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情報の最小単位が原子に! 次世代メモリー誕生

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160906

原文:Nature (2016-07-18) | doi: 10.1038/nature.2016.20269 | Atom wranglers create rewritable memory

Ramin Skibba

格子状に並んだ塩素原子を原子操作で任意の場所に動かし、原子と空孔の並び方を利用して、原子1個につき1ビットの情報を持たせることのできる記憶デバイスが開発された。8000以上の原子ビットからなる約1キロバイトのこの「原子メモリー」は、1平方インチ当たり502テラバイトという桁外れの面記録密度を持つ。

原子(水色)と空孔(青色)からなる格子の一部。塩素原子1個と空孔1個の対が1ビットに相当し、上段・下段の順に「空孔-塩素原子」で「0」、「塩素原子-空孔」で「1」を意味する。この列は1バイト(8ビット)のデータに相当し、アルファベットの「e」を表す。 | 拡大する

Courtesy of TU Delft

年々性能が向上しているスマートフォンやタブレット。だが、こうしたデバイスに持たせることのできる演算処理能力には物理的な壁がある。「チップに搭載できるトランジスターの数は2年ごとに2倍になる」という『ムーアの法則』は有名だが、デバイスの微細化というトップダウン方式の小型化は、際限なく続けられるわけではないからだ。

こうした小型化の壁を乗り越えるべく、研究者たちは今、物質の基本構成要素である原子を出発点としてデータ容量の増大を図るボトムアップ方式の発想で、この問題に取り組んでいる。デルフト工科大学(オランダ)の物理学者Sander Otteらは今回、微小な銅表面上に塩素原子を並べ、個々の塩素原子と隣接した空孔の組にそれぞれ1ビットの情報を持たせることで、計1キロバイト以上のデータを記憶する書き換え可能な「原子メモリー」デバイスを実現した。このデバイスは桁外れの面記録密度を有し、銅表面の面積を1cm2まで拡大すれば約10テラバイトの情報を記憶できるようになるという。この成果は、2016年7月18日付でNature Nanotechnology に報告された1

「原子スケールで組み立てられた構造体としては、これまでで最大になります。しかも、最先端のハードディスクドライブと比較して、単位面積当たりのデータ容量が3桁も優れているのです」とOtteは説明する。

パズルのピース

今回開発された計1016バイト(8128原子ビット)の原子メモリーのSTM画像(サイズ:96×126nm、トンネル電流:2.00nA、サンプル側のバイアス電圧:+500mV、温度:1.5K)。記録された情報は、ナノテクノロジーの始まりとも称されるリチャード・ファインマンの有名な講義『There's plenty of room at the bottom』の一節。127の機能ブロック、17の損傷ブロックからなり、全体的な面記録密度は0.778ビット/nm2に上る。 | 拡大する

Ref.1

今回の手法は、走査トンネル顕微鏡(STM)の鋭い探針を使い個々の原子を素早く確実に移動させて配置替えする、「原子操作」の技術を利用している。この技術は、1990年にIBMの科学者たちが、ニッケル表面上で35個のキセノン原子を並べて「IBM」の文字をつづったときに初めて実証された。今回Otteらのチームは、この原子操作の概念をさらに発展させた。

銅の単結晶表面を塩素化すると、塩素原子は銅表面上で自己組織化して格子状に整列する。研究チームはこの現象を利用し、処理時間を調節して塩素原子が存在しない空間、すなわち空孔が多数存在する状態を作り出し、これらの空孔を、STMの探針で隣接原子を移動させることで任意の場所に移動させた。ちょうど、スライドパズルでピースをスライドさせるのと同じ原理である。

この配列において、塩素原子1個と空孔1個の対は1ビットに相当し、上段・下段の順に「空孔-塩素原子」となる組は「0」、「塩素原子-空孔」となる組は「1」の情報を持つ。従って、塩素原子と空孔の場所を入れ替えることで、コンピューターコードの基礎である1と0のスイッチングが可能になる。

研究チームは、空孔同士が隣り合って個々の空孔が区別できなくなってしまうのを避けるために、各ビット間を塩素原子の列で区切った。また、原子操作の段階では空孔の数を変えることができないため、8ビット(デジタル情報単位で1バイトに相当)×8列からなるブロックに分割して、各ブロック間を4列の塩素原子で区切ることで、空孔の数が足りなくなるのを防いだ。さらに、各ブロックの左上隅にコード列の「始まり」や「終わり」を示す原子マーカーを配置することによって、符号化された情報の読み出しに必要な時間を短縮した。このデバイスでは情報の読み取りや書き換えの際、こうしたマーカーを頼りに必要な部分だけ読み進めればよく、またこれらのプロセスは全て自動化されていることもあり、以前の原子デバイスでは数日かかっていた作業が、数時間で済むようになった。

今後に期待

今回のメモリーデバイスの大きな欠点は、温度を−196℃に維持しなければならないことである。これ以上の温度では、塩素原子と空孔とで構成される格子が不安定になってしまうからだ。この温度は液体窒素の沸点に相当し、室温からはかけ離れた低温だが、過去の原子メモリー開発では、さらに低い温度を保つために液体ヘリウム冷却剤が用いられたことを考えると、温度とコストの両方が大幅に改善されたといえる。

「見事な原理証明研究です。原子操作法で機能性メモリーデバイスを実現できる可能性を示した、最初の一歩といえるでしょう」とポールドルーデ固体エレクトロニクス研究所(ドイツ・ベルリン)の材料科学者Stefan Fölschは評価する。

Otteらの手法をスケールアップしてより大きな構造体を実現し、それらのグリッドを三次元配置できれば、世界最大の図書館である米国議会図書館の全情報に相当する数百テラバイトものデータを、塩粒ほどの立方体に収めることも可能になる。さらに改良が進み、クラウドのデータストレージに役立つともなれば、新たなデータセンターは不要になるかもしれない。

だが、こうしたデータ記憶は、今回の技術の数ある応用の1つにすぎない。「Otteの研究は、我々が原子スケールで何をしようとしているのか、人々に興味を持って想像してもらう良いきっかけになります」とIBMアルマデン研究所(米国カリフォルニア州サンノゼ)の科学者Chris Lutzは言う。長い目で見れば、Otteらの研究は、原子単位の新材料設計に向けて道を開くことになるかもしれないのだ。

(翻訳:藤野正美)

参考文献

  1. Kalff, F. E. et al. Nature Nanotechnol. (2016)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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