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がん細胞は脂肪を利用して転移する

脂肪細胞(写真)は、がんが全身に転移する仕組みに重要な役割を担っている可能性がある。 Credit: Steve Gschmeissner/SPL/Getty

がん細胞が、発生した部位から全身に広がる過程は転移と呼ばれ、がんによる死亡の主な原因である。マウスでの研究から、がんの転移を担う細胞が、浸潤を行う際のエネルギー源として脂肪に依存している可能性が報告された。がん細胞の致命的な弱点を発見したのかもしれない。

非がん細胞は、属する組織から離れると自己破壊が起こるようプログラムされていることが多い。がん細胞にとっても、存在している場所を離れて血流に入り、血流中を移動し、体内の全く異なる場所に定着することは、困難と危険を伴う行為である。研究者たちは長い間、転移能を持つがん細胞とはどんな細胞で、どのように転移を行うのか、解明しようと取り組んできた。

このたび、バルセロナ科学技術研究所・生物医学研究所(スペイン)のSalvador Aznar Benitahが率いる研究チームは、マウスにおいて、転移が可能な口腔腫瘍細胞の1集団を突き止め、さらに、この細胞集団が脂肪を栄養にして転移を実行している可能性があることを明らかにした。この結果はNature 2017年1月5日号に掲載された1。「転移能を持つと考えられるがん細胞を特定し、それが転移する仕組みを明らかにしたことは大きな前進です。容疑者が分かり、追跡できるようになったのです」と、ベイラー医科大学(米国テキサス州ヒューストン)のがん研究者Xiang Zhangは言う。彼は、この研究には関与していない。

Benitahらは、転移能を持つと考えられるがん細胞を見つけ出すために、口腔がん細胞の中で腫瘍を播種できるがん細胞を探索した。すると、その細胞集団内に、細胞が環境から脂質を取り込む際に役立つCD36と呼ばれる分子を高発現する細胞がいくらか見つかった。

Benitahらは、さすらいの腫瘍細胞にとって脂質がエネルギー供給源になるのではないかと考えた。シカゴ大学(米国イリノイ州)の婦人科腫瘍専門医Ernst Lengyel(この研究には関与していない)は、「転移には多くのエネルギーが必要です。細胞が異なる環境に適応するには、できるだけ早く、タンパク質の発現を再プログラム化し、定着するための足場を確立して、増殖を開始しなければなりません」。

転移を阻止

Benitahらの研究チームは、マウスでの転移にはCD36の高発現が必要であることを見いだした。CD36を遮断する抗体(脂肪酸との相互作用を阻止する)を投与すると、原発性腫瘍の発生には影響を及ぼさなかったが、転移を完全に抑制したのだ。

また、公開されているデータベースを調べたところ、膀胱がん、肺がん、乳がんなどのがん患者の医学的転帰不良とCD36の高発現が相関していることが分かった。

現在、Benitahの研究チームは、臨床試験に使用できる抗CD36抗体の開発に取り組んでいるが、彼はその実現には少なくとも4年はかかると考えている。このような治療は、がんが転移を開始した後でさえも有効な可能性があると彼は言う。マウスでは、転移開始後でも、実験的な抗CD36抗体の投与により転移腫瘍の15%が排除され、残りの転移腫瘍は少なくとも80%退縮した。

さらに研究チームは、転移に関連する別の知見も報告している。高脂肪食を摂取させたマウスは、通常の食餌を摂取させたマウスよりも、リンパ節および肺にある腫瘍がより多く、かつ、より大きかった。リンパ節や肺の腫瘍の存在は転移の徴候とされている。現在、Benitahの研究チームは、がん患者の血中脂質プロファイルとがん細胞の転移との間に何らかのつながりがないかを調べており、がん患者1000人の登録を目指して研究を行っている。

しかし現段階では、特に、高栄養食が必要となり得るがん患者に対し、「『脂肪を多く含む食事を避けるように』と言うのは早過ぎます。これは非常に危険なメッセージです」と、Lengyelは言う。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170203

原文

Fat fuels cancer’s spread in mice
  • Nature (2016-12-07) | DOI: 10.1038/nature.2016.21092
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Pascual, G. et al. Nature 541, 41–45 (2017).