ホビットの祖先?小型成人の骨発見
現生人類に近縁の小型種がかつてインドネシア・フローレス島に住んでいたことが明らかにされたのが2003年。研究チームはその後もフローレス原人(通称「ホビット」)の祖先につながる手掛かりを探していたが、10年以上経っても進展がなかった。2010年から、初めてフローレス原人が発掘されたリャンブア洞窟の近くで大規模な発掘調査を開始したものの、リーダーの1人、ウロンゴン大学(オーストラリア)の古生物学者Gerrit van den Berghは「必ず何らかの手掛かりを見つける」という誓いがゆらぎかけていた。そうした心境で迎えた2014年10月、その年の作業が終わるまであと数週間となった頃、地元の作業員によって70万年前の臼歯が発見された。そして立て続けに、他の歯と下顎骨のかけらも出土した。
「何かを見つけられるという望みは失っていたのですが、逆転ホームランが出たのです」。こう語るvan den Berghと、彼が率いる研究チームは、その知見をNature 6月9日号で2編の論文として発表した(G. D. van den Bergh et al. Nature 534, 245–248; 2016、およびA. Brumm et al. Nature 534, 249–253; 2016)。「私たちは牛を1頭つぶして、踊って、それはそれは盛大な祝宴になりました」。
その異常に小さな下顎骨と歯は、少なくとも1人の成人と2人の小児のもので、フローレス島で発見された10万~6万年前のホビットの骨とよく似ていた。フローレス原人の祖先である可能性を持つ人類が初めて発見されたのだ。
フローレス原人には、研究者を悩ます2つの大きな謎がある。「フローレス原人はどこから来たのか、そしていかにしてこれほど小型化したのか」というものだ。今回見つかった下顎骨と歯は、この疑問への答えを導くものと期待される。しかし、ホビットに関する他のあらゆる問題と同様に、研究者の間では意見がほとんど定まらず、確固たる結論を出すにはさらに多くの化石が必要だという声が上がる。
オーストラリアを拠点に活動していた岩絵の専門家、故Mike Morwoodが率いたチームが2003年にリャンブア洞窟でホビットを発見したことは、またたく間にセンセーションを巻き起こした。しかし、人類の系統樹上での位置付けについては意見が分かれている。Morwoodのチームは、それがジャワ原人(欧州やアジアまで広がり、アフリカではホモ・サピエンスに進化したと考えられるものと同じホモ・エレクトス種)が小型化したものではないかと考えた。フローレス原人について、長く平たい足といった特徴を調べた別の科学者は、もっと小型で原始的なハビリス原人などの近縁人類種、あるいはサハラ以南のアフリカで出土した化石からしか知られていないアウストラロピテクス(猿人)が起源だと考えている。
ホビットの祖先を求めて、Morwoodらは2004年、リャンブアから74 km離れたマタメンゲという遺跡に戻った。そこは、1960年代にゾウの骨や石器が発見された場所だ。当初、それは小規模な発掘だったが、チームは2010年に規模を大幅に拡大した。ブルドーザーで2000 m四方の土地を切り開き、それから週6日、100人を超える地元の人々がたがねとハンマーで掘削を行った。その結果、石器が数百点、ワニやネズミ、コモドオオトカゲなどの動物化石が数千点発見されたが、人類の骨は出てこなかった。
Morwoodは、その頃には進行性の前立腺がんを患っており、現地を訪れたのは2012年が最後になった。「Morwoodは全力を挙げてその遺跡を丹念に見て回ろうとしていました。見るからにつらそうでしたが、とにかく綿密に気を配っていました」とvan den Berghは振り返る。「彼の『もっとたくさん、もっと速く穴を掘ってくれ』という要求は日増しに高まっていきました。心から人骨の出土を願っていたのです」。
Morwoodは、歯と下顎骨の出土を待たず2013年に亡くなったが、日本、オーストラリア、インドネシアの科学者が共同でまとめたNature 論文2編に著者として名を連ねている。
研究チームは、マタメンゲで発掘された下顎骨は、ビットよりもさらに小型の成人のもので(親知らずが萌出していた)、2本の犬歯は異なる2人の小児の乳歯だと結論付けた。薄い下顎骨は、さらに原始的な人類であるハビリス原人ほど丈夫ではなく、ジャワ原人やフローレス原人のものに近かった。角型の歯は、ジャワ原人とフローレス原人の中間型だった。ある1本の歯と、その周囲の岩石から、今回の化石は約70万年前のものと推定された。一方、その地域で最古の人工物については、ジャワ原人の一団がフローレス島に到達したのが約100万年前だったことを示唆している、とvan den Berghは話す。
食べ物で小型化
van den Berghらは、その化石から、ホビットの祖先として最も可能性が高いのは体の大きなジャワ原人だと考えられることを指摘し、資源の少ないフローレス島に適応してわずか数十万年の間に小型化したのではないかとみている。ゾウなどの大型生物は、島嶼に典型的な食物不足に対処するため時間とともに小型化することが知られており、イギリス海峡ジャージー島のアカシカはわずか6000年の間に本来の大きさの6分の1まで小型化した、とvan den Berghは説明する。
ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(UCL;英国)の古生物学者Fred Spoorと、自然史博物館(英国ロンドン)の古人類学者Chris Stringerは共に、現時点でホビットの祖先としてはジャワ原人が最もふさわしいという見方に賛同するが、Stringerは、その小型化がフローレス島で起こったとすることにはやや懐疑的だ。Stringerによれば、スラウェシ島など別の島で出現したホビットがフローレス島にやってきたことも十分に考えられるという。
しかし、ストーニー・ブルック大学(米国ニューヨーク州)の古人類学者William Jungersは、その化石だけではジャワ原人起源説の十分な裏付けとはならないと話す。「いずれにせよ、今回新たに見つかった断片的な歯の標本が、フローレス原人の起源に関する仮説の対立を解決するとは考えられません」。
今回見つかった歯と下顎骨は、丘陵から流れる小川が堆積させた砂岩から出土したことから、van den Berghは、そこには他にも人類の化石が埋まっていると期待している。一方、van den Berghの同僚は、フローレス島北方のスラウェシ島で石器を発見した。今後ホビットがさらに発見される見込みは、それほど厳しいものではなさそうだ。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2016.160912
原文
‘Hobbit’ relatives found after ten-year hunt- Nature (2016-06-09) | DOI: 10.1038/534164a
- Ewen Callaway