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ワラビーの母乳は第2の胎盤

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2017.171105

原文:Nature (2017-07-12) | doi: 10.1038/nature.2017.22587 | Wallaby milk acts as a placenta for babies

Sara Reardon

高機能の胎盤を持たないとされてきた有袋類だが、胎盤様の構造と乳がその役割を果たしているようだ。

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WAYNE LYNCH/ALL CANADA PHOTOS/GETTY

哺乳類の胎盤は、胎児を保護し養育する器官である。この胎盤に関するこれまでの科学的な常識が今回、ワラビーに蹴散らされてしまったようだ。有袋類のダマヤブワラビー(Macropus eugenii)では、従来の見方に反して、母体内に機能を持った胎盤ができ、なおかつ、出産後の母乳に胎盤が通常果たす機能の一部が備わっていることが明らかになったのである1

哺乳類の系統分類では、有袋類(カンガルーやワラビー、ウォンバットなど)と有胎盤類(真獣類〔Eutheria〕ともいう。マウスやヒトなど)を分けるのが普通である。このように分ける理由の1つは、有袋類に胎盤がないと考えられているためだ。しかし、この分け方は適切でないと考える研究者も多い。彼らが指摘するのは、有袋類でも妊娠末期に単純だが胎盤様の構造ができることだ。この構造ができて間もなく、新生仔は未熟な状態で産出されて育児嚢の中まではって移動し、そこで乳を飲んで大きくなる。この胎盤様構造は2種類の細胞単層の厚さしかないが、発育を促す酸素や栄養素、分子シグナルを胎児に与えつつ、母体の免疫系から胎児を守っている。

有袋類の「胎盤」の構造が他の哺乳類のものと違っていても驚くには当たらない。ごく近縁な哺乳類種同士でも、胎盤の形状が大きく違っていながら同じ機能を果たしていることがあるからだ。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の進化生物学者Derek Wildmanは、「解剖学や生理学の観点から言えば、胎盤は哺乳類で最も変化に富む器官なのです」と話す。

母乳がカギ

有袋類の妊娠期間は同サイズの哺乳類と比べて著しく短い。ダマヤブワラビーの成獣は体重6〜9kgだが、妊娠期間はわずか26.5日と、ラットよりわずかに長い程度である。しかし、授乳期間は他の哺乳類よりも長く、約1年にわたる。こうした発育と授乳の仕方から、ワラビーの新生仔発育の大部分は、母乳の特殊な性質によって支えられているのではないかと推定されていた。

今回、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の進化生物学者Julie Bakerと進化発生生物学者Michael Guernseyらは、出産前の有袋類の胎盤が真獣類の胎盤と同様に機能しているかどうかを見極めるため、ダマヤブワラビーの胎盤で発現する遺伝子群を解析した。それらの発現パターンをマウスおよびヒトのものと比較したところ、ワラビーの仔が生まれる前の数日間の胎盤では、真獣類の妊娠初期の胎盤で発現するのと同じ遺伝子群が発現していた。Bakerらは次に、育児嚢に仔がいる雌ダマヤブワラビーの乳腺で発現している遺伝子を解析した。すると、この腺組織では、真獣類の妊娠後期に胎盤で発現しているのと同じ遺伝子群が発現していることが分かった。

今回の知見は、動物の胎盤が、解剖学的な構造の違いにかかわらず同じ遺伝子群を発現している可能性があることを示唆しているとGuernseyは話す。また、そうした構造の違いが生じたのは、胎盤が他の器官に比べて急速に進化したためかもしれない。

胎盤が胎児を母体の免疫系から効果的に守るには、そうした急速な進化が必要だったとBakerは考えている。母体の免疫系は、胎児を外からの侵入者だと見なしてしまうからだ。「胎盤は母体からの攻撃を免れようと進化しており、実に奇抜な戦略を編み出しています。その一例が、液状の形態を取るこのワラビーの母乳です」と彼女は話す。

またWildmanによれば、今回の知見から、真獣類の胎盤が進化するより前に「乳の分泌」が進化した可能性が示唆されるという。出現年代が有袋類や真獣類よりも古いカモノハシやハリモグラといった卵生哺乳類が、胎盤は持たないが乳を分泌するという事実も、この可能性を裏付けている。Wildmanは今回のBakerらの論文を賞賛しているが、マウスとヒトの2種だけでなくもっと多くの種で遺伝子発現を比較してもよかったのではないかと指摘する。Wildmanのチームは、主要な真獣類と有袋類の計14種の哺乳類胎盤で発現する遺伝子プロファイルを調べ、胎盤の適切な組織化と機能に極めて重要なコア遺伝子群を明らかにした2

胎盤の発達についてもっと多くのことが明らかになれば、動物の進化だけでなく、ヒトの胎盤の機能を解明する上でも助けになるかもしれないとBakerは話す。胎児に悪影響を及ぼす可能性を考えると、ヒトの胎盤をリアルタイムで調べることは不可能だからだ。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Guernsey, M. W., Chuong, E. B., Cornelis, G., Renfree, M. B. & Baker, J. C. eLife 6, e27450 (2017).
  2. Armstrong, D. L. et al. Placenta 57, 71–78 (2017).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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