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薬の臨床試験報告書を公開

Credit: tadamichi/iStock / Getty Images Plus/Getty

欧州連合(EU)の専門機関の1つである欧州医薬品庁(EMA;英国ロンドン)は2016年10月20日、薬の販売承認を求めて製薬会社から提出された臨床試験報告書をほぼそのままオンラインで公開し始めた。登録すれば誰でも閲覧できる。臨床試験データの公開を求めてきた患者団体などから、医学研究の透明性を高める画期的な取り組みと評価されている。

この日、EMAが公開したのは、EMAがすでにEUでの販売を承認した2つの薬、多発性骨髄腫治療薬のカルフィルゾミブ(carfilzomib)と、痛風治療薬のレシヌラド(lesinurad)に関する100件以上の治験総括報告書(治験総括報告書)で、あわせて約26万ページに及ぶ。製薬会社が提出した治験総括報告書をほぼそのまま公開するという取り組みは、世界の主要な医薬品規制機関でEMAが初めてだ。

治験総括報告書は、製薬会社が科学論文誌に発表する論文よりもはるかに詳細な資料だ。薬の効果について肯定的な試験結果と否定的な試験結果の両方を含み、副作用の詳細も書かれている。医学論文誌PL0S Medicineの編集長であるLarry Peiperlは、「科学論文誌は、新薬の情報源としては不十分であることが明らかになっています」と話す。

EMAは、治験総括報告書を公開するという方針を2014年に定めた。EMA長官のGuido Rasiは、「この方針は、学術研究と医学界全体の利益になるでしょう。研究者は薬の承認後に臨床試験データを独自に再検討できるようになり、医薬品開発会社は他社の経験から学ぶことができます」と話す。

EMAは、2015年1月1日以降に提出された承認申請に添付される治験総括報告書を、申請の承認、却下、取り下げにかかわらず、全て公開するとしている。申請の処理が軌道に乗れば、承認などの決定後60日で治験総括報告書を公開し、毎年約4500件の報告書を公開できるようになる見込みだという。ただし、一部の企業秘密の情報は編集するほか、患者の秘密をどう守るかについて合意に達するまで、当面は個々の患者のデータの編集を行うという。

欧州の希少疾患患者運動団体「EURORDIS」の代表で、EMA管理委員会の一員でもあるYann Le Camは「患者と臨床医は、臨床試験データの公開を長い間、待っていました」と話す。全ての臨床試験データの公開を求める「オール・トライアルズ(AllTrials)」運動には、世界の約700の医療関連組織や患者団体が賛同している。

ロンドンに本部がある科学啓蒙運動団体「センス・アバウト・サイエンス」の運動・政策部門責任者であるSíle Laneは、オール・トライアルズ運動の先頭に立っている。Laneは「EMAの素晴らしい取り組みに、世界の他の医薬品規制機関も続くことを期待しています」と話す。米国食品医薬品局(FDA)も、承認を求める薬の治験総括報告書を公開していない。オール・トライアルズUSAの責任者であるApril Clyburne-Sherinは「EMAの取り組みは、米国の医学界にとっても先例になるはずです」と話す。

これまでEMAは、2010年に導入した規定に基づき、第三者が情報公開請求権を使って請求したときのみ、臨床試験データを開示していた。この規定に対し、一部の製薬会社は、こうした情報は企業秘密だと主張し、EMAを相手に訴訟を起こして研究データの公開を阻止しようとしている。

2016年7月にEUの一般裁判所長官が下した仮決定により、EMAは、ブラベクト(Bravecto)という動物用医薬品の毒性研究と、トランスラーナ(Translarna)というデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療薬の治験総括報告書を公開できなかった。これらの薬の開発元のインターベット社とPTCセラピューティクス社が「データ公開は企業の秘密情報を守る権利を侵害する」と主張して訴訟を起こしていたためだった。EMAは、この2つの決定を不服として同年9月29日に上訴した。EMAは「私たちはEUの透明性規定に従っています。これらの事例は私たちの方針の試金石になるものと捉えています」と話している。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170113

原文

Europe’s drug regulator opens vaults of clinical-trials data
  • Nature (2016-10-27) | DOI: 10.1038/nature.2016.20855
  • Alison Abbott