込んだという。
Hamiltonらと、アリゾナ大学(米国トゥーソン)のJames Keaneら3(90ページ)、およびカリフォルニア大学サンタクルーズ校(米国)のFrancis Nimmoら4(94ページ)は、こうした霜の堆積を受けて冥王星の内部がどのように変化してきたかも明らかにしている。冥王星は完全な球形ではなく、衛星カロンの重力の影響でわずかに卵形をしている。そのため、冥王星とカロンは互いの長軸同士を整列させるような配置をとることで、系のエネルギーを最小にしている。こうした「潮汐固定」の結果、冥王星とカロンはあたかも硬い棒でつながれているかのように、互いに常に同じ面を向けつつ軌道運動しているのである(図2)。スプートニク平原はちょうど、この2天体をつなぐ軸(潮汐軸)の延長線上の、カロンとは反対側に位置している。
ところが、スプートニク平原は最初からこの場所にあったわけではなかった。巨大な衝突事象に起因すると考えられているこの盆地は、Keaneらによると、おそらく現在の場所の北西で形成されたという。その後、膨大な量の霜の堆積によって密度が増大したことで、この盆地は系のエネルギーを最小にしようとするカロンの潮汐力によって潮汐軸の場所へと引き寄せられ、冥王星は約60°も傾いた。冥王星の表面で観測されている全球規模の峡谷や山脈は、この大規模な再配向(真の極移動)に伴う張力や圧縮力によって水氷の殻が断裂して形成されたと考えられる3。ただしこのシナリオは、スプートニク平原の質量が過剰になっていることが前提となる。Nimmoらは、水氷の殻が薄く、その下に液体の海が存在する場合にのみ、このような質量過剰が可能であることを示しており、Keaneらもまた、表面下の海の存在とその凍結膨張による氷殻の断裂を示唆している。こうした海の存在は過去の知見とも一致する8。
今回の4編の論文はまさに、現代の惑星科学の推理力の証しといえよう。研究者たちはそれぞれ、ニューホライズンズが撮影した単一の画像データセットに基づき、他の惑星の研究から得られた知見を活用して、冥王星のハート模様の謎の解明に挑んだのだ。だが、新たな冥王星ミッションが予定されていない現状で、将来これらの研究を検証することはできるのだろうか? BertrandとForgetは、シミュレーションの結果から冥王星の北半球の霜が今後数十年で消失すると予想しており、これは望遠鏡でも観測できる可能性がある。しかしそれ以外の研究では、数値モデル以外の仮説の検証方法はほとんど提案されていない。
とはいえ、スプートニク平原が形成される原因となった過程は、他の惑星体でも作用している。例えば、火星の表面でも、同じような霜の移動と堆積が起きており10、月11や火星12、土星の衛星エンセラダス13は、地殻上への物質の堆積に起因する再配向を経験している。モデルとデータの比較がさらに進み、こうした過程のシミュレーションが向上することで、おそらく冥王星についての私たちの理解が深まり、今回の解釈に対する支持や別の解釈が出てくることだろう。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2017.170330
原文
Pluto’s telltale heart- Nature (2016-12-01) | DOI: 10.1038/540042a
- Amy C. Barr
- Amy C. Barrは、惑星科学研究所(米国アリゾナ州トゥーソン)に所属。
参考文献
- Bertrand, T. & Forget, F. Nature 540, 86–89 (2016).
- Hamilton, D. P. et al. Nature 540, 97–99 (2016).
- Keane, J. T., Matsuyama, I., Kamata, S. & Steckloff, J. K. Nature 540, 90–93 (2016).
- Nimmo, F. et al. Nature 540, 94–96 (2016).
- Hammond, N. P., Barr, A. C. & Parmentier, E. M. Geophys. Res. Lett. 43, 6775–6782 (2016).
- Moore, J. M. et al. Science 351, 1284–1293 (2016).
- Elliot, J. L. et al. Astron. J. 134, 1–13 (2007). 8. Grundy, W. M. et al. Science 351, aad9189 (2016).
- Stern, S. A. et al. Science 350, aad1815 (2015).
- James, P. B., Kieffer, H. H. & Paige, D. A. in Mars (eds Matthews, M. S., Kieffer, H. H., Jakosky, B. M. & Snyder, C.) 934–968 (Univ. Arizona Press, 1992).
- Keane, J. T. & Matsuyama, I. Geophys. Res. Lett. 41, 6610–6619 (2014).
- Perron, J. T., Mitrovica, J. X., Manga, M., Matsuyama, I. & Richards, M. A. Nature 447, 840–843 (2007).
- Nimmo, F. & Pappalardo, R. T. Nature 441, 614–616 (2006).