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探査機ジュノーが木星周回軌道に

木星の大赤斑も、大気を貫いて渦を巻く気流が生み出す複雑な模様の1つだ。 Credit: NASA/JPL

2016年7月4日、米航空宇宙局(NASA)は21年前のガリレオ・ミッションで着手した仕事の仕上げにかかった。2011年に打ち上げられた木星探査機ジュノーは、この日の午後8時18分(太平洋標準時)から35分にわたってメインエンジンを噴射して木星の極軌道に入った。その後の微調整により、現在は、木星の強力な放射線帯からの激しい放射線をできるだけ避けながら、荒れ狂う雲頂からわずか4200kmのところをかすめる軌道を飛行している。

太陽系最大の惑星である木星の周回軌道に探査機が送り込まれたのは、初の木星探査機ガリレオ(1995年12月に木星周回軌道に到達)以来だ。ガリレオにできなかった観測を行うジュノーには、大気中の水の含有量、コアの有無、めったに見ることができない極地方で何が起こっているかなど、木星をめぐる基本的な疑問に答えるための観測装置が搭載されており、ミッションの総額は11億ドル(約1200億円)に上る(「木星探査機ジュノー」参照)。

Credit: SOURCE: NASA

46億年前に、生まれたばかりの太陽の周りで渦を巻いていたガスから最初に凝縮してきた惑星は木星だったと考えられている。それに従えば、木星は太陽系の中で最も原始的な材料からできているはずだ。木星が主として水素とヘリウムから構成されていることは分かっているが、科学者たちは、他の元素の正確な含有量も突き止めることを熱望している。

このミッションの主任研究員であるサウスウェスト研究所(米国テキサス州サンアントニオ)の惑星科学者Scott Boltonは、「木星のレシピが知りたいのです」と言う。

木星のレシピ

木星といえば、幅の広い茶色い帯と異様な大赤斑を見せている姿がおなじみだが、これらはアンモニアと硫化水素の渦巻く雲のいちばん上の部分にすぎない。雲の上から下界を覗き見ることができるローマ神話の女神ユノ(Juno)にちなんで名付けられた探査機ジュノーは、マイクロ波を使って木星の大気を数百km下まで見通す。

ジョージア工科大学(米国アトランタ)の電気工学者Paul Steffesは、木星の内部の探査により、木星大気の循環を引き起こす巨大な対流についての理解が深まることを期待している。

Steffesらは、木星大気のそれぞれの層の様子をシミュレーションするために、実験室で一連の実験を行った。そこから、木星大気の温度は、雲頂付近では−100℃だが、大気深部では300℃以上まで上昇するという結果を得ている。

科学者たちは、ジュノーからもたらされる木星の観測データを彼らのシミュレーションと比較することで、木星大気のさまざまな深さにアンモニア、水蒸気、およびその他の物質がどのくらいあるかを明らかにしたいと考えている。「木星の大気の組成を解明できれば、木星の進化の過程をもっとよく理解できるようになるからです」とSteffes。木星の形成過程をめぐっては、今日とは異なる場所で形成されたとするものを含めてさまざまな仮説があり、論争になっている。木星の大気に含まれる水の量は、木星が太陽からどのくらい離れたところで形成されたかによって変わってくるため、これを測定することができれば、論争の決着に役立つはずなのだ。

準備は万端

ジュノーが木星に到達する前から、多くの天文学者や天文愛好家が地上や宇宙の望遠鏡で木星を観察していたが、木星の大気に特に大きな変化はないようだ。NASAのゴダード宇宙飛行センター(米国メリーランド州グリーンベルト)の惑星科学者Amy Simonは、「木星はいつもどおりの状態です。これは良いことです」と言う。木星が「いつもどおり」なら、研究者たちはジュノーからの知見をしっかり理解できるはずだ。

ここ数年の大赤斑の縮小傾向は現在も続いていて、両側のジェット気流との相互作用もどんどん小さくなっている。木星の赤道のすぐ北にある太い帯は2015年末から広がりつつあり、この変化は大気の深いところで起きているプロセスと関係している可能性がある。

レスター大学(英国)の惑星天文学者Leigh Fletcherは、「大気中のある高さで起きている出来事と別の高さで起きている出来事との関連を考えることで、大気全体がどの程度結び付いているかが分かります」と説明する。

ジュノーが木星の大気をより深く探っていくと、高圧により水素が圧縮されて液体になっている層についての情報が得られるはずだ。この状態の水素は電気を通し(金属水素)、その対流が木星の強力な磁場を発生させると考えられている。さらに深いところではコアが存在している証拠を探す。ほとんどの科学者は、木星の中心部には重い元素からなる高密度の塊があると考えているが、まだ観察されたことはない。ジュノーは、木星の重力が機体をどのように引っ張るかを正確に測定することで、コアの有無を明らかにする予定である。

放射線との戦い

これまで木星の極が観測されたことはなかったが、ジュノーは初めてこれを観測することになる。巨大なガス惑星を取り巻く危険な放射線帯を避けるため、ジュノーは細長い楕円軌道で木星の周りを周回するが、それでもミッションの間に歯科X線1億回分の放射線を浴びることになる。ジュノーは木星の強力な磁場が作り出すオーロラの真上を飛行するため、土星の北極で長年観測されている六角形に似た渦模様を観測対象にするかもしれない。

科学者たちが木星から学ぶ教訓は、太陽系外惑星を含めた、他の巨大ガス惑星にも当てはまる。「木星の成り立ちが解明されれば、他の恒星の周りの惑星系に巨大惑星が及ぼす影響をうまく扱えるようになるでしょう」とFletcher。

ジュノーは軌道を37周した後、生命が存在している可能性のある衛星エウロパを汚染することがないように、2018年初頭に木星に突入して雲の中で燃え尽きる。その後は、科学者が木星を間近から見る機会はしばらく来ない。現時点で計画されている木星ミッションは欧州宇宙機関(ESA)のJUICE (Jupiter Icy Moons Explorer)だけだ。この探査機は2022年に打ち上げられ、主として衛星ガニメデを観測する。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160921

原文

NASA’s Juno spacecraft prepares to probe Jupiter’s mysteries
  • Nature (2016-06-30) | DOI: 10.1038/534599a
  • Alexandra Witze