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イタリアのオリーブ病害、封じ込めへ

Credit: peuceta/iStock / Getty Images Plus/Getty

植物病理学者のDonato Bosciaは、南イタリアのプーリア地方の小さな丘の上に立ち、眼下に広がる茶色い風景を無言で指し示した。見渡すかぎりのオリーブの木が、枯死しているか、枯死しかけている。つい半年前までは、ほとんどの木が青々と茂っていて、特徴的な茶色い斑点が出ているものはごく少数であったという。けれどもその斑点こそが、欧州ではそれまで見られなかったタチの悪い植物病原性細菌キシレラ・ファスティディオーサ(Xylella fastidiosa)が、じわじわと侵入してきた証拠であった。

Bosciaは、イタリア学術会議(CNR)持続可能植物保護研究所(Institute for Sustainable Plant Protection;CNR-IPSP、トリノ)のバーリ地区ユニット(プーリア州)を率いている。プーリア地方のオリーブ急速衰弱症候群(olive quick decline syndrome;OQDS)の原因がキシレラ・ファスティディオーサの亜種、キシレラ・ファスティディオーサ・パウカ(Xylella fastidiosa pauca)にあることを彼のチームが同定したのは、もう3年近く前のことだ。南北米大陸では植物病原性キシレラ菌が数種類流行していることから、この地域から輸入された観賞用植物と一緒にキシレラ・ファスティディオーサ・パウカが欧州に上陸したのではないかと考えられている。

現在、病原菌は南イタリアの20万ヘクタール近いオリーブ園に広がっていて、長年人々に愛されてきた樹齢1000年以上の古木を含め、そのほとんどを枯死させている。EUの合意に基づく封じ込め計画は1年以上前に策定されているが、理不尽としか言いようのない政治的・法的妨害にあい、実施できずにいる。

ここに来てようやく、そんな状況が動き始めた。2016年5月12日、欧州司法裁判所がEUの封じ込め計画は妥当とする判決を下し、封じ込め作業の推進が可能になったのだ。その具体的な方法は、病害の広がりのモニタリング、感染した木と、場合によっては、その周囲にある健康そうに見える木の抜去、そして、細菌を運ぶ昆虫の駆除である。現時点では、一度感染してしまった木を治療する方法はなく、また、米国の状況は、キシレラ菌を根絶できないことを示している。

封じ込め作業を進められるようにはなったが、楽観視はできない。この1年で感染地域はさらに広がり、世界のオリーブ生産量の95%を占める他の地中海沿岸諸国に広がる危険性が大きくなってしまったからだ(「地中海沿岸諸国のオリーブ生産量」参照)。

2015年2月、イタリア当局はEUが合意した封じ込め計画に則って作業を始めた。けれども、その方針に不満を抱く反対派は、地元の政治家の支援を受けて、封じ込め作業をすぐに中止させた。反対派は、OQDSの原因がキシレラ菌であることや、治療することも根絶することもできないという事実を否定し、封じ込め計画に正当な根拠はないとして地元の行政裁判所に訴えた。行政裁判所は、この件を欧州司法裁判所に付託した。予測不能な状況に、地元当局は病害のモニタリングまで中止した。

この地方の人々にとって、オリーブは経済的に重要なだけでなく、歴史的・文化的に切っても切れない関係にある。イタリア科学アカデミーからの依頼を受け、数人の科学者グループのリーダーとして今回の問題に関する独立の報告書を作成している植物遺伝学者のFrancesco Salaminiも、「人々が抵抗する気持ちはよく分かります」と言う。

2015年12月には、検察官がBosciaを含む5人の科学者と5人の公務員の捜査を開始するという事態になった。彼らが過失によって病気を広め、その点につき当局を騙して環境汚染などを引き起こしたという嫌疑だが、IPSPの所長Gian Paolo Accottoは、「論理的に馬鹿げた嫌疑だ」と一蹴する。

丹念な検証

反対派が劣勢になってきたのは、2016年3月だった。独立の立場からEUに科学的助言を行う欧州食品安全機関(EFSA;イタリア・パルマ)が3本の報告書1–3を発表して、キシレラ菌が病害の原因であるという仮説と、EUが合意した封じ込め策を支持したのだ。その後、プーリアの地元当局は、より広い領域を感染地域と定義する新しい封じ込め計画を承認し(「地中海沿岸諸国のオリーブ生産量」の挿入図参照)、5月初旬にはモニタリングの再開についても合意した。欧州司法裁判所が判決を下したのは、その数日後のことだ。

封じ込めの必要性は、Bosciaがこの1年間バーリにあるIPSPの小規模な温室で行っていた研究によって裏付けられている。さまざまな植物にキシレラ・ファスティディオーサ・パウカを接種する実験により、柑橘類やブドウの木はこの細菌の影響を受けないが、ラベンダー、セイヨウキョウチクトウ、ヒメハギなどの多くの在来種に感染し得ることが明らかになったのだ。研究者らは、細菌はすでに環境に広く定着しているため、感染したオリーブの木を全て抜去するだけでは不十分であり、封じ込めが最善の方法だろうと考えている。

バーリでの実験からは、トスカーナ地方の主要な栽培品種であるレッチーノ種をはじめとするいくつかの品種では、プーリア地方の主要な品種に比べて症状が軽いことも明らかになった。この知見は、細菌が他の地方に広がってしまった場合の対策に役立つはずだ。また、オリーブの木を植え直す計画を立てる際にも参考になるだろう。ただし、レッチーノ種が長期的に生き残れるかどうかを見極めるためには、もっと長く観察する必要があるとBosciaは言う。

IPSPでは、細菌に感染した木における遺伝子発現を分析して、木を回復させそうな分子的特徴がないか探す実験も行われている。この研究から、将来、感染した木を治療するための手掛かりを得られるかもしれない。

バーリの科学者たちは、オリーブ生産者のグループと協力して、感染地域でも実験を行っている。この地方の600軒の小さなオリーブ園が参加する組合を率いるEnzo Manniは、数年前、新たな疾患と思われる脅威について地元の機関に訴えたが、取り合ってもらえなかったという。「けれども私は、絶対に何かがおかしいと思っていました」とManni。彼は今、バーリの研究者たちに協力しており、野外実験のための土地を見つけて検証実験のモニタリングを行っている。

広がる協力

科学者とオリーブ生産者のチームは、今では40人に増えている。ある実験では、さまざまな品種の木を植えて、長期的に耐性を示すものがないかを調べている。こうした実験から、各地域にどの品種の木を植えるべきかの指針が導き出せるはずだ。別の研究では、新たに感染した木に別の品種を接ぎ木して、生き残るものがないかを調べている。生き残るものがあれば、病気になった台木を再び青々と茂らせる希望が生まれる。時間節約のため、一部の実験は彼らが自腹を切って進めている。

Accottoは、警察の捜査対象になりながらも研究を進める科学者たちの献身にエールを送る。「警察は、救いの手を差し伸べようとする人間を止めることはできても、細菌を止めたり刑務所に入れたりすることはできないのです」と彼は言う。

キシレラ菌の広がりを恐れて、他の国の科学者たちも研究に参加しようとしている。世界一のオリーブ生産国であるスペインの科学者たちは、バーリの実験に自国の品種を2つ追加して、感染からどのくらいの時間で枯死するかを調べようとしている。

国連食糧農業機関(FAO;イタリア・ローマ)は2016年4月にバーリでワークショップを開き、欧州、北アフリカ、中東のオリーブ栽培国の科学者や農業関係者と情報を共有した。

FAOの北アフリカ・中東局(エジプト・カイロ)の局長Shoki Al-Dobaiは、イタリアの封じ込めプログラムの遅延によって、OQDSが海外に広がるリスクはおそらく増大しただろうと言う。彼は、担当地域の危機管理計画を組織しているが、特に心配しているのはシリアとリビアだ。これらの国では紀元前2500年からオリーブ栽培が行われているが、紛争のせいで適切なモニタリングができないからだ。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160814

原文

Gridlock over Italy’s olive tree deaths starts to ease
  • Nature (2016-05-19) | DOI: 10.1038/533299a
  • Alison Abbott

参考文献

  1. Saponari, M. et al. Pilot Project on Xylella fastidiosa to Reduce Risk Assessment Uncertainties (EFSA, 2016); available at http://go.nature.com/aldezo
  2. EFSA Panel on Plant Health.EFSA J. 14, 4450 (2016).
  3. EFSA Panel on Plant Health.EFSA J. 14, 4456 (2016).