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実験機器は「オープンハードウエア」で安価に

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160622

原文:Nature (2016-03-10) | doi: 10.1038/531147a | ‘Open-hardware’ pioneers push for low-cost lab kit

Elizabeth Gibney

実験機器の設計図を無償で公開して誰でも自作できるようにする「オープンソース・ハードウエア」ムーブメントを盛り上げようと、スイスで会議が開かれた。

実験機器は自作できる:3Dプリンターで作れるマイクロピペット(左)と、3Dプリンターで作れるオープンソース光学顕微鏡プラットフォームFlyPi(右)。 | 拡大する

UNIV. TÜBINGEN & CHRISTOPH JÄCKLE

研究室の実験機器の多くは、市販のものを購入しなくても、ネット上で無償で入手できる「オープンソース・ハードウエア」の設計図を利用して、はるかに安価に自作(さらにはカスタマイズも)できる。このことを知る科学者はほとんどいない。

2016年3月上旬に欧州原子核共同研究機構(CERN;スイス・ジュネーブ)で開かれた会議に参加した50人の研究者たちは、オープンサイエンスハードウエアがあまり認知されていない現状をどうにかして変えたいという熱意にあふれていた。この分野だけの会議は今回が初めてだったので、参加者たちは製品を比較するだけでなく、実験機器を自作・共有するムーブメントを拡大するためのロードマップの作成も行った。会議の共同オーガナイザーの1人で、非営利市民科学コミュニティーPublic Labの常任理事であるShannon Dosemagenは、「私たちは、オープンハードウエアを科学研究プロセスの一部として当たり前のものにしたいのです」と言う。

オープンハードウエアは、コンピューター科学分野の「オープンソフトウエア」との類似から名付けられた。3Dプリンターやレーザー切断機などの製作技術の進歩のおかげで、すでに数十種類の実験機器の設計図がネット上で無償で公開されている。オープンハードウエアの推進派は、実験機器の設計図を他の人々と共有することで、科学の進歩を大幅に加速させることができると主張する。けれども、「みんなとシェアするDIY」とでも呼ぶべきこの哲学は、まだ主流にはなっていない。ミシガン工科大学(米国ホートン)の工学者で、研究室を安く作ろうとする科学者のための書籍を2年前に出版しているJoshua Pearceは、「科学者の大多数は、まだこの流れに加わっていません」と言う。

研究室の備品を安くそろえる

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会議の共同オーガナイザーの1人で、ケンブリッジ大学(英国)の合成生物学センターOpenPlantの取りまとめ役であるJenny Molloyは、科学におけるオープンハードウエアのムーブメントは、すでに成功に向かっていると言う。いち早くオープンハードウエアを取り入れたのは、高価な実験装置を購入する資金がない市民科学プロジェクトや学校、研究者たちだった。例えば、ガジャ・マダ大学(インドネシア・ジョグジャカルタ)の微生物学者Irfan Prijambadaは、2009年に、生命科学コミュニティーのウェブ・プラットフォームHackteriaの設計図を利用して、研究室の組織培養用フードと顕微鏡を市価の10%未満の費用で用意することができた。

DNAを増幅するPCR装置から蛍光顕微鏡まで、さまざまな実験機器の設計図がネット上で無償で公開されている。Molloyによると、多くの実験機器は、その基本原理について特許を取得していないため、知的財産権をめぐる紛争はめったに起こらないという。走査透過電子顕微鏡など、製造プロセスが複雑すぎて研究室では作れないものもあるが、Pearceは、これらもやがてオープンハードウエアになるだろうと考えている。その設計図はオープンソースとして共有されるため、誰でも批評し、改良することができる。装置の品質は、しばしば、市販のものと同等か、それ以上であることもあると彼は言う。

研究者にとっては、このようにして設計をいじれる点が、オープンソースシェアリングの主要な長所となる。ケンブリッジ大学の生物物理学の博士課程学生Tobias Wenzelは、「オープンソースであれば、必要に合わせて手直しすることができます。私にとってはいちばん重要なのはそこです」と言う。

品質保証

他の科学者たちがDIYに挑戦しようとしないのは、性能が実証され、標準化されている市販の実験機器のように高い性能を持つオープンハードウエアが本当にできるのか、疑問視しているせいかもしれない。今回の会議でも、オープンハードウエアの設計図に付随する「取扱説明書」(既存の基準に対して装置の性能を調整したり、その使用方法を説明したりする文書)が曖昧だったり不十分だったりすることが多い、という声が聞かれた。この点についてWenzelは、コミュニティー・スタンダードや実践ガイドに設計者用のチェックリストを追加することで、利用者が求める情報を全て網羅した取扱説明書にすることができると反論する。またPearceは、「取扱説明書には、『これこれこういう手順に従って製作すればきちんと機能し、高い精度、高い正確度、小さな誤差を実現することができますよ』という記述の仕方が必要です」と言う。

問題は、誰にでも模倣できるほど詳細な設計図を公開するには時間も手間もかかるのに、開発者が正式にクレジットされることがほとんどないという点だ。トロント大学(カナダ)の工学者で、チップ上で生物学と化学の実験を行うことができるオープンソースプラットフォームDropBotの開発にも携わったRyan Fobelは、「自分自身の研究のために何かを製作することと、それを容易に複製できるよう他者に手ほどきすることとは全くの別問題で、後者ははるかに難しいのです」と言う。

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belekekin/iStock / Getty Images Plus/Getty

この問題を解決するため、ジュネーブの会議では、オープンハードウエアの開発者をクレジットする方法についても話し合われた。設計の引用システムがあればいいと言う参加者もいれば、設計の大要について報告する研究論文を科学誌がもっと掲載するようになればいいと言う参加者もいた。大いに役立つと考えられるのが、オープンサイエンスハードウエアのための中央リポジトリの設立だ。CERNはエレクトロニクスオープンハードウエアのリポジトリを運営しているし、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)は実験機器セクションのある3D印刷リポジトリを持っているが、全てをまとめたリポジトリはまだないからだ。

ジュネーブ大学(スイス)の物理学者で、会議の共同オーガナイザーの1人であるFrancois Greyは、現時点では多くの科学者がデバイスを自作しようとは思っていない実情を踏まえ、オープンハードウエアを主流にするためには、非営利組織(NPO)や企業を巻き込んでキットを供給してもらう必要があると主張する。自動ピペットシステムを製造するオープン・トロンズ社(OpenTrons;米国ニューヨーク州ブルックリン)などの企業はすでに、オープンソースの実験機器の設計と、オープンソースの設計図に基づく既製品のキットの販売の両方を行っている。CERNの工学者で、オープン・ハードウエア・ライセンス(オープンハードウエアの将来の全ての改変が無償で公開されることを保証する法的枠組み)の立ち上げに協力したJavier Serranoは、そうした企業はデザインを無償で提供しているため、強固なビジネスモデルを考案するのは難しいかもしれないと言う。

これに対してPearceは、企業はオープンハードウエアのサポートを提供したり、品質保証チェックや確認試験を行い、保証書に相当するものを出したりすることにより、利益を挙げられるかもしれないと提案する。あちこちからサクセスストーリーが聞こえてくるようになれば、「開発したら特許化するのが当然」と考えている所属機関がオープンハードウエアの副産物の価値を認めるようになるかもしれない。そうすれば、科学者はデバイスの自作や設計図の無償公開をしやすくなると、Molloyは考えている。

Pearceが夢見ているのは、科学誌に発表される全ての科学論文に、実験方法だけでなく、実験に必要な道具の作り方も記されるようになることだ。それを実現するためには資金提供者の協力が必要だ。既存の高額な研究機器助成金は1つの装置の購入に使われることが多いが、Pearceは、こうした資金がオープンソース・ハードウエアに使われるようになって、実験機器の価格を引き下げ、設計の改良につながることを期待している。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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