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カタールの経済封鎖でヘリウム供給に暗雲

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2017.171008

原文:Nature (2017-07-06) | doi: 10.1038/547016a | Qatar blockade hits helium supply

Declan Butler

中東諸国による経済封鎖が続くカタールでヘリウム製造プラントが操業停止に追い込まれ、ヘリウムの供給不足が懸念されている。

MRI装置には、超伝導磁石を冷やすための液体ヘリウムが必要だ。 | 拡大する

JOCK FISTICK/BLOOMBERG VIA GETTY

科学者たちは今、ヘリウムの供給不足により実験を中止せざるを得なくなったり、研究に必要な装置を使えなくなったりするのではないかと危惧している。2017年6月、サウジアラビアをはじめとする中東諸国は、ペルシャ湾に面する小国カタールがテロ組織を支援しているとして国交断絶を通告した。カタールは世界中の病院や研究所にヘリウムを供給してきたが、断交により輸出入のための陸・海・空路のほとんどが閉鎖され、2カ所のヘリウム製造プラントが操業停止に追い込まれた。

核磁気共鳴(NMR)分光学の専門家であるワシントン大学セントルイス校(米国ミズーリ州)の化学者Sophia Hayesは、「状況は日々変化しているので、慎重に見守っています。本当に心配です」と言う。彼女の研究にはNMR分光計が欠かせない。NMR分光計の超伝導磁石は、沸点が4Kと非常に低い液体ヘリウムを使って冷却する必要があるため、液体ヘリウムが継続的に供給されなくなると、彼女は研究ができなくなってしまう。彼女の研究室では、低温研究にも液体ヘリウムを使っている。

別の科学者は匿名を条件に、自分たちの研究室ではNMR装置のために今あるヘリウムを使わずに残していると語った。研究に大量のヘリウムが必要なある若手の同僚は、必要とあれば、自分の研究を差し控えて供給不足状態を緩和することに同意しているという。「彼が研究を中断したら、キャリアに悪影響が及ぶ恐れがあります。そんな状況にならないように、私たち年長の同僚は全員、できることは何でもするつもりです」と話す。

世界のヘリウム供給
カタールは近年、世界のヘリウム供給において重要な地位を占めるようになっていたが、中東諸国による断交を受け、ヘリウム精製所の操業を停止した。 | 拡大する

カタールのヘリウム輸出量は世界第1位、生産量は第2位で、全世界のヘリウムの25%を供給している(「世界のヘリウム供給」参照)。ヘリウム産業の専門家で米国ニュージャージー州ブリッジウォーター在住のコンサルタントPhil Kornbluthは、カタールがヘリウムを輸出できなくなったことにより今後数カ月間ヘリウムの供給が不足するのは避けられないと言う。

最も影響を受けそうなのはカタールに近い国々だが、インド、中国、日本、台湾、シンガポールなどのアジアの国々も危ない。ノースウェスタン大学(米国イリノイ州エバンストン)の低温物理学の研究者William Halperinは、「どこの国の研究者も影響を受ける恐れがあります」と言う。

研究用は後回し

研究室が使うヘリウムの量はヘリウム市場全体のわずか6%程度で、ほとんどのヘリウムはエレクトロニクス産業、病院のMRI装置、飛行船、風船に使われている。物資の供給が制限される場合、供給業者は大口の顧客を優先する傾向があるため、科学者は後回しにされることになる。

多くの研究者は、2012年に起きたような世界的なヘリウム不足はもう起こらないだろうと思っていた。カタールに大規模なヘリウム製造プラントが新設されたことで、世界のヘリウム生産量が増加し、供給が安定したからである。しかしHayesは、中東は政治的に不安定なので楽観視することはできないと科学者コミュニティーに警告してきたと話す。

科学者はすでに、ヘリウムガスの供給不足と価格上昇から身を守るために結束している。2016年には米国物理学会と米国化学会が、研究者が共同でまとまった量のヘリウムを購入することで、より安い価格で、必要なときに入手できるようにする「液体ヘリウム購入プログラム(LHeP2)」を立ち上げた。このプログラムは、ヘリウムを高い価格で購入している研究者や納品時期が不安定な研究者を優先している。LHeP2を監督するAPSのアナリストMark Elsesserによると、プログラムに参加した12の大学の研究グループのヘリウム購入価格は平均で15%下がり、納品状況も改善されたという。このプログラムは年内に拡大されて、より多くの研究グループが参加できるようになる。

実験に使われた液体ヘリウムは、蒸発して大気中に逃げていく。一部の研究室は、こうしたヘリウムガスを回収し、再び液体にして貯蔵する装置を導入している。ラザフォード・アップルトン研究所(英国ハーウェル近郊)のパルス中性子・ミュオン源ISIS(アイシス)は、2012年のヘリウム不足により中性子ビームを数日間停止せざるを得なくなった経験を踏まえて、ヘリウム再利用装置を導入した。ISISのサポート長Oleg Kirichekは、「現時点で、半年間は施設を稼働できるだけのヘリウムを貯蔵できています」と言う。「当面は大丈夫そうです」。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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