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タヒチの蚊の掃討作戦

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2017.171109

原文:Nature (2017-08-03) | doi: 10.1038/548017a | Bacteria could be key to freeing South Pacific of mosquitoes

Emma Marris

蚊の共生細菌ボルバキアを使う手法で南太平洋諸島から蚊を一掃する試みが進んでいる。

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CHRISTOPHE LEPETIT/HEMIS/ALAMY

南太平洋の島々は地上の楽園として昔から船乗りや旅行者の憧れの地となっているが、現在、生物学者らがこの地域をさらに魅力的にする試みに取り組んでいる。タヒチにある生物医学研究所が、すぐ近くの小島から蚊をほぼ一掃することに成功したのだ。また、ヒトが恒久的に居住するもっと大きい島から蚊を排除するための準備も進められている。

この取り組みの最終目標は、太平洋で流行しているデング熱やチクングニア熱、ジカ熱といった、蚊が媒介する感染症の伝播経路を断つことだ。研究者らは、蚊の個体数削減は地域の鳥類個体群を助けることにもなると考えている。ハワイ島など他の島々では、蚊が媒介する鳥マラリアにより鳥類個体群が壊滅する恐れすらある状況だからだ。

蚊がもたらすこうした問題は、南太平洋のソシエテ諸島では10年以内に解決されるかもしれないと、ルイ・マラルデ研究所(タヒチ島パエア)の蚊研究室の昆虫学者でプロジェクトの代表研究者であるHervé Bossinは話す。ソシエテ諸島はフランス領ポリネシアの一部で、タヒチ島やモーレア島、ボラボラ島、フアヒネ島、ライアテア島などを含む。

Bossinのチームは、共生細菌ボルバキア(Wolbachia)の特定の系統を蚊に感染させる方法を使って、蚊を減らそうとしている。全世界の昆虫の約65%がボルバキアを保有しているが、その系統はさまざまである。系統の異なるボルバキアを保有する蚊同士が交配すると、生まれた卵は適切に発生できず、孵化に至らない(ボルバキアによる「細胞質不和合性」を利用した生殖操作の1つ)。こうした「不毛」な配偶の数が十分に多ければ、地域の蚊の個体群は消滅してしまうことになる。

ただし、この手法を用いるためにはまず、雌と雄を選別する必要がある。タヒチ島の東岸にある、ココヤシと芳香を放つ白いティアレの花に囲まれた小さくて小ぎれいな研究所で、上級技師のMichel Cheong Sangはその選別作業をしている。ある角度にセットした2枚のガラス板の間に水を注ぎ、ポリネシアヤブカ(Aedes polynesiensis)の幼虫数十匹を流し込むのだ。雌の幼虫は雄より大きいので、途中で板の間に詰まって止まり、雄の幼虫は小さいので、それより少し先まで落ちて、ガラス板の後ろに黒っぽいうごめく帯を形成する。このローテクな手法で、蚊の幼虫の99%以上を正確に雌雄選別できるのだとBossinは説明する。

幼虫には全て、特定系統のボルバキアを感染させる。これは、ポリネシアヤブカに近縁なリバースシマカ(Aedes reversi)から採取された系統であり、フランス領ポリネシアには本来存在しないものだ。標的とする地域には雄のみを放ち、野生の雌の蚊と交尾させる。現在この取り組みを行っているのは計5カ所であり、その大半はソシエテ諸島の高級ホテル敷地内にある(「ボルバキア法」参照)。

ボルバキア法
細菌ボルバキアを使うことで、10 年以内に南太平洋の島々から蚊がいなくなるかもしれない。 | 拡大する

現在、ボルバキアを利用する手法は島しょ部の蚊を減らすための標準手法となっていると、ミシガン州立大学(米国イーストランシング)の衛生昆虫学者Zhiyong Xiは話す。彼のグループはこの手法を使って、中国広州の居住者のいる2つの小島からヒトスジシマカ(Aedes albopictus)をほぼ一掃した。「この手法は今後5年間で大規模に利用されるようになり、10年も経たないうちに、国土の広い熱帯諸国でも蚊がいなくなると私は予測しています」とXiは話す。ブラジルや米国でも同様の試験が行われており、米国の3つの州では野生ヒトスジシマカの個体数は3年間で70%減少した。

ボルバキア法は自然に存在する細菌を利用するため、遺伝子操作した蚊を使う実験的手法に比べると批判の声はさほど強くない。それでもBossinや他の研究者は、ゲノム技術を使う手法の進展に注目している。こうした手法の方が最終的に、ボルバキア法よりも即効性が高く費用も安く済む可能性があるからだ。

Bossinのチームが最初に大規模研究をスタートさせたのは、2015年、環礁州島テティアロア島においてだった。ここは映画スターのマーロン・ブランドがかつて所有していた島で、タヒチ島から飛行機で20分の距離にある。Bossinらのモニタリング調査によれば、プロジェクト早期の2016年の段階では、1つのトラップで見つかる雌の蚊の数は1日当たり1匹だったが、現在では1週間で約1匹となっている。

テティアロア島のこの予備研究には、フランス領ポリネシアとフランス政府からの資金提供があり、島の小規模なリゾート施設からの「後方支援」もある。また、2017年現在Bossinがその敷地で試験を行っている複数のホテルも、彼の研究に資金を提供している。

限界はない

Bossinらは現在、永続的にヒトが居住する1つの島全体から蚊を一掃するための準備を整えている。彼らは、この計画を実行する島をもうじき公表する予定であり、ボルバキアを感染させた雄の蚊を2年間放飼したいと考えている。すでに、必要な幼虫増産量に対処するための実験施設拡大用の資金も得ている。成功すれば、この島は南太平洋で初めて蚊から解放された島になるだろう。

Bossinは、ボルバキアによる細胞質不和合性を利用したこの手法の規模をさらに拡大して、太平洋全域の島々から、そしておそらく諸大陸からも刺咬性昆虫を一掃できるのではないかと考えている。「唯一の制限要因は、幼虫生産施設の規模です」と彼は話す。

ピサ大学(イタリア)の昆虫学者Giovanni Benelliは、大陸の蚊の撲滅はそう簡単にはいかないのではないかと見ている。さらに彼は、いかなる場合でも蚊が全く消えてしまう状態は望ましくないと考えており、「蚊の生態学的な役割は今でもまだ重要なのです」と話す。蚊の幼虫は一部の海生動物の餌になっており、また、蚊の成虫は感染症を媒介することで哺乳類や鳥類の個体数を調節するのに役立っているのだとBenelliは説明する。

一方Bossinは、蚊の繁栄は、ヒトが居住する場所でなければ大いに結構なのだが、と言う。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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