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遺伝子を限界まで削ぎ落とした人工生命

合成生物学者クレイグ・ベンター。彼のチームは20年前に、生命体の構成成分を最小限の必須成分だけになるまで削ぎ落とすという試みに着手した。 Credit: MICHAEL LEWIS/CORBIS OUTLINE

ゲノミクス研究者であり起業家としても有名なCraig Venterが、あらゆる既知の独立した生物の中で最小のゲノムを持つ人工細胞を作り出した。その遺伝子の数はわずか473個。Venterのチームは20年前から、生命体の構成を最小限まで削ぎ落とそう、言い換えればゼロから生命体を設計することを目指してきたが、今回の成果はその道のりの大きな節目となるものだ。

Venterは今回の成果について、薬剤や燃料などを生産するためにカスタマイズした細胞を創出する時代が到来したことを告げるものだと話す。彼はすでに、人工細胞を使って工業製品を作ることを目指す会社を共同で設立している。しかし、「遺伝子編集」という、ゲノムを比較的容易かつ選択的に操作できる強力な技術が爆発的に普及している現状を考えると、ささやかな疑問が生まれる。ゲノムを簡単に操作できる時代になったのに、なぜわざわざ苦労して新しい生命体を作ろうとするのだろうか。

J・クレイグ・ベンター研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)のVenterのチームは、2010年に初めての「人工細胞」を作ったと報告した1。この人工細胞は、既存の細菌ゲノムをコピーして、それを別の細胞に移植したものだった。だが、今回の「ミニマル細胞」はそれとは異なり、類似のゲノムを持つ生物は自然界に存在しない。Venterによれば、この細胞は新しく生まれたばかりの人工の生物種だという。この成果はScience 2016年3月24日号に掲載された2

「全ゲノムを組み立てるという発想には、合成生物学の夢と期待が込められています」と、ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)の合成生物学者Paul Freemontは言う(彼は今回の研究には参加していない)。

ゼロからのゲノムの設計と合成はいまだにニッチな研究課題であり、技術的な要求も厳しい。対照的に、ゲノム編集技術の利用は右肩上がりに増えており、その最も有名なツールであるCRISPR–Cas9系はすでに、工業や農業、医療の分野に広く浸透していると、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のゲノム科学者George Churchは指摘する。彼自身もCRISPRを使って研究をしており、「CRISPRは簡単で、あっという間に行き渡り、現在これの使用者は少なくとも3万人はいます」と話す。

微生物学者らが細菌免疫系(最終的にCRISPRと名付けられ、ゲノム編集ツールとなった)の特性解析を始めたのと同じ頃、Venterのチームは、生命体の構成要素を必要最小限まで削ぎ落とすという課題に取り組み始めた。1995年のScienceの論文3でVenterらは、細菌Mycoplasma genitaliumの塩基配列の解読と、その470個の遺伝子をマッピングしたことを報告した。この細菌は有性生殖を行い、既知のあらゆる自由生活生物の中で最小のゲノムを持っている。その後Venterらは、遺伝子を1個ずつ不活性化しては、M. genitaliumがまだ生物として機能できるかどうかを調べるという作業を繰り返して、必須と思われる遺伝子を375個まで絞り込んだ。

Venterらの考えを試す方法の1つは、この375個の遺伝子だけを持つ生命体を作り出すことだ。そこでVenterは、親しい研究仲間のClyde HutchisonやHamilton Smithらとともに、化学的に合成したDNA断片を互いにつなぎ合わせることで最小ゲノムを組み立てようとした。この試みには新しい技術の開発が必要だったが、彼らは2008年までに、M. genitaliumのゲノムと本質的に同じ「完全なコピー」を合成DNA断片を組み合わせて作り出す技術を開発した4。このコピーゲノムには、機能を持たない「透かし」のDNA配列も数十個組み込まれた。

しかし、天然のM. genitalium細胞は増殖速度が遅いため、その後Venterらは増殖速度の速いMycoplasma mycoidesに切り替えた。Venterらはまず、M. mycoidesのゲノムを合成し、その中に自分たちの名前や有名な格言を「透かし」にして刻み込んだ。次に、ゲノムを取り出して空になった別の細菌に、その合成ゲノムを移植した。

その結果出来上がった「JCVI-syn1.0」細胞は、2010年に論文として発表され1、「合成生物学の夜明けをもたらした」などと大々的に持ち上げられた(この成果を受けて、バラク・オバマ米国大統領は生命倫理の再検討に取りかかり、バチカンはVenterの「生命を創造した」とする主張に疑義を唱えた)。しかしJCVI-syn1.0のゲノムは、ゼロから設計されたのではなく、既存のゲノムプランをコピーして組み立てられたものだった。また、そのゲノムのDNAは100万塩基以上もあり、「ミニマル(必要最小限)」とは言えないサイズだった。

Venterのチームは、最小限のゲノムを設計するという長年の目標を達成するため、外部から供給できる栄養素の産生を担う遺伝子群や、他の遺伝的な「がらくた」を排除していった。そして、48万3000塩基の長さで遺伝子471個を含むM. mycoides染色体を設計し、合成したが、この手順では生存能力のある細菌ができなかった。

JCVI-syn3.0の各細胞に含まれる遺伝子は、わずか473個だ。 Credit: THOMAS DEERINCK & MARK ELLISMAN/NCMIR/UCSD

そこでVenterらは、さらに策を練り、「設計−組み立て−検証(design-build-and-test)」サイクル法を開発した。M. mycoidesのゲノムを8つのDNA断片に分解し、それらをさまざまに組み合わせ、どの組み合わせで生存能力のある細菌ができ上がるかを調べるという方法だ。こうして各サイクルから得た情報をもとに、次回のゲノム設計時にどの遺伝子を入れるかを決めるのである。この作業の過程で、タンパク質をコードしていないが、必須な遺伝子の発現を管理するために必要なDNA配列が明らかになった。また、同一の必須な働きをする2個の遺伝子の存在も明らかになった。こうした遺伝子対は片方ずつ欠失させても影響が出ないため、誤って、「どちらもなくても構わない」と見なしてしまっていた。

Venterらは最終的に、53万1000塩基で473個の遺伝子という設計図にたどり着いた。これが人工細胞「JCVI-syn3.0」となった(中間段階にあたる「JCVI-syn2.0」はスリム化が足りなかった)。syn3.0の細胞倍加時間は3時間で、これはM. mycoidesの1時間やM. genitaliumの18時間などと比べてまずまずの値である。

「著名な物理学者リチャード・ファインマンは、『自分に作れないものを理解できるわけがない』という言葉を残していますが、この原則は今回の話にも当てはまります」と、スイス連邦工科大学(ETH;チューリッヒ)の合成生物学者Martin Fusseneggerは話す。「現在は、遺伝子を加えて何が起こるかを見ることが可能なのです」。

syn3.0の必須遺伝子は、栄養素のほぼ全てが培地で供給されるため、タンパク質産生やDNA複製、細胞膜系の構築などの、細胞の働きに関与する遺伝子の集まりになる傾向にあったが、Venterのチームは、149個の機能を特定できなかったという。それらの遺伝子の多くは、ヒトなど細菌以外の生物でも見つかっている。「必須な遺伝子群のうち、3分の1の機能が分からないのです。我々は現在、この問題を解こうとしているところです」とVenterは話す。

Fusseneggerはこれを知っていたく感動しており、「我々はこれまで地球上のさまざまな生物の塩基配列を解読してきたのに、生命に最も不可欠な149個の遺伝子の機能がまだ分からないのです! 私が今、最も興味を持っている問題です」と話す。

syn3.0が合成生物学に今後どんな影響を及ぼしていくかは、まだ誰にも分からない。それについてChurchは、1924年に世界初のエベレスト登頂を目指して頂上付近で死亡した英国の登山家を引き合いに出し、こう述べた。「私は、syn3.0の存在はジョージ・マロリーの言葉のようなものだと思っています。彼はエベレストに登る理由を聞かれて、『そこにエベレストがあるからだ』と答えました」。

Churchによれば、必要な遺伝的変更が少ない大半の応用例では、今後もゲノム編集技術が主要な選択肢になるだろうが、ゲノム全体を再コード化して新しいアミノ酸を組み込むような特殊な応用例では、ゲノム設計が役に立つだろうという。またFusseneggerは、医療にはゲノム編集が適しているが、ゲノムがどのように進化したかといった生物学の根本的疑問に関心を持つ研究者は、ゼロからのゲノム構築に心惹かれるはずだと考えている。

syn3.0のゲノムは、確かにゲノム設計という新しい手法で作られた。だが、機能するゲノムを構築する方法を根本的に理解した上で設計されたのではなく、試行錯誤によって設計されたものであり、Venter自身もこれを認めている。しかし彼は、改良がさらに進むことを期待しており、いずれは「ゼロからのゲノム合成」が生命操作の方法として推奨されるようになると考えている。「ゲノムを少しだけ変更したい場合には、CRISPRが優秀なツールとなります。しかし、本気で何か新しいものを創造したい、例えば生命を設計してみたいと思った場合、CRISPRはツールとして力不足でしょう」と彼は話す。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160613

原文

Race to design life heats up
  • Nature (2016-03-31) | DOI: 10.1038/531557a
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Gibson, D. G. et al. Science 329, 52–56 (2010).
  2. Hutchison, C. A. III et al. Science 351, aad6253 (2016).
  3. Fraser, C. M. et al. Science 270, 397–404 (1995).
  4. Gibson, D. G. et al. Science 319, 1215–1220 (2008).