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ペット医療で活況のバイオテク市場

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160916

原文:Nature (2016-06-16) | doi: 10.1038/534303a | Stem cells for Snoopy: pet medicines spark a biotech boom

Heidi Ledford

ペットが長生きするようになったことで、免疫抗体から細胞治療といった新しいタイプの医療が行われ始めている。

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PK-Photos/E+/Getty

12歳のマルチーズ犬Jonahは、以前にはその小さな体全体で痛みを表現していた。傷んだ膝のせいで、体を折り曲げこわばった姿勢で必死に歩いていたのだった。しかし、Jonahのかかりつけの獣医師、Kristi Livelyは、疼痛治療のための免疫抗体療法の治験にJonahを参加させた。治療開始後、再びヴィレッジ医療センター(米国テネシー州フェラガット)を訪れたJonahの飼い主は目に涙を浮かべていた。彼女の小さな友達は、苦しむ様子もなく飼い主の横を速足で歩いている。「私の犬は元通りに歩けるようになりました」と彼女は言った。

かつて、このような最先端医療の対象は人間に限られていた。けれども近年、飼い主の意識が変化したことで、ペットのための高度治療ブームに火がついた。そして今、多くの治療法が市場に出回ろうとしている。2016年6月9日、この免疫抗体治験のスポンサーとなったネクスベット社(Nexvet;アイルランド・ダブリン)は、米国コロラド州デンバーで開かれた米国獣医内科学会フォーラムでその結果を発表した。他の会社も、骨髄移植、高度細胞治療、がんワクチンの開発に取り組んでいる。

「子どもの頃、私が今行っているようなことをするようになるとは夢にも思いませんでした」とテキサスA&M大学(米国カレッジステーション)の獣医腫瘍学者Heather Wilson-Roblesは言う。彼女はがん治療用のイヌ免疫細胞を作製している。

ペットの寿命が延びるに従って、加齢に関連するがんや関節炎といった病気が多く見られるようになってきた。飼い主がペットに良い治療を受けさせるようになったこともその一因である。「1世代前には、とても愛されていたスヌーピーでさえも、裏庭の犬小屋に住んでいました」とペット医療会社、アラタナ・セラピューティクス社(Aratana Therapeutics;米国カンザス州リーウッド)の社長、Steven St. Peterは言う。今、ペットは家族の一員と見なされ、飼い主と同じベッドで眠ることも多い。そうした飼い主は、獣医師から高額な医療費を請求されても喜んで支払う。

多くの標準的なペット用の治療では、ヒト用の薬剤を、ペットの体のサイズを考慮して、用量を減らして与える。しかし免疫抗体や細胞治療の場合は一般に、別の動物種に用いると望ましくない免疫反応を必ず引き起こしてしまう。そしてヒト用の治療の中にはペットには効き目のないものもあり、多くのよく知られている鎮痛薬はネコにとって有毒だ。

2011年の設立以来、投資家から8000万ドル(約84億円)以上の資金を集めてきたネクスベット社は、ヒト医療用に認可された免疫抗体を使い、その構造を変えることでネコやイヌへの効果を持たせている。1つの医薬品リードから安全性試験に移行するのにおよそ18カ月を要すると、最高責任者のMark Heffernanは述べる。彼は、疼痛緩和を目的としたネクスベット社の免疫抗体治療は、年間約1500ドル(約16億円)の費用がかかるだろうと推定する。同社は現在、PD -1と呼ばれるタンパク質をブロックする免疫抗体の開発を検討している。PD-1がブロックされると免疫系が解除され、がんと闘うことができる。この手法は、ヒトではがん患者の治療に非常に有望だということがすでに示されている。

アラタナ社もペットのための免疫抗体治療法を開発中で、細菌を用いて悪性細胞を攻撃するがんワクチンの認可を規制当局に申請した。同社は細胞治療へと進んで、関節痛の治療用に脂肪から幹細胞を作出する方法を開発したいと考えている。St. Peterは、ヒトに対する幹細胞治療を開発している他の会社に先んじて、自分の会社が米国食品医薬品局(FDA)から最初の認可を取得することを望んでいる。

別の種類の細胞治療も、新しい獣医学的治療となるかもしれない。2015年7月、獣医腫瘍学者のColleen OʼConnorは、がん治療会社CAVUバイオセラピーズ社(CAVU Biotherapies;米国テキサス州ヒューストン)を設立した。CAVU社は、リンパ腫を治療するために、病気のイヌの免疫細胞を単離し、培養液中で細胞を活性化した後、それらを患犬の血液中に戻して免疫反応を誘発することを目指している。OʼConnorは2011年に、同様の手法を、当時合衆国上院議員だったKent Conrad(ノースダコタ州の民主党員)が飼っていたビションフリーゼ犬Dakotaに用いた。「101番目の上院議員」として国会議事堂でおなじみだったDakotaは緩解に入ったが、後にがんで死亡した。

多くのペットの飼い主にとって、治療費は問題ではない。ノースカロライナ州立大学(米国ローリー)の獣医腫瘍学者Steven Suterはイヌのための骨髄移植クリニックを開いており、リンパ腫の33%が治ると主張する。2008年の開設以来、治療には最高で2万4000ドル(約250万円)の費用がかかると飼い主に告知しているにもかかわらず、クリニックの予約は途切れることがない。Suterは医療費を下げようと努力してきた。血液をフィルターにかけて幹細胞を採取するのに、彼のクリニックでは、シュナウザー犬に目がない医師から寄付された中古の機械を使っている。それでも、この金額になってしまうのだ。今年の前半には、いくつかの主要なペット保険会社が、支払いの対象となる治療のリストに骨髄移植を加えた。

しかし最近のペットの治療に関しては、ヒトの治療を適用できる動物種とそうでない種がある。Suterによれば、ネコは「生理学的に注意を要する」という。ネコは体が小さすぎるので、彼がいつも使っている機械では骨髄移植はできないだろうとSuterは述べる。そしてOʼConnorも、「ネコの免疫系もヒトやイヌのものとは大いに異なっている」と指摘する。つまり、高度な免疫療法をネコ科動物の病気に適用できるようになるには、基礎研究がもっと必要ということだ。

Livelyのクリニックでは、多くのイヌやネコの飼い主が、自分たちのペットがネクスベット社の治験に参加できたことを感謝した。だが、治験が終わって1カ月もすると、免疫抗体療法の効果は弱まり始めた。Jonahの飼い主も、何とかもう一度治療を受けたいとLivelyに電話をかけてきたクライアントの1人だった。「残念ですが、この製品が市場に出るまで待たなければならないでしょう」とLivelyは言う。

(翻訳:古川奈々子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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