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南極海に巨大な海洋保護区

南極海のロス海は、地球上で最も人間の手が加わっていない生態系の1つであり、多様な海洋生物が生息している。 Credit: PAUL NICKLEN/NATIONAL GEOGRAPHIC/GETTY

米国、中国、ロシア、日本などを含む24カ国と欧州連合(EU)は2016年10月28日、4年間にわたる協議の末、南極大陸沿岸の南極海に面積155万km2の世界最大の海洋保護区(MPA)を設けることで合意した。この海域では、公海であるにもかかわらず、ほぼあらゆる漁業が禁じられることになり、海洋の自然環境保護において大きな前進といえる。

この海洋保護区はロス海(南極大陸の深い湾入部で、ニュージーランドの約3500km南に位置する)にあり、その面積は日本の国土の約4倍に相当する。「南極海洋生物資源保存委員会」(CCAMLR)の25の全参加国・組織が、オーストラリアのホバートで開かれていたCCAMLR年次会合で同日、合意した。この取り決めは2017年12月に発効する。

公海は、特定の国の主権に属さず、各国が自由に使用できる海だ。これまでに設けられた海洋保護区の多くは、公海ではなく、特定の国に属している。ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)の海洋生物学者Daniel Paulyは、「これまでは公海を保護したくても何もできないと考えられてきました。今回指定された保護区は、その考えを打ち破る最初の一歩です」と話す。科学者たちは今、海洋を保護する取り組みを、特に南極大陸周辺の生態学的に貴重な他の海域でも加速させたいと考えている。

今回のロス海の海洋保護区案は、2012年に米国とニュージーランドが提案し、CCAMLR参加国・組織がその可否について議論してきた。提案以来、ロシアが繰り返し反対してきたが、今回ロシアが賛成に回ったことで合意が実現した。この問題に詳しい関係者は、ロシアの態度が変わったのは、米国のジョン・ケリー国務長官とロシアのセルゲイ・ラブロフ外相との間でここ数カ月間に持たれた水面下の交渉の結果だったようだ、とみる。ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の海洋環境管理の専門家Peter Jonesは「現在の国際政治の状況では、いかなる合意であれ、ロシアの支持が得られることはとても前向きなシグナルです」と話す。

ロス海は比較的健全ではあるが、漁業活動は増加し、捕食性のライギョダマシとマジェランアイナメ(日本の市場でともにメロと呼ばれる)の資源量に影響し始めている。エビに似た甲殻類で、南極大陸の海洋食物連鎖において重要な生物であるナンキョクオキアミも減少している。

今回の合意には妥協もあった。保護区の大部分(111万7000km2)では、CCAMLRの対象外である鯨類とアザラシを除く、あらゆる漁業が禁じられるものの、中心部から離れた32万2000km2の「オキアミ調査区域」では「調査漁獲」と呼ばれる管理されたオキアミ漁が認められる。また、別の11万km2は「特別調査区域」とされ、オキアミとメロの制限された漁業が許される(「ロス海の海洋保護区」参照)。

ロス海の海洋保護区
南極大陸沿岸のロス海に新たに設けられる海洋保護区は、保護レベルの異なるいくつかの区域に分かれている。 Credit: SOURCE: ANTARCTIC OCEAN ALLIANCE

ロス海に次いで大きな海洋保護区は、北西ハワイ諸島周辺の米国の排他的経済水域内に設けられた、パパハナウモクアケア海洋国立モニュメントだ。ロス海の海洋保護区の総面積はハワイの保護区よりもわずかに大きいが、ほぼあらゆる漁業が禁じられる海域は逆に小さい。Jonesは「ロス海では、ロシアの大規模な漁業船団が操業しています。ロシアの同意を得るためには妥協が必要だったのかもしれません」と話す。

また、今のところ、「満期条項」により、この保護区は35年で無効になることが規定されている。国際自然保護連合(IUCN)の規定では、海洋保護区は恒久的でなければならないとされているため、今回の保護区はIUCNが定義する海洋保護区の条件を完全に満たしてはいない。米国・ワシントンDCを拠点とする環境保護組織「南極海洋アライアンス」の代表Mike Walkerは「私たちは、これを本当に残念に思っています。海洋の自然環境を保護する最良の方法はそれを永久に保護することです。いずれ、各国もそれを理解してくれるはずだと私たちは確信しています」と話す。

喜ぶ研究者ら

科学者たちの多くは、今回の合意を熱烈に歓迎している。オレゴン州立大学(米国コーバリス)の海洋生物学者Kirsten Grorud-Colvertは「ロス海は、地球上で最も人間の手が加わっていない生態系の1つです」と話す。しかし、そうした生態系は人間活動や気候変動に影響されやすい。「今回の海洋保護区の指定により、ある海域を漁業を行わずに残せば、それは環境研究における基準点になります。また、生態系が気候変動にどのように応答するかを評価し、回復力をどのようにして育むかを学ぶ研究の場にもなります」と彼女は話す。

Paulyも「ロス海は、海洋哺乳類や海鳥やその他の海洋生物が完全にそろった『機能している自然の生態系』が残っている、世界で最後の場所の1つであり、それを守ることができます」と保護区指定を評価する。

しかし、海洋保護区の指定だけでは、漁業の操業域を別の場所に移すだけで、魚の乱獲問題の解決にはならない可能性があり、海洋生物の多様性が失われることを止めることはできないと警告する専門家もいる。ワシントン大学(米国シアトル)の水産業研究者Ray Hilbornは「漁業が問題ならば、漁業による負荷を減らすべきであって、操業場所をよそへ移せばいいというわけではありません。これでは、MPA(Marine Protected Area、海洋保護区)は『Move Problems Elsewhere』(問題をどこかへ移す)を意味していると揶揄されても仕方ないでしょう」と話す。

2017年、CCAMLRは、東南極大陸沿岸とウェッデル海にそれぞれ今回とほぼ同じ大きさの保護区を作る提案について協議する。一方、チリとアルゼンチンは、南極半島を取り囲む公海を保護する計画を進めている。南極半島は、南極大陸で最も急速に温暖化が進んでいる場所だ。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170208

原文

World’s largest marine reserve hailed as diplomatic breakthrough
  • Nature (2016-11-03) | DOI: 10.1038/nature.2016.20900
  • Quirin Schiermeier