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ノーベル物理学賞は重力波を検出した3氏に

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2017.171209

原文:Nature (2017-10-05) | doi: 10.1038/nature.2017.22737 | Gravitational wave detection wins physics Nobel

Davide Castelvecchi

重力波観測装置LIGOにより重力波の検出を成功させたレイナー・ワイス、バリー・バリッシュ、キップ・ソーンの3氏がノーベル物理学賞を共同受賞した。

重力波検出に貢献した3氏。左からバリー・バリッシュ、レイナー・ワイス、キップ・ソーン。 | 拡大する

LEFT: CALTECH; CENTRE: BRYCE VICKMARK/MIT; RIGHT: CALTECH ALUMNI ASSOC.

重力波の初の直接検出に関して主要な役割を果たした3人の物理学者が、2017年のノーベル物理学賞を勝ち取った。マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)のレイナー・ワイス(Rainer Weiss)と、カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)のバリー・バリッシュ(Barry Barish)およびキップ・ソーン(Kip Thorne)は、米国のレーザー干渉計重力波観測所LIGO(ライゴ:Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)で初めて重力波を検出した業績に対して、900万スウェーデンクローナ(約1億2000万円)を授与される。2015年9月、ルイジアナ州リビングストンとワシントン州ハンフォードの2カ所に建設されたLIGOの一対の観測装置は、はるか彼方のブラックホール同士の衝突が引き起こした時空の歪みを捉えた。

2016年2月に発表されたこの発見は、宇宙で最も激烈な事象が引き起こす時空の振動に耳を澄ませる、天文学の新分野を切り拓いた。これによりアルベルト・アインシュタインが1世紀前に予言していた重力波の存在が確認された。

LIGOの双子の巨大検出器は、ワイスおよびソーンと、今年3月7日に死去したロナルド・ドレーバー(Ronald Drever)という3人の物理学者によって共同で設置された。1997年から2005年までLIGOの所長を務めたバリッシュは、混沌としていたLIGOコラボレーションを円滑に機能する組織に変えたことで知られる。

ノーベル委員会によるインタビューでワイスは、「今回の賞は、重力波の検出を目指して40年にわたり献身的に努力してきた約1000人の科学者全員のものだと思っています」と語った。彼は賞金の半分を授与され、残りの半分をバリッシュとソーンが等分する。

どこまでも伝わる波

重力波イベントの1つである、ブラックホールの衝突をシミュレートした画像 | 拡大する

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LIGOによる発見以前から、重力波の存在を疑う物理学者はほとんどいなかった。時空の歪みが伝播する重力波は、アインシュタインの一般相対性理論の帰結の1つであり、ほとんど妨害されることなく宇宙のすみずみまで伝わってゆく。1974年に2つの中性子星からなる連星パルサーが発見されたときに、パルス状の電波の観測からパルサーの公転周期が徐々に短くなっていることが明らかになり、この連星系が重力波を放出してエネルギーを失っていると考えた場合に予想される変化とよく一致していたことで、重力波の存在が間接的に裏付けられた。この発見に対しても1993年にノーベル物理学賞が授与されている。

しかし、重力波の直接検出は困難を極めた。恒星の崩壊やブラックホール同士の衝突といった激烈な事象によって発生する最も強力な重力波でさえ、地球に到達する頃には非常に微弱になっている。2015年に検出された重力波も、LIGOの直交する長さ4kmの真空パイプを、陽子の直径よりも小さい長さだけ伸び縮みさせたにすぎない。けれどもそれは、パイプの中を反射しながら進むレーザー光に位相差を生じさせるには十分な大きさだった。

物理学者がレーザー干渉計を使って重力波を検出することを思い付いたのは1960年代のことで、最初に米国、次にソ連で提案された。干渉計がどのように機能するかを最初に詳細に計算したのはワイスであり、これは1972年のことだった。このアイデアは彼自身にも突飛に思われ、本当にうまくいくのか確信は持てなかった。彼は当時、科学社会学者のHarry Collinsに、「あと1年ほどで、この実験が努力に値するかどうかを決める分岐点が来るかもしれない」と言っていたという(H. Collins Gravityʼs Shadow; Univ. Chicago Press, 2004)。

1932年にドイツで生まれたワイスは、ナチスによる迫害を逃れて1938年に家族と共に米国に移住した。1970年代半ばに彼が最初の干渉計の試作機を建設すると、欧州の研究者がそれに続いた。その中に、グラスゴー大学(英国)のドレーバーと共同研究者らがいた。

ソーンは一般相対性理論の専門家で、重力波検出に関するアイデアも持っていた。1975年、学会に参加するため米国ワシントンD.C.を訪れた際、ホテルのオーバーブッキングによってワイスと同室になったソーンは、彼と会話をするうちに干渉計のアプローチの正しさを確信するに至った。1980年代初頭、米国の研究者たちは巨大な干渉計を建設するために全米科学財団(NSF)の助成金の獲得を目指していたが、NSFが複数のプロジェクトには出資しないという姿勢を明確にしたため、ソーン、ワイス、ドレーバーの3人は手を結び、LIGOコラボレーションを発足させた。

この「トロイカ」(この三人組はロシアの3頭立て馬車になぞらえてそう呼ばれた)は常に滑らかに走っていたわけではなかった。メンバー自身が認めているように、急激に大きくなっていく組織を管理するためのスキルも持ち合わせていなかった。状況が劇的に改善したのは、1994年からLIGOの主任研究員だったバリッシュが1997年に所長に就任したときからだった。「バリッシュが立て直してくれていなかったら、プロジェクトは崩壊していたでしょう」とCollinsは言う。

最終的に、LIGOはNSF史上、最も大規模で高額な研究費を用いた実験となった。2機の検出器は2002年に稼働し始めたが、最初のデータ収集期間に重力波を検出できる可能性はほとんどないことは明らかだった。LIGOは2010年に改良工事のためにいったん閉鎖され、以前の3倍の感度になって2015年9月に再稼働した。宇宙はそんなLIGOに対して情け深かった。正式な科学的観測が始まる数日前、干渉計の較正を行っていた9月14日に、ドラマチックな現象を記録させてくれたのだ。その後もLIGOは少なくとも3つの重力波イベントを検出しており、最新のイベントについては、イタリアのピサ近郊にある同タイプの干渉計Virgoと共に報告を行っている(Nature ダイジェスト2016年4月号「重力波を初めて直接検出」)。

多くの人が、ソーンとワイスがノーベル賞を受賞するのは確実だろうと考えていた。3月にドレーバーが死去するまで、トロイカの3人は、基礎物理学ブレークスルー賞特別賞(300万ドル、約3.4億円)、ショウ天文学賞(120万ドル、約1.4億円)、カブリ天体物理学賞(100万ドル、約1.1億円)など、受賞するべき賞はほとんど全て手にしていた。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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