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実験用マウスの免疫系は未発達のまま

さまざまな微生物にさらされて成長した野生のマウスは、実験用に飼育されたマウスよりも強力な免疫系を持つ。 Credit: Ben Queenborough/Photodisc/GETTY

多くの研究室では、実験用マウスが必要な場合には、実験用動物の生産・販売会社に発注して取り寄せている。しかし、ミネソタ大学(米国ミネアポリス)の免疫学者David Masopustは、もっと困難な方法を選んでいる。ふれあい動物園の飼育舎で、野生のマウスを捕まえようと決めたのだ。そこには、ネズミ捕りにかかったマウスを狙うオウムがおり、Masopustは、その1匹のマウスをライバルに奪われないように注意を払っていた。「一体何がしたいのかと思っていませんか?」と彼は言う。

そもそもMasopustにとって、そんな苦労は物の数ではなかった。彼は、衛生的な環境で選択的に飼育される市販の実験用マウスが、ヒトの研究モデルとして適した動物といえるかどうか考えていた。ヒトは、それほどクリーンな条件で生活していないからだ。このたびMasopustの研究チームは、野生のマウスもペットショップのマウスも、ヒト成人の免疫系に類似した強力で複雑な免疫系を持つことを示し、Nature 2016年4月28日号512ページに報告した。さらに、これらの「微生物で汚れた」マウスと実験用マウスを同居させると、実験用マウスの免疫系が強化され、よりヒト成人に近い免疫系になることも明らかにした。

実験用マウスを用いて試験された治療法や治療薬が、ヒトでも有効であることはまれである。その原因の一部は、ヒトと齧歯類の免疫系の差異にあるのではないかと長い間考えられていた。例えば、実験用マウスは、ヒト成人と比べて、記憶CD8+ T細胞と呼ばれる免疫細胞の数が非常に少ない。この細胞は、ヒトでは幼児期にウイルスや他の病原体にさらされることで成熟し、感染やがんと闘うのに役立っている。

しかし、実験用マウスに代わるより良い手段はないため、疾患に対する治療やその研究には、多くの研究室がいまだに実験用マウスを用いている。「問題があることはずいぶん前から分かっていました。それでも近交系マウスモデルで非常に多くの実験が行われているのは、研究者の多くが見て見ぬふりをしている、ただそれだけのことです」と、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の免疫学者Mark Davisは言う。

Masopustは、実験用マウスとこれらの近縁マウスの違いが、遺伝的なものであるのか、それとも環境にさらされた結果であるのかを調べるために、実験用マウスとペットショップで購入したマウスを同居させ、2カ月間観察した。これは実験用マウスには大変な経験だったはずだ。実際、多くの実験用マウスは、実験施設外のマウスによって持ち込まれた汚れや病原体にさらされることで病気になり、約20%が死亡した。

しかし、生き残った実験用マウスは、この経験により感染症に強くになった。同居を経験した実験用マウスにリステリア属(Listeria)細菌を感染させる実験を行うと、通常の実験用マウスよりも感染を防御することが分かった。ペットショップのマウスにも、同居を経験した実験用マウスにも、ヒト成人のように、CD8+ T細胞を含む成熟免疫細胞が多く存在し、また、ヒト成人と同様な免疫遺伝子が発現していた。対照的に、同居を経験していない実験用マウスでは、免疫遺伝子の発現や免疫細胞集団の組成はヒト新生児と同様であった。

野生のマウスでの病気の発生の仕組みについて研究しているエディンバラ大学(英国)の生態学者Amy Pedersenは「実験用マウスの問題に対し、いくつもの研究室が独創的な研究を始めていると分かって嬉しいです」と言う。Pedersenは、マウスが生育環境により異なる免疫系を持っていることについては驚いていない。彼女は、マイクロバイオーム(体に定着している細菌)への関心が高まっていることから、今回の結果を裏付ける論文が今後もっとたくさん出てくるだろうと言う(Natureダイジェスト 2012年6月号「小児期の細菌暴露は大事」および2015年2月号「増えつつある脳腸相関の証拠」参照)。

Masopustは、今回の研究がマウスを用いたヒト疾患のモデル化への反対意見とされてはいけないと言う。むしろMasopustは、実験用マウスを「微生物で汚れた」マウスにさらすことが、治療法開発の1段階になるかもしれないと考えている。「特にヒトでの臨床試験は非常にお金がかかります。私が見つけたものは何でも、ヒトでの研究に進む前に、できればまずこのマウスモデルで調べてみたいと思っています」と彼は言う。

Masopustはすでにマウスの同居施設を立ち上げており、「微生物で汚れた」マウスにさらして実験を行いたい研究者との共同研究を望んでいる。アレルギー、感染症、がんについての研究は全て、このような動物の免疫系の変化によって影響を受ける可能性がある。

Davisは今回の論文を評価しており、この論文が「近交系マウスと実際の一般的なヒトの違いのいくつかの面について、明快に解答した」と言う。しかし、「微生物で汚れた」マウスと同居させる研究室と、そこで同居を経験したマウスを使うという仕組みだけでは、ヒト疾患のマウスモデルの問題が全て解決できるわけではないとも言う。Davisは、マウスの供給業者が「微生物で汚れた」マウスにさらされた実験用マウス系統を生産・販売できれば理想的だろうと言う。

しかし、クリーンな実験用の動物施設でこのような「微生物で汚れた」動物を使用するのは、合理性に欠ける行為であるために難しいと考えられる。実験用の動物施設では、例えば、免疫系を欠く改変マウスもいれば、実験で特定の病原体に感染させたマウスもいるからだ。Masopustは今回の実験を行うに当たり、細心の注意を払って「クリーンで無菌」に維持されているミネソタ大学の動物施設に「微生物で汚れた」野生のマウスを持ち込めるように、同大学を説得しなければならなかった。その結果大学からは、結核などの危険な病原体に感染したマウスに割り当てられる特別な実験棟での飼育という条件で許可が下りた。

実際に、ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の病理学者Cory Braytonは、Masopustの実験により一般的な実験用マウスがこれほどまでにクリーンであると示されたことに感銘を受けたと言う。「マウスの供給業者の努力の賜物ですね」。

Masopustは、次の研究段階では、クリーンな実験用新生マウスが「微生物で汚れた」母マウスに育てられると何が起こるかについて検討する予定であると言う。これは、新生児が微生物やアレルゲンに十分さらされずに成長すると、アレルギーや自己免疫疾患が生じるとする考えである「衛生仮説」を探る手掛かりになるかもしれない。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160715

原文

Dirty room-mates make lab mice more useful
  • Nature (2016-04-21) | DOI: 10.1038/532294a
  • Sara Reardon