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コウモリはガラス張りのビルが「見えない」

「後ろでゴツンという音がしたんです」と、マックス・プランク鳥類学研究所(ドイツ・ゼーヴィーゼン)の動物学者Stefan Greifは思い返す。彼はその音を聞いて、研究用の飛行実験室の壁に立てかけてあった金属板にコウモリが衝突したことを知った。その後Greifの率いるチームは、コウモリが窓ガラスなどの垂直な平滑面によく衝突する理由の説明付けを、Science 2017年9月8日号で発表した1。コウモリの発する超音波は、ガラス板のような平滑面に当たると他の方向に反射してコウモリ自身に戻ってこないため、反響定位がうまく働かないというのだ。

コウモリは暗闇では反響定位を頼りに飛行する。超音波を発し、その反響音を聴き取って、対象物の位置や性質を捉えているのだ。Greifらは今回、ホオヒゲコウモリ属の一種(Myotis myotis)の野生個体21匹の反響定位の様子を実験室内で調べた。飛行実験室の突き当たりの側壁に、表面が滑らかで平らな金属板を取り付けたところ、コウモリはその金属板を通り抜けようとした。しかし、その隣のフェルトで覆われた側壁の方は通り抜けようとしなかった。各個体につき平均約20回の試行で、21個体のうち19個体が、金属板に1回以上衝突した。研究チームは、野生コウモリのコロニー近くにも表面の平滑な板を垂直に置き、実験室と同様の結果になることを観察した。

コウモリたちの混乱は、平滑面の持つ「音響ミラー(acoustic mirror)」という特性のせいである。対象物にでこぼこがあれば、コウモリの発した超音波の一部はコウモリ自身に跳ね返ってくるが、平滑面の場合は、超音波は全て、コウモリから離れた方向に反射してしまって戻ってこないため、何もない空間に「見えて」しまう。コウモリが平滑面の方を向き、面に対して垂直に発した超音波が自分に跳ね返ってこない限り、コウモリは自分の思い違いに気付かない。一部のコウモリが板に衝突する1秒前に危険な航路から逸れようとする理由は、こういう仕組みによって説明できる。ただし、1秒前だと衝突回避に間に合わないことが多い。

目よりも耳

では、コウモリが視覚の面で混乱した可能性はないのだろうか。ブリストル大学(英国)の行動生態学者Gareth Jonesによれば、その可能性は排除できるという。Greifらの実験はコウモリには見えない赤外光の下で行われ、コウモリは反響定位のみを頼りに飛行したと考えられるからだ。今回の結果から、他の動物種が直面している感覚上の問題にヒトがどれほど無頓着かがよく分かると、ライプニッツ動物園・野生動物研究所(ドイツ・ベルリン)でコウモリを研究するChristian Voigtは話す。

Credit: Myer Bornstein - Photo Bee 1/Moment Open/Getty

Greifは2010年に、水平な平滑面に対するコウモリの反応を調べて報告している2。地面に滑らかな表面の板を置くと、コウモリはそこに降下してきて水を飲む仕草をするのだ。自然界でコウモリが音響ミラーに遭遇するのは、湖や池の水面においてである。コウモリはどうやら、滑らかな平面上を飛んでいて垂直方向に超音波がはね返ってくれば、そこに静かな水面があると解釈するように適応したらしい。

反響定位を惑わせる垂直な構造物が出現したのは、わずか数十年前のことだとJonesは指摘する。今回の実験で使ったコウモリたちは、実験装置のサイズが限られているおかげで飛行速度が制限されて傷を負わなかったが、野生環境のコウモリはもっと速く飛ぶので、人工構造物によって被害を受ける危険性があるだろうとGriefは話す。

ビルがコウモリ個体群に与える被害についてはまだよく分かっていない。もし、人工構造物が深刻な脅威になると分かった場合には、コウモリの重要なコロニーや主要な異動路の近辺で生じる被害を軽減させるために、例えば、平滑面素材の利用を避けるといったことをGriefらは提案している。より実現可能な解決策として、コウモリの生態に重要な場所に建っているビルの近くに、超音波を発するスピーカー群を設置するのも手だとGreif。「現実的な対応が必要だと思います」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2017.171104

原文

Bats slam into buildings because they can’t ‘see’ them
  • Nature (2017-09-07) | DOI: 10.1038/nature.2017.22583
  • Bruno Martin

参考文献

  1. Greif, S., Zsebõk, S., Schmieder, D. & Siemers, B. M. Science 357, 1045–1047 (2017).
  2. Greif, S. & Siemers, B. M. Nature Communications 1, 107 (2010).