News

植物の進化を追う空前規模の種子保存バンク

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160620

原文:Nature (2016-03-10) | doi: 10.1038/531152a | Resurrected seeds to track evolution

Daniel Cressey

気候変動に応答して植物がどのように進化するかを調べるための種子バンクが米国で創設された。

ジョシュアツリー(Yucca brevifolia)は、Project Baselineの種子バンクに保存されている約60種の中の1つ。 | 拡大する

MICHAEL MARQUAND/GETTY

米国コロラド州フォートコリンズにある米国農務省の施設。そこには室温が−18℃に保たれた貯蔵所があり、現在、500万個以上の種子が冷凍保存されている。種子バンク「Project Baseline」である。大半の種子バンクの目的は生物学的な多様性を保全することだが、Project Baselineはそうではない。これらの種子は進化学の研究のためのもので、使用できるようになるのは早くても数年先、最長で50年後である。

Project Baselineでは、植物が気候変動や環境劣化に応答してどう進化していくのかを、対照群と比較する実験により正確に捉えられるように設計されている。保管されているのは代表的な植物約60種類の種子で、それらは米国本土の全域にわたる約250カ所から採取された。種子の採集は、全米科学財団(NSF)から助成金として130万ドル(約1億5000万円)の支援を受けて、2012年から本格的に始まった。採集に当たっては、さまざまな環境に由来する種子標本を集めるよう、また、広範な種類の植物をカバーするよう配慮しており、ダイコン(Raphanus sativus)からユッカの一種の通称ジョシュアツリー(Yucca brevifolia;写真)まで幅広い種類が含まれている。

プロジェクトの調査主任であるミネソタ大学ダルース校の植物生物学者Julie Ettersonによれば、種子集めの段階はようやく終わったという。2016年初め、彼女のチームはProject Baselineを紹介する論文をAmerican Journal of Botanyに発表した(J. R. Etterson et al. Am. J. Bot. 103, 164–173; 2016)。

これまでも研究者らは、生物種が気候変動などの人為的圧力に実際に応答して進化しているのかどうかを明らかにしようとしてきた。例えば、多様な調査地に生息する近縁な種の差異を調べたり、1つの調査地で植物がそこの環境変化とともにどう変化するかを時間をかけて追跡したりしている。しかし、生じた変化が、一部の特定の個体が生き残ることで世代を超えて形質が選択される「進化」の結果なのか、それとも、変化する環境にそれぞれの植物個体が対応する能力である「可塑性」の結果なのかを判別することは、なかなか難しい。

しかしProject Baselineを利用すれば、保存しておいた種子と、環境変化にさらされ続けた植物の種子とを同一条件で育てて比べることができる。何らかの違いがあれば、それは進化のためだと言えるだろう。

「素晴らしいプロジェクトだと思います」と、ミシガン州立大学(米国イーストランシング)で細菌の進化を研究するRichard Lenskiは話す。「博物館の標本や天然の種子バンク(埋土種子)を使っても、こうした比較解析をある程度まで行うことができますが、体系的かつきめ細かい解析を徹底的に行うことは不可能です。しかしProject Baselineなら、そこまでできるのです」。

このプロジェクトで検討可能なのは、地球温暖化と連動して一部の植物で観察されている開花の早期化が、進化と可塑性のどちらに起因するのか、また、同じ種でも異なる個体群の間では進化の速度がどう異なっているのか、といった疑問である。進化で選択された形質と関連する遺伝子を見つけ出すには、ゲノムの塩基配列解読が役立つだろう。Project Baselineはさらに、遺伝的多様性が低いと絶滅率が増えるという予測や、進化は少数の大規模な遺伝的変化ではなく多数の小規模な遺伝的変化を経て起こるという予測を検証するのにも使えるだろう。「想像力が及ぶかぎり、あらゆる仮説を検証できます」とEtterson。

過去からよみがえる種子

Project Baselineは、「復活生態学(resurrection ecology)」という分野に新風を吹き込むものだ。この分野の研究としてよく知られているのは、湖底の堆積物中に自然に保存されていた無脊椎動物の卵を孵化させて生まれてきた子と、最近産み落とされた同種の卵から生まれた子を比較して調べた実験である。その一例で、今や古典となっているのが、コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)の環境科学者Nelson Hairstonらの研究だ。彼らは、中欧にあるコンスタンツ湖で採取した堆積物中の卵を使って、カブトミジンコ(Daphnia galeata)が有毒な藍色細菌に対する耐性を急速に進化させたことを明らかにしたのである(N. G. Hairston et al. Nature 401, 446; 1999)。

Project Baselineは、天然の隔離場所に頼るのではなく、将来の研究のための積極的な基盤作りをしていることから、「明確なビジョンを持ったプロジェクト」だとHairstonは話す。

復活生態学のもう1人の先駆者であるミシガン工科大学(米国ホートン)の生物学者Charles Kerfootによれば、Project Baselineは、種子を採集した場所では観測可能な環境変化があるはずだという前提に立っているのだという。しかし、気候変動により環境に差異が生じているのはすでに明確な事実であることから、「このプロジェクトを動かしているのは、現状を見極めたいと考える人たちなのです」と彼は話す

保管してある種子を休眠状態から起こす時期は、まだはっきりしていない。Project Baselineの標本を使って研究をしたいという申し込みの最初の受け付けは2018年の予定で、Ettersonによれば、最初の種子が植えられるのは2020年に入ってすぐだろうという。彼女は、引退する前に自身でこのプロジェクトの種子を少なくとも1回は利用したいと考えている。

Project Baselineの時間スケールは、進化研究の平均的な実験期間と比べても、NSF助成金の平均的な支給期間と比べても長いが、だからこそ、このプロジェクトは特別なのだと研究者らは口々に語る。「この点が他と大きく違うところです」と、資金を提供したNSFプログラムの責任者であるSamuel Scheinerは話す。「しかし、全球規模の変化を調べようとするなら、こうした取り組みがまさに必要なのです」。

(翻訳:船田晶子)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度