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化学の多様性でマラリアに挑む

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マラリアを撲滅できれば、主にサハラ以南のアフリカに暮らす幼児など年間40万人以上の命が救われ、約2億件もの感染が回避されるだろう1。だがその実現には、寄生虫であるマラリア原虫(Plasmodium)のヒトへの感染における3つの段階全てを阻害できる薬が必要になる。今回、ブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の加藤信高(かとう・のぶたか)らは、「多様性指向型合成」を用いた特異な化合物ライブラリーの構築によって抗マラリア薬の新たな標的を発見し、この標的を阻害する二環式アゼチジン類と呼ばれる化合物群がマラリアの全ての感染段階で活性を示すことを明らかにした2。多様性指向合成の創薬における有用性を実証したこの成果は、Nature 2016年10月20日号344ページで報告された。

今回の加藤らの研究成果は、極めて重要な時期に発表された。マラリアの治療は現在、アルテミシニン誘導体と他の抗マラリア薬を併用するアルテミシニン誘導体多剤併用療法(ACT)に頼っている。迅速な薬効を示すACTが全世界で導入されるようになり、マラリアを媒介する蚊を駆除する取り組みが拡大したことで、マラリアによる死亡率はこの15年で半減した1。ところが、近年東南アジアではアルテミシニンに対する耐性が出現し、拡大している3。これに伴い、ACTで使用される併用薬に対しても進化的選択圧が強くかかるようになっており、実際カンボジアでは、ジヒドロアルテミシニンとピペラキンの両方に対して耐性が出現し、これらの化合物を併用するACTが急速に効果を失っている4。歴史的前例からすると、第一選択薬であるACTに対する耐性が次に生じる地域は、アフリカである可能性が示唆される。こうした耐性の問題から、より多くの薬剤の開発が緊急に必要なのだ。

マラリアのヒトへの感染は、マラリア原虫の生活環に対応した3つの段階に分けられる。第一段階では、ハマダラカ(Anopheles)の吸血を介して体内に入ったマラリア原虫が、肝臓に侵入して肝細胞内で増殖を繰り返すが、この段階ではまだ症状は現れない。第二段階では、肝臓から放出された原虫が赤血球に入り込み、そこで無性生殖を繰り返して増殖する。マラリアに特徴的な発熱などの症状が現れるのはこの段階だ。第三段階では、原虫が赤血球内で生殖母体(ガメトサイト)を形成する。このガメトサイトは、吸血によって再びハマダラカの体内に取り込まれ、そこで有性生殖を行うようになる(図1)。加藤らは今回、マラリア原虫の生活環における複数の段階で感染を阻害できる薬剤の候補を見つけるため、まず第二の無性血液段階にある、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)のin vitro培養系を用いてハイスループットスクリーニングを行った。熱帯熱マラリア原虫は、ヒトに感染するマラリア原虫の中で最も致死率が高い。

図1 マラリア感染の全ての段階を標的とする化合物BRD7929
マラリアは、マラリア原虫(Plasmodium)という寄生虫の感染によって引き起こされる。マラリア原虫は、ヒトの体内では3つの主要段階を経て成長・増殖する。
①肝臓への感染で、症状は現れない。
②マラリア原虫が赤血球に感染して症状が現れる無性血液段階。
③マラリア原虫が赤血球内で生殖母体(ガメトサイト)を形成し、これが蚊の体内に再び取り込まれることで、マラリアが伝播する。 加藤らは今回、BRD7929という二環式アゼチジン類化合物が、マラリア原虫の生活環の全ての段階に対して活性を示す、有望な薬剤候補となることを見いだした2。複数のマウスモデルでBRD7929の薬効を調べたところ、単回投与での治癒・予防・伝播阻止が確認された。

加藤らが、マラリア原虫の増殖を阻害する薬剤の候補探索において対象にしたライブラリーには、およそ10万種の化合物が含まれる。これらの化合物は、天然物に着想を得て多様性や構造の複雑性に富んだ分子群を系統的かつ簡便な工程で合成する「多様性指向型合成」と呼ばれる手法5で合成された。次に加藤らは、スクリーニングで選出された増殖阻害薬の候補化合物について、既知の抗マラリア薬に対して耐性を持つ一連のマラリア原虫株に対する作用を調べた。これらの評価は、最初に無性血液段階の原虫に対して行われ、その後、肝臓段階やガメトサイト段階の原虫に対象を広げて行われた。

スクリーニングの結果特定された「ヒット化合物」には、抗マラリア薬が標的とする既知のタンパク質(熱帯熱マラリア原虫のATP4、PI4K、DHODHなど)6に対して作用するもの数種の他、新規の作用機構を持つ可能性のあるものが多数存在し、その1つとして二環式アゼチジン類が見いだされた。なお、今回のスクリーニングのデータは、ブロード研究所の特設サイト「Malaria Therapeutics Response Portal」で公開されており、今後の抗マラリア薬の創薬・開発に有益なリソースとなるだろう。

加藤らは次に、二環式アゼチジン類の標的を明らかにするため、培養マラリア原虫に選択圧をかけて薬剤耐性を誘発し、生じた耐性原虫株の全ゲノム塩基配列を解読して遺伝子の変化を調べた。その結果、熱帯熱マラリア原虫の細胞質性フェニルアラニルtRNAシンテターゼ(Pf PheRS)が二環式アゼチジン類の標的であることを示す証拠が得られた。この知見は、生化学アッセイでPf PheRSの化学的阻害が実証されたことによって裏付けられた。PheRSは、メッセンジャーRNAの翻訳やタンパク質合成といった生命維持に不可欠な細胞過程において、転移RNA(tRNA)が新生タンパク質にフェニルアラニンを運搬するのを助ける。実は、tRNAシンテターゼは近年、有望な抗マラリア薬の標的として浮上していたのだ7

二環式アゼチジン類の複数の化合物について、溶解性やバイオアベイラビリティ(薬剤の生物学的利用能)を評価したところ、BRD7929という化合物が最も有望であることが分かった。そこで加藤らは、熱帯熱マラリア原虫の感染マウスモデルと、齧歯類に感染するネズミマラリア原虫(P. berghei)の感染マウスモデルを使って、BRD7929のin vivoでの効果を調べた。その結果、単回の低用量投与だけで、肝臓段階または無性血液段階の感染を排除するのに十分で、完治も可能であることが分かった。また、無性血液段階の感染を単回投与で治癒できた濃度において、ガメトサイト段階の伝播阻止活性も確認された。ヒト感染治療でも同等の効果が得られるとすれば、マラリアの撲滅に向けた強力な手段となり、この疾患の治療や対策の状況が一変するだろう6

今回の研究の成功のカギは、合成しやすく多様性に富んだ天然物様の化合物を大量にスクリーニングするという、加藤らの実に見事な着眼点にある。また、分野の異なるさまざまな研究機関の素晴らしい連携も注目されるべきだろう。こうした連携が、マラリア原虫の生活環全体に対するPf PheRS阻害剤の試験を可能にしたばかりか、構造と活性の関係の評価による候補化合物の化学的最適化と薬理学的評価を実現させたのである。ただし、二環式アゼチジン類が最終的に、望ましい単回投与での治癒特性や予防特性、伝播阻止特性を有する承認薬につながる保証はない。

BRD7929は、確かに今回の研究において、良好な経口バイオアベイラビリティの他、長い半減期(マウスでおよそ32時間)などの有望な薬理学的特性を示した。しかし、今後さらに試験を進めていく中で、毒性やマラリア原虫の標的酵素に対する選択性(相同なヒト酵素と比較して)の問題などに直面する可能性もあるだろう。そのような場合には、今回加藤らによって確立されたPf PheRSを用いる機能的スクリーニング法を利用して、二環式アゼチジン類に代わる別の化学構造を探すことができる。

抗マラリア薬への耐性が常に懸念されていること8から、加藤らはさらに、in vitroでBRD7929に対する熱帯熱マラリア原虫の耐性獲得について調べた。その結果、現在マラリア感染の治療に用いられている抗マラリア薬アトバコンでは、接種原虫数107以上で耐性が生じたのに対し、BRD7929ではアトバコンの10倍の濃度を用いてより強い選択圧をかけたにもかかわらず、原虫数109でも耐性の獲得は確認されなかった。実際のマラリア感染において、症状を示す段階の患者では、寄生する原虫の数は最大で1012に上る6。そのため、今回のBRD7929に対しても、マラリアが流行する状況下では耐性が出現する可能性は十分にある。ただし、そうした耐性の確立および拡大は、宿主の免疫や原虫の適応度など多くの要因に左右されるだろう。こうした耐性に関する懸念は、PheRS阻害剤と、それとは別の作用モードを持ち薬理学的に適合した阻害剤とを併用することで、軽減されるかもしれない。

今後の研究では、三日熱マラリア原虫(P. vivax)などのヒトに感染する別のマラリア原虫においてもPheRS阻害剤の効果を評価する必要があるだろう。三日熱マラリア原虫は、肝臓への感染段階で休眠期に入り、最初の感染後数カ月〜数年後に増殖を再開してマラリアを再発させることがある。現在、休眠期の三日熱マラリア原虫を殺滅させることのできる唯一の承認薬としてプリマキンが用いられているが、この薬剤は、比較的一般的な遺伝性疾患であるグルコース6-リン酸脱水素酵素欠乏症の一部の患者に対して強い毒性を示し得ることから6、これに代わる薬剤の必要性が差し迫っている。

安全で効果的な予防策や伝播阻止策と合わせて、単回投与によるマラリア治癒が実現されれば、この消耗性疾患によって社会経済的な状況が悪化し苦しんでいる多くの人々に希望の光がもたらされるだけでなく、世界の国々もより健全な社会を築くことができるようになるだろう。今回の研究はまさに、こうした目標の達成に不可欠な、多面的研究活動の連携が持つ力をはっきりと証明したものといえる。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170132

原文

Drug discovery: Chemical diversity targets malaria
  • Nature (2016-10-20) | DOI: 10.1038/nature19481
  • David A. Fidock
  • David A. Fidockはコロンビア大学医療センター(米国ニューヨーク)に所属。

参考文献

  1. WHO. World Malaria Report 2015 (2015).
  2. Kato, N. et al. Nature 538, 344–349 (2016).
  3. Ashley, E. A. et al. N. Engl. J. Med. 371, 411–423 (2014).
  4. Leang, R. et al. Antimicrob. Ag. Chemother. 59, 4719–4726 (2015).
  5. Lowe, J. T. et al. J. Org. Chem. 77, 7187–7211 (2012).
  6. Wells, T. N. C., Hooft van Huijsduijnen, R. & Van Voorhis, W. C. Nature Rev. Drug Discov. 14, 424–442 (2015).
  7. Pham, J. S. et al. Int. J. Parasitol. Drugs Drug Res. 4, 1–13 (2014).
  8. Corey, V. C. et al. Nature Commun. 7, 11901 (2016).