News

ミトコンドリア置換に治療効果がない可能性も?

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160812

原文:Nature (2016-05-26) | doi: 10.1038/nature.2016.19948 | Three-person embryos may fail to vanquish mutant mitochondria

Ewen Callaway

異常なミトコンドリアが子に受け継がれないようにする置換法は、期待外れの結果に終わるかもしれない。核移植時に持ち込まれた少量の異常ミトコンドリアが増えてしまう場合があるようなのだ。

ミトコンドリア(黄色の部分)は細胞のエネルギー産生に関わる重要な構造だが、有害な遺伝的変異を含む場合もある。 | 拡大する

BSIP/UIG Via Getty Images

ミトコンドリアはエネルギー産生を担う細胞小器官である。その有害な変異遺伝子が母から子へ伝わらないようにする手段として、ミトコンドリア置換法が提案されているが、予想どおりの効果が必ずしも得られない可能性が出てきた。

この置換法では、ミトコンドリアに異常のある卵細胞の核を、健康なドナー由来の除核した卵細胞に移植する。しかし、移植した核に伴って変異ミトコンドリアが少しでも持ち込まれると(これは実際よく起こる)、それらが子の細胞内の健康なミトコンドリアを駆逐してしまい、置換法で防がれるはずだった疾患を発症してしまう恐れがあることが、新たな研究で示唆された。

「これではミトコンドリア置換法を行う意味がないと思われます」と、この研究を率いたニューヨーク幹細胞財団研究所(米国)の幹細胞研究者Dieter Egliは言う。彼は、今回の知見から、こうした難問を克服するヒントも得られるかもしれないが、当面はこの置換法を実施しない方がいいだろうと話す。

英国政府は2015年にミトコンドリア置換法を合法化したが、同国の生殖医療規制機関はいまだに、その臨床使用にゴーサインを出していない。一方米国では2016年、米国科学工学医学アカデミーの招集した委員会が、前臨床データが安全性を示唆していれば、この置換法の臨床試験を承認するよう提言した(Nature ダイジェスト 2015年5月号「『3人の親による体外受精』にゴーサイン」および2016年5月号「『3人の親』を持つ胚の作製を米国専門委員会が支持」参照)。

ミトコンドリアのDNAに有害な変異がある疾患は、生まれてくる子どもの5000人に1人の割合で見られる。その結果生じるミトコンドリア病は通常、心臓や筋肉などのエネルギー消費量の多い器官に影響が出る。

子どものミトコンドリアは全て母親由来である。そこで、ミトコンドリアの有害な変異が母親から子どもに受け継がれないようにする方法として提案されているのが、母親の卵細胞の核DNAを、健康なミトコンドリアを持つドナー女性の除核済みの卵細胞に入れる「ミトコンドリア置換法」だ。その結果できる胚は、ドナー女性のミトコンドリアDNAと父母の核DNAを持つことになるため、「3人の親を持つ胚」とも呼ばれる。

現在の置換技術では、どうしても母親のミトコンドリアが少しだけドナーの卵に持ち込まれてしまうが、その量は胚のミトコンドリア総量の2%未満であり、この割合は健康に問題を生じるほどではない。しかし研究者の間には、こうした「キャリーオーバー」の異常ミトコンドリアが、胚の発生につれて数を増やしていくのではないかという懸念がある。英国でミトコンドリア置換法の臨床使用を監督するヒト受精・胚機構(HFEA;ロンドン)は、この可能性を検討する研究が必要だとしてきた。

キャリーオーバーの影響の一部を明らかにしたのが、今回のEgliらのチームの研究だ1。彼のチームは、健康なミトコンドリアを持つ女性の卵細胞を使ったが、それ以外は実際の置換法と同様の手順に従った。つまり、ある女性の卵細胞に由来する核DNAを別の女性の卵細胞に移植した。また父方ゲノムの関与を排除するため、精子で受精して2倍体にするのではなく2コピーとも母方ゲノムになるよう、女性の細胞(卵母細胞もしくは体細胞)の核ゲノムを除核卵母細胞に移植した。その後、この細胞に刺激を加えて単為発生的に胚盤胞まで成長させた後、幹細胞を取り出して培養皿で増殖させた。胚に存在するキャリーオーバーのミトコンドリアDNA(mtDNA)は0.2%にすぎず、そこから得られた胚性幹細胞でも最初は同じ程度の割合で少なかった。ところが、ある培養幹細胞株では大きな変化が見られた。細胞が成長し分裂するにつれて、キャリーオーバーのmtDNAの割合が1.3%から53.2%へと急増し、その後一気に1%に減ったのである。この細胞株を別々の培養皿に分けたところ、ドナーの卵由来のmtDNAが勝利を収める場合もあれば、キャリーオーバーのmtDNAが優占する場合もあった。

競い合うDNA

キャリーオーバーのミトコンドリアが増えて優占する仕組みははっきり分かっていない。Egliは、他のミトコンドリアよりもDNAを速くコピーするミトコンドリアがあるため、こうした再優占が起こるのだろうと考えている。彼によれば、2つのミトコンドリア集団でDNA塩基配列の違いが大きい場合に、こうした再優占がより起こりやすいのだという。

バーミンガム大学(英国)の生物数学者Iain Johnstonは、Egliの説は納得できると話す。実験系統のミトコンドリアと類縁関係の遠い野生ミトコンドリアとを持つマウスでは、一方のミトコンドリア系統が優占するようになる傾向が見られることがすでに報告されており2、その研究に彼も参加していたからだ。もしミトコンドリア置換法を臨床で使うことになれば、ドナーには、レシピエントである母親のミトコンドリアとごく近縁なミトコンドリアを持つ女性を選ぶべきだろうとJohnstonは話す。

一方、ニューカッスル大学(英国)の生殖生物学者で、ミトコンドリア置換法を研究するチームの一員でもあるMary Herbertは、胚性幹細胞におけるミトコンドリアの挙動は正常なヒト発生で見られるものと大きく異なっていると話す。幹細胞内では変異ミトコンドリアの比率が大きく変動する恐れがあるのだ。「幹細胞は独特な細胞で、独自のルールに従って振る舞っているようです」とHerbert。彼女は、Egliらの今回の報告に生物学的な意義があるかどうか「疑わしい」と述べ、自身の研究室で2週間近く培養した胚からのデータなら、Egliらの幹細胞による研究よりも有用な情報が得られるだろうと考えている。

HFEAの広報担当者によれば、同機関は、ヒトでの世界初のミトコンドリア置換を承認する前に、その安全性と有効性を調べた実験の結果(Herbertのチームからのデータも含めて)がさらに出てくるのを待っている。

Egliは、HFEAに彼のチームの研究データを検討してもらいたいと思っている。置換法の問題は、例えばキャリーオーバーのミトコンドリア量を減らすか、レシピエントのミトコンドリアと競合しないよう適合したドナーを選ぶなど、改良を加えることで克服できると彼は考えているが、確信が持てるようになるまで慎重にいくべきだと話す。「こうした不確実性を抱えたまま先に進んでしまうことを英断とは言いません」。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Yamada, M. et al. Cell Stem Cell http://dx.doi.org/10.1016/j.stem.2016.04.001 (2016).
  2. Burgstaller, J. P. et al. Cell Rep. 7, 2031–2041 (2014).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度