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乱流の謎が明らかに

乱流(写真は煙)はモデル化が困難なことで知られる。 Credit: CALEXANDER RIEBER/GETTY

「神様に会ったら聞きたいことが2つある。1つは、相対性理論が成り立つのはなぜかということで、もう1つは、なぜ乱流をお作りになったのかということだ。第1の問いには必ず答えがあるはずだ」

真偽のほどは疑わしいが物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルク(Werner Heisenberg)のものとされているこの言葉は、多くの科学者が乱流についてどんな感情を持っているかをよく物語っている。川の水が岩の周りを流れるときやコーヒーに入れたミルクが混ざっていくときなど、流体(液体または気体)の整然とした流れが崩れて予測不能に見える渦になる現象を乱流という。

とはいえ研究者たちも手をこまぬいているわけでなく、乱流の物理学の理解は着実に深まっている。スペインの航空工学者チームが乱流のカスケードモデルをScience 8月25日号に発表したのだ1。これは、乱流におけるエネルギーの移動をめぐる長年の謎を解く助けになると考えられる。またこの1年ほどの間に、乱流が流体のエネルギーの散逸を促し、その運動を止める仕組みの解明に関して、数学者たちが大きな成果を上げている。

乱流についての理解が進み、乱流とエネルギー輸送との関係がもっと明らかになれば、銀河団のガス流のモデル化に取り組む天体物理学者から海流による熱輸送のシミュレーションを行う気候学者まで、科学者たちは大きな報酬を手にすることができる。

スケールの問題

流体の物理学は、理論的には、200年近く前に導かれたナビエ-ストークス方程式でうまく記述することができるが、この方程式を解くのは非常に難しい。だから技術者も科学者も、流体の流れを予想するときには、単純化した理論モデルを作るか、数値シミュレーションを行うのが普通である。けれどもこのアプローチには限界がある。乱流のモデル化はスーパーコンピューターにもお手上げなのだ。このほど、マドリード工科大学(スペイン)の航空工学者José Cardesaらは、乱流がスケールの大きい渦から小さい渦へと運動エネルギーを拡散させていく様子を初めて完全にシミュレーションすることができたと報告した。例えば、大きいタンク内の水流のコンピューター・シミュレーションでは、直径1mの1個の大きな渦が、1分ほどの間に直径12cmの複数の渦へとエネルギーを輸送する過程を追跡することができた。

シミュレーションの結果は、ロシアの数理物理学者アンドレイ・コルモゴロフ(Andrei Kolmogorov)が1940年代初頭に定式化した理論の正しさを証明している。この理論からの帰結の1つは、乱流はカスケード的に生じるということだ。つまり、大きな渦が分裂して小さい渦ができ、それが分裂してさらに小さい渦ができるというフラクタル的なパターンになるというのである。このモデルでは、リレーの走者がバトンを受け渡していくように運動エネルギーの輸送が起こる、とCardesaは言う。普通のリレーと違っているのは、走者がどんどん小さくなり、人数が増えていくことだ。

コルモゴロフの描像では、エネルギーは大きい渦からすぐ近くの小さい渦へと拡散し、遠距離には拡散しない。ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の理論物理学者Gregory Eyinkは、このことは数学的定理からある程度支持されていたが、Cardesaのチームによって確証が与えられたと言う。Cardesaは、こうした動力学の理解は、空力抵抗などの現象におけるエネルギー流の予測の向上につながるはずだと期待する。

乱流カスケード

流体は、たとえ低粘性流体(大気中の気体など、動いている層の間で抵抗がほとんどない流体)であっても、乱流が生じると運動エネルギーを速やかに熱に変えて減速していくが、研究者たちは、その仕組みも「乱流カスケード」で説明できると考えている。乱流はエネルギーを小さい渦へ、より小さい渦へと拡散させてゆくが、スケールが小さくなると局所粘性が高くなる。この粘性が固体間の摩擦のように流体の層の間の抵抗を大きくすることにより、運動エネルギーを熱として散逸させる。

数学者たちは低粘性流体を極限のところで探っている。物理学者で、化学者で、数学者でもあったラルス・オンサーガー(Lars Onsager、コラム参照)は1949年に、理論的には、流体の粘性が非常に小さくなっても、それどころか(現実世界ではあり得ないが)ゼロになったとしても、エネルギーを散逸させることができると示唆した。この仮説的なシナリオでは、流体の運動は分散を続けて極小の渦となり、やがて消えてゆく。テキサス大学オースティン校(米国)の数学者Philip Isettは「ある意味、衝撃的なアイデアでした」と言う。

オンサーガーは、乱流は特定の条件下でのみ非粘性流体を減速させることができ、それ以外の条件では、多くの人が考えるように非粘性流体は永遠に流れ続けるだろうと予想した。Eyinkは1990年代に、オンサーガーの予想の正しさを数学的に証明した。また、Isettは2016年にプレプリントサーバー上で、ある種の非粘性流体が乱流のみによって実際に減速し、静止することを示すナビエ-ストークス方程式の解を発表した2。彼の論文はAnnals of Mathematicsに掲載される予定である。

これらの解が記述する流体の運動は、静止していた流体が魔法をかけられたように動き始めて、やがて静止するというものであり、あまり現実的ではない。Isettのこの研究はチューリヒ大学のCamillo De Lellisやライプチヒ大学(ドイツ)のLászló Székelyhidiらの数学者の研究を基礎にしていた。De LellisやSzékelyhidiらは2017年に、同じ方程式に対するもう少し現実的な解を発見し、最初から動いていた流体が減速される過程を記述している3

数学者の研究が現実世界に当てはめられるようになって初めて、物理学者は彼らの最新の研究成果に注意を払うようになると、Székelyhidiは言う。最初は粘性があるが、徐々に薄くなり、ついには無限に薄くなるような流体を記述する解の発見が、その始まりになるのかもしれない。けれどもミシガン大学アナーバー校(米国)の数理物理学者Charles Doeringは、このアプローチが、最終的には、ナビエ-ストークス方程式よりも使いやすく、どんな状況にも当てはまるような乱流モデルへの道を示してくれるかもしれないと期待する。それは「壮大な夢です」と彼は言う。

ラルス・オンサーガー:隠れた天才

理論物理学者で化学者のラルス・オンサーガー(1903~1976)は、リチャード・ファインマン(Richard Feynman)のような天才でさえ話しかけるのをためらうような科学者だったといわれている。理論物理学者Gregory Eyinkによると、このノルウェー生まれの博識家は、「小さな声で、簡潔な言葉で、格言でも唱えるように研究成果を報告」したという。「彼は常に正しかったのです」。

オンサーガーは1949年に、こうした手短な報告の1つとして、流体に粘性がなくても乱流はエネルギーを散逸させるという驚くべきアイデアを発表した。このアイデアは現在、数学的に証明されている。

オンサーガーによる発表から長い時間が経過してから、ようやくその意味が理解されることもあった。1990年代にEyinkはエネルギーの散逸に関するオンサーガーの議論の立証に向けて初めて大きな一歩を踏み出したが、後に、オンサーガー自身が証明に着手していたことを知った。証明は、未発表のノートの中に、暗号を使って書かれていた。オンサーガーが乱流に関するこれらの研究成果を発表しようとしなかったのは、1968年に彼にノーベル化学賞をもたらすことになる研究をはじめ、他の研究で忙しかったこともあったが、研究者仲間が当初、彼のアイデアを冷たくあしらっていたことも無関係ではなかった4

1940年代に米国を代表する乱流の専門家とされていたハンガリー生まれの航空工学者セオドア・フォン・カルマン(Theodore von Kármán)は、オンサーガーがよこした手紙について同僚に打ち明け、「彼の手紙には突拍子もないことが書かれていた。彼が何か意味のあることを言っているのだとしたら、私に簡単に教えてくれないだろうか」と頼んだことがある。ノーベル化学賞を受賞したライナス・ポーリング(Linus Pauling)も、オンサーガーからの手紙に対して、「あなたの研究は非常に興味深いと思いますが、私の理解を超えているようです」と返事をしている。

ノルウェーのトロンハイム大学にはオンサーガーのノートや手紙が保管されていて、Eyinkらの尽力により、そのうちの約10%がデジタル化され、誰でもネット上で読めるようになっている。Eyinkは、他の研究者がこれらの資料を検討すれば、流体力学だけでなく、熱力学や物性物理学など、オンサーガーが取り組んだ他の多くの分野についても洞察が得られるだろうと言う。

20世紀の数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(Srinivasa Ramanujan、1887~1920)が残した神託のような研究ノートについて、実際にこのようなことが起きている。彼がノートに走り書きをしただけで発表することはなかった謎めいた方程式から、この10年間に、新たな成果がいくつか導かれているのだ。

(オンライン掲載記事nature.2017.22474より)

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2017.171114

原文

Mysteries of turbulence unravelled
  • Nature (2017-08-24) | DOI: 10.1038/nature.2017.22474
  • Davide Castelvecchi

参考文献

  1. Cardesa, J. I., Vela-Martín, A. & Jiménez, J. Science 357, 782–784 (2017).
  2. Isett, P. Preprint at https://arxiv.org/abs/1608.08301 (2016).
  3. Buckmaster, T., de Lellis, C., Székelyhidi, L. Jr & Vicol, V. Preprint at https://arxiv.org/abs/1701.08678 (2017).
  4. Eyink, G. L. & Sreenivasan, K. R. Rev. Mod. Phys. 78, 87 (2006).