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うつ緩和はケタミン代謝産物の作用か?

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160703

原文:Nature (2016-05-04) | doi: 10.1038/nature.2016.19862 | How club drug ketamine fights depression

Heidi Ledford

麻薬ケタミンの分解産物で、ケタミンのような副作用なしでうつ状態を改善できることが、マウスでの実験で示された。

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PASIEKA/SPL/Getty

麻薬の一種で麻酔薬として利用されているケタミンは、即効性の抗うつ薬として期待が集まっているが、その作用機序はまだ科学的に解明されていない。今回、ある研究チームが、ケタミンの気分高揚効果は薬剤自身に由来するのではなく、体内でケタミンがより小さな分子に分解されるときに生じる産物の1つによる可能性があることを、Nature 5月26日号481ページ1で報告した。マウスでのこの研究結果がヒトにも当てはまるなら、ケタミンで「ハイ」になるという副作用なく、うつ症状を素早く緩和できる治療法につながるかもしれない。このような薬は、現在入手可能な抗うつ薬では症状を軽減できない大うつ病性障害に苦しむ多くの患者たちにとって朗報となるだろう。

一般的な抗うつ薬は、完全なうつ症状緩和効果が表れるまでに数週間を要するのに対し、ケタミンは数時間で効き目が表れる。「この分野全体が、ケタミンに注目してきました。ケタミンは患者に対し、現時点で入手可能な他のいかなる薬とも異なる作用を示します」と、この研究でリーダーを務めたメリーランド大学医学系大学院(米国ボルティモア)の神経科学者Todd Gouldは述べる。

しかしケタミンには欠点がある。分離の感覚と知覚のゆがみを伴う「ハイな状態」が、約1時間続くことだ。一部の患者はこの副作用に閉口するが、この効果が薬物乱用の誘因となってしまう場合もある。また別の問題も起こっている。米国では、ケタミンはうつ病治療薬としてまだ認可されていないが、適応外にもかかわらず投与するケタミンクリニックが現れ始めているのだ。

それ故、研究者たちは競い合って、ハイの状態がなくケタミンの抗うつ作用だけを生み出す別の薬を見つけようとしてきたが、ケタミンがうつ状態を改善する仕組みがはっきりと分かっていなかったため、うまくいっていなかった。そうした研究努力の多くが脳細胞にあるNMDA受容体を標的とする薬に焦点を絞っていた。NMDA受容体はケタミンの標的と考えられていたが、この受容体を標的とする他の薬の臨床試験では抗うつ病効果がほとんど見られず期待外れの結果に終わってきたと、Gouldは述べる。

代謝産物による気分の高揚

「ケタミンはおそらくうつ病の治療の新しい扉を開くことでしょう」とカリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の神経科学者、Roberto Malinowは言う。「しかし、ケタミンの作用の仕組みには大きな疑問がいくつかあります」。

Gouldは知識のギャップを埋めるために臨床医、分析化学者、そして神経生理学者たちとチームを組んだ。Gouldらはマウスで一連の行動実験を行い、ケタミンの分解産物の1つで (2R, 6R)-ヒドロキシノルケタミン(hydroxynorketamine;HNK)と呼ばれる化合物がケタミンの抗うつ作用の主たる原因であることを明らかにした。

そしてGould が驚いたことに、この代謝産物は、ケタミンが抗うつ作用を示す量の約40倍という高用量を投与しても、マウスに副作用を引き起こさなかった。さらに、レバーを押せばその代謝産物を得られるようにして自己投与の選択肢を与えても、マウスがレバーを押す傾向は見られなかった。

研究者たちは、ヒトで(2R, 6R)-HNKの臨床試験を行うのに必要な安全性に関するデータを集めることを計画しているが、Gouldはそれにはまだ数年かかるだろうと慎重だ。

だが、ジョンソン・エンド・ジョンソン社傘下の製薬会社ヤンセン社(米国ニュージャージー州タイタスビル)の神経科学研究&開発部門の長を務めるHusseini Manjiは、マウスでの結果がヒトでも実証されると決め込むのは早計だと注意を喚起する。「大事なのは齧歯類でのデータではなく、臨床データなのだということをいつも頭に置いておかなければなりません」と彼は言う。ヤンセン社はエスケタミンと呼ばれる特殊なタイプのケタミンを開発しており、現在5つの大規模な臨床試験を行っている(Natureダイジェスト 2015年4月号「うつ病治療薬として臨床試験が進むケタミン」参照)。

標的となる受容体

マウスでのGouldの研究にはもう1つの驚きがあった。(2R, 6R)-HNKはNMDA受容体を介して作用するわけではなかったのだ。研究チームはその直接の標的を見つけていないが、AMPA受容体と呼ばれる別の受容体群を刺激する証拠を見いだした。もし同じ結果がヒトにも当てはまるなら、NMDA受容体を標的とした薬ではケタミンの完全な作用を再現できなかった理由が説明できるだろう。「これはこの方面の研究に多くの金をつぎ込んできた製薬会社を揺さぶるでしょう」とMalinowが言う。

Manjiはこの研究は実に見事だと評するものの、この結果がヒトを対象とした研究で立証されるまでは、NMDA受容体を諦めるつもりはない。しかし彼は、AMPA受容体も重要であるかもしれないと考える研究者の1人だ。ヤンセン社などの製薬会社は、AMPA受容体と、それに結合するタンパク質を薬剤標的候補として追い続けてきた。「この論文はAMPA受容体を追いかける意欲をますますかきたててくれます」とManjiは語る。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Zanos, P. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature17998

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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