グラフェンでスライム状玩具が圧力センサーに!
欧米には「シリーパティー(Silly Putty)」の名で長年親しまれている、スライムに似たシリコーン(ケイ素系ポリマー)製の玩具がある。この玩具は、液体さながらに「流れる」が、丸めて床などに投げ付けると跳ね返り、簡単に伸ばしたりちぎったりできる上、物体同士を接着させることにも優れている。今回、この奇妙で特殊なポリマー材料にはやりの単層材料グラフェンを混ぜ込むと、その電気機械的性質が大きく変化して、ヒトの脈拍や小さなクモの繊細な足取りなど、微小な圧力を検知できるようになることが明らかになった1。「Gパティー」と名付けられたこの新材料は、脈拍や血圧を継続的にモニタリングするデバイスとして利用できる可能性がある。また、Gパティーにはある種の自己修復能力もあるため、よりスマートなグラフェン系複合材料の先触れとなるかもしれない。
グラフェンは炭素原子1個分の厚みしかないシート状の二次元材料で、強靭さと優れた導電性を併せ持つ。2004年に単離が報告されて以来、研究者たちはこの素晴らしい特性を生かせる複合材料を創出しようと、グラフェンをさまざまな材料に加えてきた。だが意外にも、シリーパティーのような「粘弾性」材料にグラフェンを混合する試みは、ほとんど行われてこなかった。粘弾性材料とは、弾性固体の性質と液体の性質を併せ持つ材料のことである。
Gパティーの誕生秘話について、今回の研究を率いたダブリン大学トリニティ・カレッジ(アイルランド)の物理学者Jonathan Colemanはこう振り返る。「慎重に計画した上での実験だったと言いたいところですが、そうではありませんでした」。グラフェンをシリーパティーに混ぜることを思い付いたのは、彼の研究室に所属する研究者Conor Bolandだった。「私たちの研究室には、どこの家にでもあるようなものを使って科学をする、という伝統があるのです」とColeman。例えば、彼のチームは2014年に、料理用のミキサーでグラファイトを粉砕するとグラフェンが得られることを発見している2。
医療への応用
ColemanとBolandは、シリコーンオイルとホウ酸を混ぜて作った自家製のシリーパティーに、グラフェンの薄片(厚さ約20原子層分、長さ約200〜800nm)を混合してGパティーを作製した。そして、この濃灰色をしたポリマー材料の性質を調べたところ、導電性があり、わずかな圧力を加えただけで電気抵抗が劇的に変化することが分かった。Gパティーの圧力センサーとしての感度は、他のナノ複合体センサーより10倍以上も優れていた。
Gパティーの塊に配線をつないで学生の首に軽く押し当てたところ、頸動脈の脈拍が電気抵抗の変化としてモニター上にはっきりと現れた。検出された脈拍の波形は非常に細かい特徴まで捉えており、この波形からは正確な脈圧値も得られた。Gパティーでできたこのセンサーは他にも、学生の胸に当てると呼吸をモニタリングでき、少し趣旨が変わるが、体重わずか20mgしかない小さなクモの歩行さえも記録できたという。
イタリア学術会議(ボローニャ)の材料科学者Vincenzo Palermoは、「彼らは、この材料の汎用性の高さを見事に実証しました。実に独創的な素晴らしい研究だと思います」と称賛する。この研究は、Science 2016年12月9日号に掲載された1。
グラフェンのネットワーク
Colemanらは、Gパティーがこれほど優れたセンサーになり得る理由を、無数のグラフェン薄片がGパティー中で導電性のネットワークを形成しているためだと説明する。Gパティーが変形すると、内部に分散されたグラフェン薄片もその位置関係が変わり、元のネットワークが壊れて新たなネットワークを形成するようになる。こうしたネットワークの接続の変化が電気抵抗の変化として現れるのだという。例えば、Gパティーが外力により変形した直後は、グラフェンのそれまでのネットワーク接続が断たれることで電気抵抗が急上昇するが、やがて新たなネットワークを形成することで電気抵抗もゆっくりとだが減少する。こうした導電性ネットワークの再形成能力について、Colemanは「ある種の自己修復現象ですね」と言う。
Gパティーの継続的な生理学的モニタリングへの応用については、すでに複数の医療機器メーカーが興味を示しており、実際に話し合いも進められているという。現在の血圧測定はまだ、かさばるカフ(腕帯)を腕に巻いて血管を圧迫する方法が主流で、データも計測時の断片的なものしか得られない。小型で非侵襲的なセンサーを安価で利用できるようになれば、患者の状態を自宅で簡単にモニタリングすることも可能になるだろう3。
フィンランド国立技術研究センター(VTT)のグラフェン研究者Sanna Arpiainenによると、ノキア社(フィンランド・エスポー)などの企業が、グラフェンセンサーの医療分野での応用に興味を示しているという。とはいえ、Gパティーの実用化についてはまず、大量生産が可能であることの証明や、長期的な性能を評価するための実地テストなど、一連のハードルをクリアしなければならない。「実用化に漕ぎ着けるには、同じ動作を何千回と問題なく繰り返せることを証明する必要があるのです」とPalermoは説明する。
問題といえば、今回の研究では、とある想定外の出来事があった。Gパティーを使って2匹のクモの歩行を比較できるか検証しようとしたBolandが少しの間席を外していたところ、その間に大きい方のクモが小さい方のクモを食べてしまっていたというのだ。「彼はこれで、動物を使った実験の難しさを思い知ったでしょうね」とColeman。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2017.170205
原文
Graphene-spiked Silly Putty picks up human pulse- Nature (2016-12-08) | DOI: 10.1038/nature.2016.21133
- Mark Peplow
参考文献
- Boland, C. S. et al. Science 354, 1257–1260 (2016).
- Paton, K. R. et al. Nature Mater. 13, 624–630 (2014).
- Petera, L., Nouryb, N. and Cernya, M. IRBM 35, 271–282 (2014).
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