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知性の指標を探す遺伝子バリアント研究に賛否両論

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160810

原文:Nature (2016-05-12) | doi: 10.1038/533154a | Gene variants linked to success at school prove divisive

Erika Check Hayden

学校に通う年数に影響を与える74個の遺伝子マーカーが突き止められた。研究チームはまた、就学年数は知性の代理指標となり得るとも述べている。

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Liam Norris/Getty

社会科学分野で行われたこれまでで最も大規模な遺伝学的研究で、個人が終了した正規の学校教育の年数に関連付けられる数十個のDNAマーカーが発見され、Nature 5月26日号539ページに発表された。この研究1では、約30万人の遺伝物質が分析された。

「これは朗報です」と、知性に関する遺伝学的研究を行っているミシガン州立大学(米国イーストランシング)の理論物理学者Stephen Hsuは言う。「十分な検出力があれば、認知能力と結び付けられる遺伝子バリアントを発見できることが示されたのです」。

しかし、この研究論文の著者らは、自分たちが明らかにした74個の遺伝子マーカーは、就学年数に影響を与えている全遺伝的要因のわずか0.43%を占めるにすぎないと見積もっている。つまり、これらのマーカーだけでは、ある個人の学業の達成を予測することはできない。さらに、この研究では欧州系の人々だけを対象に調べているため、この結果がアフリカあるいはアジアなど、他の地域にルーツを持つ人々にも当てはまるかどうかは分からない。

この研究結果に対する意見は分かれている。生物学、医学、社会政策の研究にとって助けになると期待を寄せる研究者もいる一方、遺伝学に重きを置きすぎると、健康、子どもの育て方、学校の質といった、個人の学力にもっと大きな影響を与える要因がなおざりにされかねないと考える研究者もいる。

「標準的な個人を対象とした非常に大規模な遺伝学的研究からは、この類いの特徴に関する理解を深めるのに有用な情報はほとんど得られません。政策立案者や資金提供者は、このような研究から手を引くべきです」とペンシルベニア州立大学(米国ユニバーシティーパーク)の人類学者Anne Buchananと遺伝人類学者Kenneth WeissはNatureへのコメントで述べている。

この研究は遺伝学的な分析を社会科学に適用した最新の研究だ。この論文の著者の何名かは幸福についての遺伝学的研究も行っており、生殖能力や危険な行動の遺伝的基盤を調べることも計画している。

「個人間の遺伝的な違いは、社会科学研究ではあまり意味をなさないと長い間考えられてきました」と、研究の共著者で、ユニオン大学(米国ニューヨーク州スケネクタディ)の認知心理学者のChristopher Chabrisは言う。「この研究成果は主に、『遺伝学的な相違が重要だ』という認識を高める方向に作用することでしょう。そして今、私たちはそれがどういう仕組みで起こり、どういう理由によるかを明らかにするスタートラインに立ったのです」。

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kirstypargeter/iStock/Getty Images Plus/Getty

ロンドン大学キングスカレッジ(英国)の行動遺伝学者Robert Plominはこれに同意する。この研究論文の著者らは、学業の達成にグループとして何らかの影響を与える900万個の遺伝子バリアントを明らかにした。これらの中には強い影響力を持つ独立した74個の遺伝子マーカーが含まれている。これらのバリアントは、1つ1つの影響は小さいが全体として影響を及ぼす「多遺伝子スコア」の一部と考えられ、個人間の就学年数の違いの3.2%を説明できるという。「このような研究は、子どもたちが標準テストでどのような成績をとるかといった特性が事前に分かる『予測的遺伝学』への道を開くかもしれない」とPlominは言う。

しかし、研究チームはさらに、既知のものの中で最も強い影響力を持つ遺伝子バリアントのコピーを2個持っている人は、それらのバリアントのコピーを1つも持っていない人より、一生のうちの就学期間が9週間長くなるだろうと推定した。また、彼らが発見したマーカーは、知能テストでのより良い成績とオーバーラップしていたことから、就学年数は知性の代理指標となるという考え方を裏付けるとしている。

個人の認知能力を調べた大規模研究はほとんどないため、知性に関連付けられる遺伝的要因を見つけることはこれまで難しかった。しかし、医学研究では通常、参加者が学校に通った年数を記録しているため、就学年数と関係する遺伝的な影響を検出するのに十分な量のデータを集めることははるかに容易だ。

Hsuは、知性に対する遺伝的影響についての知識が増していくと、人工授精で作製された胚を親が選択する際にこの知識が利用される可能性があると予測する。「重篤な知的障害を持つ胚を着床させるかどうかを、親たちは選択できるようになるかもしれません。現時点では、ゲノムのどの場所が認知能力に影響を与えているかを知る手段がありませんが、今回のような研究がその道を開くことでしょう」とHsuは述べる。

しかし、就学年数に影響を与える全ての遺伝的要因が明らかになったとしても、それらによる影響は、子どもの家庭の社会–経済的状況および教育の状況などの他の因子によっておそらく薄れてしまうだろうと、研究論文の著者らは述べる。Chabrisは言う。「ただ多遺伝子スコアを見て、そこからある個人についての予測をするというやり方は、無責任な行いでしょう」。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Okbay A. et al. Nature 533, 539-542(2016).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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