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心臓の凍結防止

生体組織を氷点下の温度に長時間さらすと、修復不可能な損傷が生じる。細胞が破壊され、提供された臓器は移植に適さなくなる。このため提供臓器は冷蔵して数時間以内に移植しなければならない。だが新たな凍結防止物質を使えば、臓器を長持ちさせられるだろう。耐寒性にとりわけ優れた動物の体内に見られるのと似た物質だ。

ウォーリック大学(英国)の研究チームは、北極海の魚やアメリカアカガエルなど、極寒の地でも血液が凍らずに生きていける生物が持っているタンパク質にヒントを得た。これら自然の凍結防止分子を使うとラットの心臓を–1.3℃で24時間保存できることが以前の研究で示されていた。だがこれらのタンパク質は抽出に費用がかかる上、一部の生物には非常に有毒だ。

研究論文を共著したウォーリック大学の化学者Matthew Gibsonは、「問題解決には凍結防止タンパク質と全く同様の化合物を合成する必要があると誰もが長いこと思い込んでいたのですが、構造は似ていなくても同様に機能する新分子を設計できることが分かったのです」。

天然の凍結防止分子のほとんどは、親水性と疎水性の領域がつぎはぎになったパッチワーク構造だ。これが氷結晶の形成を防ぐ正確な仕組みは分かっていないが、水分子が押されたり引っ張られたりのカオス状態になって、氷になるのが妨げられるのだろうとGibsonは考えている。

そこでGibsonらは、大部分が疎水性だが中心に親水性の鉄原子の集団があるらせん状の分子を合成した。得られた化合物は氷結晶の形成を驚くほど強く阻害した。一部の分子は線虫に対して毒性を示さず、他の動物にも安全かもしれない。この結果は、Journal of the American Chemical Society 2017年7月号に掲載された。

「これらの化合物は、天然の凍結防止タンパク質の機能を少なくとも部分的に果たしているのです」とマウント・セント・ジョセフ大学(米国)の生物学者Clara do Amaralは言う。ただしGibsonの凍結防止化合物は人間での試験はこれからだ。「まだ全体像をつかんでいません」とdo Amaralは付け加える。「耐寒性生物が凍結せずに生きていけるのは1つの魔法の化合物のおかげでなく、さまざまな一連の適応が働いているのです」。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2017.171208a