Editorial

博士研究員の給与引き上げを機に改革推進を

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多くの博士研究員は「自分たちは愛されていない」と感じているが、博士研究員に対する感謝の気持ちが、米国労働省という意外な場所で示された。2016年5月17日に時間外手当規則の改正が行われ、年収が4万7476ドル(約475万円)未満で時間外手当が支払われる者として「博士研究員」が明記されたのだ。これに対応して、多くの研究助成機関と大学は、時間外手当を支払うのではなく、博士研究員の最低賃金を4万7476ドル超に引き上げることが予想されている。

この時間外手当規則には問題が残っている。教育を主な職務とする者は適用除外となっており、同規則の遵守期限である2016年12月1日は、複数年にわたる助成金サイクルと連動した長期予算で運営されている研究室にとって厳しい。それに、規定の年収上限は、博士研究員の事実上の最低賃金になる可能性があるが、米国科学アカデミーが『生物医学研究従事者に関する報告書(2014年)』で最低賃金として勧告した年間5万ドル(約500万円)に達していない。

地位や名声を確立している科学者の多くは、博士研究員だった頃を「これほど研究に集中していた時代はない」と悲しげに振り返る。しかし今では、博士研究員の地位に10年以上も放置された者や、博士研究員の職を渡り歩く者さえおり、「パーマドク」があまりに多いという現状がある。博士研究員の平均年齢は過去最高に達し、それぞれが家族を養い、年老いた両親の世話をしている。そして多くは、もはや見習いとはいえないラボマネージャーやスタッフ研究員(チームや組織の研究支援を行う専門職)になっているのに、給与は低く抑えられているのだ。

人事の停滞の要因は、大学教員のポスト数が博士研究員の増加に応じて増えていないことにある。この現実に対する関心がようやく高まってきた。地位や名声を確立している科学者の集団が、博士研究員の苦境打開のための活動を行っていることも功を奏している。2016年5月18日には米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)の所長Francis Collinsがこの活動に同調して、NIHが助成する博士研究員の一部の給与を時間外手当規則の改正による年収上限まで引き上げることを、他の研究助成機関に先駆けて発表した。

こうした変革にはトレードオフがつきものだ。NIHの予算は有限であり、博士研究員の給与を引き上げるための予算が確保されれば、そのポストは減る可能性が高くなる。この点について、全米ポスドク協会だけでなく、研究予算の頭打ちで苦労しているラボリーダーたちも懸念している。

しかし、変革は必要であり、ラボリーダーは、自分の研究室と雇用慣行を厳しく見直すべきだ。研究室にそんなに多くの博士研究員が必要だろうか。規模の大きな研究室ほど大きなインパクトを生み出せるというわけではないだろう。

大学院生の意識改革も必要だ。多くの大学院生が自分自身のキャリアを真剣に考えるのは、課程の後半に入ってからだ。博士研究員は給与が低いためにポスト数が多く、科学研究を続けたいかよく分からないと思い始めた大学院生でも「取りあえずポスドク」というキャリア選択が標準になっているのだ。

大学院生に対しては、大学の外でキャリアを積む準備を早期に始めることを奨励すべきだ。例えば、マサチューセッツ大学医学系大学院(米国ウースター)では、標準的な「学外」キャリアセミナーにとどまらず、キャリア準備を大学院課程の必須科目とし、受講必須の体験型講座を定期的に開催している。最初のうちは実験のできない時間が増えることに不平を言っていた学生も、プログラムが終わる頃には全体の92%が「受講してよかった」と回答している。

こうした変革は、米国だけでなく、博士研究員の世界に改革をもたらす上で大いに役立つであろう。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160832

原文

Crunch time
  • Nature (2016-05-26) | DOI: 10.1038/533438a