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量子の世界は直観できる?

研究者は、科学の問題をゲームにすることで、ボランティア市民の協力を得ることができる。 Credit: SCIENCEATHOME.ORG

量子の世界は、1つの粒子が複数の場所に同時に存在できるなど、本質的に「直観に反している」と言われることが多い。けれども今回、オルフス大学(デンマーク)の量子物理学者Jacob Shersonらのグループが制作した量子力学の法則に従うゲーム「Quantum Moves」では、物理学者ではないプレーヤーでも優れた成績を残せることが分かり、人間が量子力学の奇妙な法則を直観できる可能性が示された(J. J. W. H. Sorensen et al. Nature 532, 210–213; 2016)。

科学者がゲームを利用してクラウドソーシングにより問題を解決する手法は「ゲーミフィケーション(gamification)」と呼ばれる。これまで、ゲーミフィケーションの手法を用いるのは、タンパク質の折りたたみなど比較的難しくない問題に限られてきたが、今回の研究により、量子物理学の問題にも使えることが明らかになった(Nature 532, 184–185; 2016)。

「Quantum Moves」は、物理学者が実際に取り組んでいる量子計算の問題を基礎にしている。研究チームを率いたShersonは、今回の試みは、人間の頭脳が量子の世界の奇妙な法則を予想以上によく把握できる可能性を示すもので、科学者が量子物理学にアプローチする方法にも影響を及ぼすかもしれない、と指摘する。「量子物理学の問題解決には、ごく一般的な直観を取り入れる必要があるのかもしれません」と彼は言う。量子物理学の一部の基礎研究者たちは以前から、量子物理学へのより直観的なアプローチを見いだすことができれば、この分野の未解決問題を解くのに役立つかもしれないと主張してきた。だが多くの科学者は、そうした手法は新しい理論なしに見つかるはずがないと懐疑的だった。

今回ゲーミフィケーションされたのは、卵パックのような形のポテンシャルの井戸の中でデリケートな量子状態にある電子を、エネルギーを変化させることなく、レーザーを使ってどのくらい速く移動させることができるかという問題だ。量子の世界では、速度とエネルギーはハイゼンベルクの不確定性原理の制約を受けるため、ある場所から別の場所まで、電子の量子状態を乱すことなくできるだけ高速に移動させられる最適な動かし方を見つけることがカギになる。動きとタイミングの組み合わせは無限に考えることができるため、科学者たちはコンピューターを使って最適な戦略を探しているが、まだ見つけることができていない。

「Quantum Moves」のBringHomeWaterのステージのゲーム画面
プレーヤーは、青色の円をタップして操作することで、井戸の中に入っている紫色の液体を陣地(薄紫の長方形のエリア)へと持ち帰る。 Credit: ScienceAtHome

量子的粒子は波のような性質を持つため、「Quantum Moves」では、1個の原子は井戸の中でゆらゆらと揺れる液体として表現される。このゲームでは23のレベルが用意されており、例えばBringHomeWaterというステージでは、プレーヤーは井戸に入っている液体を別の井戸に移し替えて陣地に持ち帰る。プレーヤーはカーソルを動かして持ち帰り用の井戸を操作するが、井戸を動かすと中の液体がたぷたぷと動くので、こぼさないように気を付けなければならない。井戸の中の液体は、バケツに入った普通の水とは違い、量子力学の法則に従って動くため、プレーヤーは、「量子トンネル効果」による液体の移し替えなど、独特な扱い方を覚える必要がある。液体をうまく陣地へと持ち帰ることができたら、コンピューターが、そのときのカーソルの動きを実際の問題の解へと変換する。

Shersonらのチームが「Quantum Moves」をScienceAtHomeという市民科学プラットフォーム上で公開した後、BringHomeWaterのステージは、約300人のボランティアによって、合計1万2000回プレーされた。研究チームは、ボランティアが直観的に出した解をコンピューターに供給して、戦略の改良を試みた。その結果、人間が出した解を取り入れた戦略の半数以上が、コンピューターが単独で導き出した戦略よりも効率的であった。また、人間の直観とコンピューターによる最適化のハイブリッド戦略のうち特に優れている2つは、高速のコンピューターが単独で導き出した戦略よりも優れていた。「結果を見て、すっかり驚いてしまいました」とSherson。

量子的直観

ハイブリッド戦略に、人間のどのような能力が寄与したかは分からない。物理学への関心は、「Quantum Moves」をプレーする能力と相関しているようだが、ゲームの成績は、量子物理学を学んだ年数とは相関していなかった。Shersonは、人間の頭脳が優れた戦略を編み出せたのは、問題の本質を把握する能力のおかげではないかと考えている。トゥルク量子物理学センター(フィンランド)の物理学者で、量子物理学の研究に役立つゲームを制作するためのイベントを主催しているSabrina Maniscalcoは、人がゲームをしているときには、日常世界の法則は破られるものと思い込んでいるため、普段に比べて量子物理学の概念が奇妙に感じられなくなっているのかもしれないと言う。

Shersonにとって今回の結果は、物理学者が自分の直観をこれまで以上に活用できることを示唆するものでもあった。彼は、自分たちが問題を解くときにも、心に浮かんだアイデアや直観をもっと真剣に検討するべきだと考え、物理学者がさまざまな設定を表現できるようにシナリオの微調整が可能なタイプのゲームを作っている。このゲームは、彼らの研究に新たな洞察をもたらす可能性がある。

他の量子物理学者たちも、一般の人々が量子過程を直観できたという発見の意外性は認めるが、科学者たちは以前から(少なくとも数学的なレベルでは)直観を使って量子物理学の問題を解いてきた、と考えている。マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の物理学者Seth Lloydは、一般の人々でも「Quantum Moves」をプレーすることで、科学者の直観に似たものを育むことができるのではないかと考えている。彼は、人間は存在に関する量子的直観とでも呼ぶべきものを生まれながらに備えていると話す。「生後3カ月ぐらいまでは、ついさっきまであったおもちゃが消えてしまっても、世界はそういうものなのだと思って受け入れます。その時期を過ぎると、ものが存在し続けることを学習して知っているので、目の前からおもちゃが消えれば『おもちゃはどこに行ったの?』と考えるようになるわけです」。

Lloydは一方で、「Quantum Moves」の成功の主な理由は量子物理学の問題を視覚的な問題に置き換える巧妙なデザインにあり、こうした置き換えは、より複雑な問題ではうまくいかないかもしれないと指摘する。

メリーランド大学カレッジパーク校(米国)の理論物理学者Charles Tahanによると、量子計算アルゴリズムの開発に取り組む物理学者たちは、すでに得られている解の改良を補助するためのグラフィカル・インターフェースを試しているという。

Tahan自身は、プレーヤーが基本的な量子計算を行うことで量子の世界のルールを直観できる「Meqanic」というゲームを開発している。彼は、このゲームが学生たちの能力を高め、さらには、量子物理学の素質のある学生の発見に役立つことを期待しており、「ゲームを通じて一般の人々に量子的直観を教えるのは有益だと思います」と話す。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160712

原文

Quantum world may be intuitive
  • Nature (2016-04-14) | DOI: 10.1038/532160a
  • Elizabeth Gibney