Japanese Author

iPS細胞を用いた新アプローチで心機能改善

柴 祐司

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170117

iPS細胞の臨床応用に向けた研究が加速している。例えば、心筋細胞に分化誘導した上で直径数cm、厚さ0.1mmほどのシートを作製し、重篤な心不全患者の心臓に貼り付ける治療は2016年度中にも臨床試験が始まるとされる。そうした中、信州大学バイオメディカル研究所の柴祐司准教授らは、サルのiPS細胞を心筋細胞に分化させ、単一細胞のまま別個体のサルの心臓に移植する実験を世界で初めて行い、心機能改善の効果が得られることを実証した。

–– 臨床から再生医療の基礎領域に入られました。

柴: 1998年に信州大学医学部を卒業し、8年間は内科と循環器内科の臨床医として働きました。そこで、治療しても十分回復せず、心臓移植でしか救えない症例を目の当たりにしました。次第に心臓移植に変わる治療法はないかと思うようになり、大学院に入り直して再生医療の研究を始めることにしたのです。まず血管新生について研究したのですが、2008年から2011年まではワシントン大学(米国シアトル)に留学し、そこでES細胞に出合いました。当時はES細胞から心筋細胞への分化誘導ができつつある状況でした。私もES細胞由来心筋細胞の研究を始め、帰国後の2012年に論文をまとめました1。ES細胞は倫理規制が厳しく、iPS細胞も汎用され始めていましたので、帰国後は私もiPS細胞を使うことにし、心筋細胞への分化誘導と、得られた細胞を用いた移植実験を始めました。

–– 今回は、帰国後に始められたご研究の成果なのですね。

柴: はい、カニクイザルを用いてiPS細胞由来の単一心筋細胞による同種間移植を行い、心機能改善効果が認められることを世界で初めて示しました。これまでにも、ヒトのES細胞やiPS細胞から分化誘導させた単一心筋細胞をモデル動物に移植する研究はありましたが1–3、ヒトの細胞を動物に移植する異種移植では免疫拒絶反応が強く出る他、効果や副作用などの評価にも限界がありました。カニクイザルはニホンザルなどと同じマカク属の一種で、新薬評価の最終段階でよく使われています。iPS細胞研究ではほとんど使われていませんが、信州大学の近隣にカニクイザルを使って医薬品の安全試験を行っている企業があり、その企業の協力を得て実験を行うことにしたのです。

留学先では、隣の研究室がヒトES細胞由来の単一心筋細胞をオナガザルに移植する実験を進めており、その成果は2014年に報告されました2。今回、私たちはほぼ同じアプローチにより、カニクイザルiPS細胞由来心筋細胞を別個体のカニクイザルの心臓に注入する同種移植実験を行いました4。同種移植でどのくらいの拒絶反応が出るのかなど、先行データが全くない中での試行錯誤でした。

–– 心筋細胞への分化誘導アプローチとは?

柴: まず、健康なカニクイザルの皮膚から採取した繊維芽細胞を使って4株のiPS細胞を樹立しました。いずれも、免疫染色、マーカー遺伝子の発現の有無、免疫不全モデル動物移植による奇形腫形成の有無といった標準的な検証を行い、研究に使えるiPS細胞であることを確認しました。

次に、4株中の1株を対象に、ヒトの場合と同じプロトコルを用いてiPS細胞を心筋細胞に分化誘導しました。ただし、サルのiPS細胞はヒトと全く同じとはいえないので、ヒト用の培養液を独自に改変して使いました。最適化するのは簡単ではありませんでしたが、一般的なフィーダーフリー用の培養液に、最近はあまり使われないフィーダー細胞を混ぜるのがいちばん良いことが分かりました。試行錯誤で見出したので、なぜこの組み合わせが良いのかは検証していません。

一般的に、iPS細胞を心筋細胞に分化誘導するには約3週間必要とされています。また、動物実験であっても、移植に用いる全細胞中に心筋細胞が最低6割必要と考えられています。私たちは8割強まで心筋細胞に分化させることができました。残りは主に繊維芽細胞ですが、動物実験レベルでは取り除かずに使っても問題ありません。良い品質のものを選びながら作りましたので、実験に用いる合計5頭分の心筋細胞をそろえるのに約1年かかってしまいました。得られた細胞は混ぜて均一化させた上で、1頭あたり4×108(4億)個の細胞を移植しました(図1)。

図1 移植のプロトコル
拒絶反応が起きにくいMHCホモ接合体サルからiPS細胞を作製し、心筋細胞に分化させる。別個体の健康なサルに心筋梗塞を発症させ、心筋細胞を移植したところ、細胞の生着と心機能の改善が認められた。 | 拡大する

レシピエントは心筋梗塞モデルのサルで、ドナーとは別の健康な個体に対し冠状動脈を人工的に縛る操作を加えることで作製しました。結紮は3時間後に解除し血流を再開させましたが、心筋には不可逆的な変性が生じます。その2週間後に再び開胸し、4×108個の細胞を1ccにし、100マイクロリットルずつ小分けにしたものを心筋の10カ所に注入しました。

–– どのような結果が得られたのでしょう?

柴: 注入直前、注入4週間後、12週間後にエコーとCTで心筋機能を確認したところ、4週間後には改善が見られました。おそらくヒトでも同じで、治療後1カ月ほどで効果が確認できるのだと思います。12週間後に実験を終了し、心筋を切片にして組織を調べたところ、全個体で心筋細胞の生着が確認できました(図2)。12週間の観察期間中に心臓、肺、肝臓、脾臓などの主要臓器で奇形腫などの腫瘍が生じることはありませんでした。

図2 移植した心筋細胞
心筋特異的マーカーである心筋トロポニンT(TnT)と緑色蛍光タンパク質(GFP)に対する蛍光2重染色を行った。GFP標識されたグラフト心筋細胞(Graft)は移植後12週間経過しても心臓内に生着し、心筋梗塞部位(Scar)と一部置き換わっていた。 | 拡大する

興味深かったのは、生着した心筋細胞が既存の心筋細胞と電気的に結合していた点です。周囲の心筋細胞と同調して収縮するかどうかを、電気活動とともに細胞が蛍光する処理を施して調べたところ、蛍光の点滅と心電図モニターによる拍動が同期していることを確認できたのです(図3)。霊長類での同種移植によって、副作用、生着、電気結合についての知見が得られたのは世界で初めてで、インパクトは大きかったと自負しています。

図3 iPS細胞由来のグラフト心筋の電気的結合評価
iPS細胞に蛍光カルシウムセンサーGCaMPを遺伝子導入して心筋細胞を作製。心筋の収縮に伴い細胞質内カルシウム濃度が上昇すると蛍光発色する。この細胞をカニクイザル心臓に移植すると、心臓表面上にグラフト心筋細胞由来の蛍光発色が観察され、その周期は心電図周期と一致していた。 | 拡大する

–– 成功のカギはどこにあったのでしょうか?

柴: 臓器移植で問題になるのは、細胞表面に発現しているHLA(サルではMHC)の型が不一致だと強い免疫拒絶反応が生じることです。今回、私たちは、心筋細胞で発現しているMHC型を、ドナー個体とレシピエント個体とで全て一致させました。このようなフルマッチの個体を使えたのはラッキーだったと思います。フィリピン産のカニクイザルを使ったのですが、もともとフィリピンのカニクイザルはMHCの多様性が乏しく、それが幸いしました。サルを提供してくださったイナリサーチには心から感謝しています。とはいっても、免疫抑制剤1剤だけでは拒絶反応を抑えきれず、2剤を併用することになりました。

–– 問題や課題も見つかったのでしょうか?

柴: まず、副作用として全個体で不整脈が生じたので、改善策が必要だと思います。ある程度は覚悟していたのですが、予想以上でした。いずれも、移植後4週間以内に心電図モニター上で心室性頻拍が見られました。心室性頻拍は心室細動の前段階といえ、放っておくと死につながることもあります。ただし、4週間を過ぎると不整脈は減りましたので、一過性のものだと考えています。

臨床応用を考えると、注入した心筋細胞の生着率の低さも克服すべきだと思います。生着細胞数を正確にカウントしたわけではありませんが、1割ほどだろうと考えています。ヒトの心臓には約40億個の心筋細胞があり、心筋梗塞後の再生医療では約10億個分を生着させる必要があるとされていますので、生着率が高いほど移植用の心筋細胞が少なくて済むことになります。現状ではiPS細胞の作製から心筋細胞に誘導するまでを全てGMP(医薬品などの製造管理・品質管理)基準で行うには高額な費用がかかるとされ、現実的ではありません。技術改善が必要で、細胞生着率の向上も低コスト化に資するといえます。

–– ヒトへの臨床応用はいつ頃になるのでしょうか?

柴: 私たちのプロトコルによる臨床応用がいつになるかは、まだ分かりません。私自身が実現するというよりは、基礎研究において貢献したいと考えています。そのために、数年をめどに不整脈の副作用を抑える技術の開発を進めたいと考えており、すでに構想を練り始めています。中長期的には、免疫拒絶問題のない「自己由来のiPS細胞から作った心筋細胞」の移植実験をサルで行いたいと考えています。単一細胞でもシートでも、心臓移植でしか助からないような重篤な患者さんを救命し、生活の質がある程度保てるように治療できるようになれば嬉しいです。

–– 最後に、Natureとのやりとりはどうでしたか?

柴: レビューワー4人のうち2人は非常に好意的でしたが、残りの2人はかなり厳しく「細胞の蛍光のタイミングなどを試験管内で検証するように」といった指示を受けました。偶然にもエディターが2012年の論文のときと同じ方だったのですが、私とレビューワーの間に入ってくれたことで回避できた問題もあり、ありがたく思いました。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

柴 祐司(しば・ゆうじ)

信州大学バイオメディカル研究所
医学部附属病院循環器内科・准教授
1998年信州大学医学部卒業、2007年同大学院医学系研究科修了。博士(医学)。米国ワシントン大学(シアトル)で博士研究員として研究に従事した後、2011年より信州大学循環器内科助教、講師を経て2016年より現職。循環器内科医として働きながら、多能性幹細胞を用いた心臓病の再生医療の開発を目指した研究を行っている。

柴 祐司氏

参考文献

  1. Shiba, Y. et al. Nature 489, 322–325 (2012).
  2. Chong, J. J. et al. Nature 510, 273–277 (2014).
  3. Laflamme, M. A. et al. Nature biotechnology 25, 1015–1024 (2007).
  4. Shiba, Y. et al. Nature 538, 388–391 (2016).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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