Editorial

まだ検証が必要な、電気刺激による認知機能強化

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160639

原文:Nature (2016-03-03) | doi: 10.1038/531008a | Brain power

電気や磁場による脳刺激が医療目的以外にも利用されつつあるが、現時点ではまだ、安全かつ有効とはいえない。

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Hemera Technologies/AbleStock.com/Thinkstock

21世紀の医療にとって教訓的な話がある。2015年後半に米国の脳神経外科医が、ある3人の患者の奇妙な症状について報告した。3人の年齢は60代〜70代の後半で、その症状は、頭痛、吐き気、姿勢反射障害、下肢脱力、低血圧、転倒であった。胸部X線検査を行ったところ、胸部に埋め込まれた2台の装置(弱った心臓を助けるペースメーカーと、パーキンソン病に特徴的な振戦を制御するために脳深部に埋め込まれた電極に電気を供給するバッテリーユニット)の位置が近すぎるという問題が明らかになった。1台の装置が、もう1台の装置の機能を妨害していたのだ(M. Sharma et al. Basal Ganglia 6, 19–22; 2016)。

我々は、鉄の肺(頸部以下を覆う鉄でできた旧式の呼吸補助装置)、透析装置、植え込み型除細動器など、我々の体を助ける技術に慣れ親しんでいる。患者の脳に電極と電池を埋め込む脳深部刺激療法は、10年以上にわたって神経疾患と精神疾患の患者の役に立ってきたが、そのためには相当な覚悟がいる。脳外科手術には多額の費用がかかり、また誰でも受けられるものではないからだ。精神疾患とそれに関連する問題を抱える患者数に比べ、恩恵を受けられる可能性のある人々は非常に少ないのだ。これこそが低コストで簡易な経頭蓋直流電気刺激(tDCS;頭皮の上から脳に電流を流す方法)や経頭蓋磁気刺激(TMS;頭皮の上から磁場をかける方法)と呼ばれる脳電気刺激療法に高い関心が集まる理由の1つだ。

こうした簡易な脳刺激を利用して大した効果が得られなくても、それは関係者の努力不足によるものではない。学術誌には、この技術を治療に用いた症例報告と予備的臨床試験の報告が多数掲載されており、それによれば、うつ病、自閉症スペクトラム障害、統合失調症、強迫性障害、依存症、不安症、およびその他数多くの認知障害の患者に役立つというが、まだ初期段階なのだ。だが、このような問題に取り組んでいる者やそうした人々を知る者の関心を集めるには十分な結果が得られており、一部の人々は、自分や自分の子どもに脳刺激を試してみたいと考えている。さらに、脳の電気刺激装置は簡単に製造できる上、新興の通販会社からインターネット経由で簡単に入手できる。自己治療としては例を見ないハイテクさだ。

この自己流の脳刺激(DIY脳刺激)については、多くの脳神経科学者が警鐘を鳴らしている。短期的に見て危険を伴う場合があるばかりか、長期的には副作用が起こる可能性があると指摘しており、規制を求める脳神経科学者もいる。しかし、それよりもっと根本的な倫理的問題と向き合う必要がある。Nature 2016年3月3日号S6ページのOutlookでは、従来の適応患者である「医薬品が効かない人々」以外にもDIY脳刺激装置を利用する人がいることが報じられている。つまり、生まれつき備わった知能を向上させるために脳刺激装置を使いたいという人々が、少数ではあるが増えてきているのだ。電流と磁場による刺激で記憶力と注意力の向上ばかりか学習態度の向上が叶い学業成績を高められることを示唆する科学研究の尻馬に乗っている人々がいるということである。

薬物を使って運動競技の成績を高めることには非難が集まり、「薬物を使って治療する」ことと「薬物を使ってズルをする」ことの間には明確な一線が引かれている。認知機能強化技術についても同様に線引きが可能なのか、そもそも線引きすべきなのかといった問題がある。その中には今すぐ答えを出せないものもある。だが、まずは科学者と医師が技術の有効性についてコンセンサスを得る必要があり、それを求めることは決して時期尚早ではない。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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