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腫瘍を抗ウイルス応答で撃退するがんワクチン

免疫療法の中で最も効果的な手法は、現時点ではおそらく予防ワクチンだ。しかし、ヨハネス・グーテンベルグ大学医療センター(ドイツ・マインツ)のLena M. Kranzらは今回、既存の腫瘍に対して効果を発揮するがんワクチン戦略を開発し、Nature 2016年6月16日号396ページに報告した1。この手法では、ウイルスが血流に侵入した状態を模倣するように加工した、腫瘍RNAを含むナノ粒子を用いる。このナノ粒子は、リンパ組織に到達すると、樹状細胞などの免疫細胞において抗ウイルス型の防御機構を活性化できる。樹状細胞はナノ粒子から得られたRNAを翻訳して腫瘍抗原を発現し、攻撃対象の目印としてT細胞に提示する。そして、プライミングされたT細胞は、抗腫瘍免疫応答を開始する。

抗腫瘍ワクチンは、がんが既に確立し、しばしば全身に及んでいる場合に効果を発揮することが求められる。だが、がんに対する効果的なワクチン開発は、ウイルスに対する予防的なワクチンのようにはいかず困難だ。その理由の1つに、がん細胞が多くの点で正常細胞と似ていることが挙げられる。免疫系には自己への攻撃を避ける仕組みがあり、がん細胞は攻撃されにくいのだ。だが、がん細胞が、正常な成人細胞が通常発現していない抗原を発現していれば、強力な免疫応答が起こると予想される。また別の理由として、がんの増殖は、微生物感染の際に起こるような強い炎症シグナルを伴わないことも挙げられる。これは、がんの周囲に、免疫細胞ががんの増殖を許容あるいは促進するような腫瘍微小環境が作られることと関係している2。さらに、ほとんどのがんは、何年にもわたる免疫系との共存や共進化の結果、その腫瘍微小環境を免疫抑制性に変化させており、免疫反応が起こりにくい。

ワクチン療法では、特殊化した抗原提示細胞が非常に重要な役割を担っており、特に樹状細胞は効率よくT細胞を活性化できる。in vitroで抗原を提示させた培養樹状細胞をがん患者に移入すると免疫系を活性化できるが、現時点では臨床的有効性は限定的である3。これらのワクチンの大部分では、単球と呼ばれる白血球をin vitroで分化させて作った樹状細胞を使用する。また、通常血液中を循環している別の樹状細胞サブセットをex vivoで活性化する方法も研究されており、この療法では、抗ウイルス活性を持つインターフェロンα(IFN-α)を高レベルで産生する形質細胞様樹状細胞4などの数種の樹状細胞が用いられる。

一方、手間がかかり高価なin vitro培養5を行わずに済むよう、患者自身の樹状細胞をin vivoで直接活性化することを目的としたワクチンも探索されている。このようなワクチンには少なくとも3つの構成要素が必要である。(1)樹状細胞を標的とする「住所標識」(樹状細胞特異的に結合する抗体や、炭水化物などのリガンド分子)6-8(2)腫瘍抗原(3)T細胞を完全に活性化できるよう樹状細胞をプライミングする化合物〔通常はToll様受容体(TLR)のリガンド〕である。樹状細胞を標的とする抗体や他のリガンドを含んだナノ粒子は、抗原およびTLRリガンドと共に投与すると有効であることが動物モデルで証明されている9。現在は、樹状細胞を標的とする抗体に腫瘍抗原を結合させた抱合体の初回臨床試験が進行中10である。

Kranzらが開発したのは、上述のような樹状細胞を標的とする抗体あるいはリガンドを必要としないナノ粒子ワクチンで、RNA−脂質複合体からなる11。Kranzらはまず、RNAと脂質の比を操作することでわずかに負に帯電させたナノ粒子を作製してマウスに静脈内投与し、脾臓や他のリンパ組織の樹状細胞を含む区画に送達できることを示した。次に、蛍光タンパク質をコードするRNA−脂質複合体を投与して体内での分布を調べたところ、ナノ粒子のリンパ組織での取り込みは、用いた脂質の種類よりも、ナノ粒子の全体的な電荷に依存していることが分かった。蛍光が観察されたのは、脾臓の辺縁帯や他のリンパ系器官に存在する抗原提示樹状細胞と、マクロファージと呼ばれる別の種類の抗原提示細胞で、両細胞とも分子マーカーCD11cを発現している。一方、CD11c発現細胞を除去したマウスでは、蛍光は観察されなかった。また、形質細胞様樹状細胞では蛍光が見られなかったが、ナノ粒子を取り込んだと考えられる他のシグナル伝達応答が見られた。

このRNAを含むナノ粒子の取り込みは、微飲作用(micropinocytosis)と呼ばれる細胞膜を基盤とする過程によって起こったことが分かった。そして、ナノ粒子を最も多く取り込んだのはマクロファージであったが、RNAにコードされた蛍光マーカーの発現が最も高かったのは樹状細胞であった。このことは、樹状細胞の方が、取り込んだRNAを効率的に細胞質に到達させ、タンパク質に翻訳できることを示している。

ナノ粒子の投与後、一過性のIFN-α産生の波が観察されたことは興味深い(図1)。1つ目の波は、形質細胞様樹状細胞によって産生され、投与の2〜3時間後でピークになる。2つ目の波は、マクロファージによって産生され、投与の約6〜8時間後に生じる。また、IFN-αの分泌はTLR受容体によって仲介され、1つ目の波は樹状細胞前駆細胞が成熟して移動し、脾臓やリンパ節のT細胞に遭遇するのに必要であることが、さまざまな遺伝子改変マウスを調べて分かった。これが、マウスの腫瘍モデルにおいて種々の抗原に対する完全なT細胞応答(IFN-α分泌の2つ目の波に助けられる)を引き出し、ロバストで持続的な抗腫瘍応答を生み出している。

図1:抗腫瘍ナノ粒子ワクチン
a Kranzらは1、ナノ粒子(腫瘍抗原をコードするRNAを含む脂質複合体)を調整し、このナノ粒子がマウスにおいて樹状細胞およびマクロファージに送達されることを報告した。樹状細胞前駆細胞がこのナノ粒子を取り込むと、抗原を提示する成熟樹状細胞になり、T細胞に出合うために所属リンパ節へと移動する。一方、形質細胞様樹状細胞がナノ粒子を取り込むと、T細胞活性化の最初のプライミングに役立つインターフェロンαを分泌する(インターフェロン産生の1つ目の波)。
b 成熟樹状細胞は、ナノ粒子内のRNAを翻訳して腫瘍抗原を発現し、それをT細胞に提示する。マクロファージがナノ粒子を取り込むと、インターフェロンを分泌する(インターフェロン産生の2つ目の波)。この波が、特異的抗原に対してT細胞を完全にプライミングする。
c プライミングされたT細胞は、腫瘍細胞を攻撃する。

Kranzらはこの研究を拡大して、黒色腫患者3人に対して最初の臨床試験を行い、その結果を論文中で報告している。今後はより大きな無作為化された臨床試験での評価が必要だが、3人全ての患者で、IFN-αの産生と、免疫された抗原に対する強力なT細胞応答の誘起が確認されたことは素晴らしい。この応答は、マウスで投与された量よりも少ない量でも観察された。また、この強力なT細胞応答には、CD4 T細胞とCD8 T細胞の両方が関与している。抗ウイルス応答の特徴は細胞傷害性CD8 T細胞の活性化であるが、このナノ粒子は両方のT細胞の応答を誘起し、これは通常、抗がん作用を増強する方向に作用する。

今回Kranzらは、ナノ粒子を送達するために静脈投与を用いたが、他の投与ルートを探索することも重要だ。投与ルートによりナノ粒子の分布も変わる可能性があるからだ。また、マウスでの実験のように主にCD11c発現細胞に送達されたかどうかを確認するために、ヒトにおいて、放射性標識したナノ粒子を用いてその組織分布を調べる必要もある。さらに、CD11cを発現していて高い貪食能を持つ免疫系の他の細胞(好中球や単球など)も、ナノ粒子の構成要素を取り込み活性化されている可能性があるので、これらの細胞が免疫系のシグナルを作り出すのにどのように寄与しているかを明らかにする必要もある。

Kranzらの研究は、腫瘍に対してロバストなT細胞応答を発揮させる際のIFN-αの役割を浮き彫りにした。今回のマウスおよびヒトの研究では、CD8 T細胞応答が(CD4 T細胞応答と同様に)観察されている。CD8 T細胞は腫瘍根絶に働く主要な種類の免疫細胞であることが以前から知られているが、樹状細胞の異なるサブタイプが異なる種類のCD8 T細胞を刺激することや3、CD4 T細胞の寄与が、小さく見積もられているかもしれない。今回マウスで検討された異なる種類の腫瘍抗原(成人組織に通常は発現していない抗原や腫瘍細胞内で生じた変異に基づくネオアンチゲン)の結果が良好であることを考えると、3人のがん患者でも同様の応答が見られたことは興味深い。このナノ薬剤のプラットホームはワクチン分野への強力な後押しになり、この後の臨床研究の結果が非常に重要になるだろう。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160932

原文

Cancer vaccine triggers antiviral-type defences
  • Nature (2016-06-16) | DOI: 10.1038/nature18443
  • Jolanda De Vries & Carl Figdor
  • Jolanda De Vries & Carl Figdorはラドバウド大学医療センター(オランダ・ナイメーヘン)に所属。

参考文献

  1. Kranz, L. M. et al. Nature 534, 396–401 (2016).
  2. Joyce, J. A. & Fearon, D. T. Science 348, 74–80 (2015).
  3. Palucka, K. & Banchereau, J. Nature Rev. Cancer 12, 265–277 (2012).
  4. Tel, J. et al. Cancer Res. 73, 1063–1075 (2013).
  5. Tacken, P. J., de Vries, I. J., Torensma, R. & Figdor, C. G. Nature Rev. Immunol. 7, 790–802 (2007).
  6. Bonifaz, L. C. et al. J. Exp. Med. 196, 1627–1638 (2002).
  7. Bonifaz, L. C. et al. J. Exp. Med. 199, 815–824 (2004).
  8. Tacken, P. J. et al. Blood 106, 1278–1285 (2005).
  9. Cruz, L. J. et al. J. Control. Release 144, 118–126 (2010).
  10. https://clinicaltrials.gov/ct2/results?term=dec-205&Search=Search
  11. Kuhn, A. N. et al. Gene Ther. 17, 961–971 (2010).